表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

161/187

第六十話 唯一の勝算

 ──どうだろうか。もう、種は割れているのだろうか。


 そんなことを考えながら、俺は頭領と相まみえていた。


 人間であることがわかったのなら、職業持ちであることもバレている?


 そもそも、彼は俺がハイデマリーを奪還した少年であるというところまでわかっているのだろうか。


 それなら付与術師であることを知られていない情報の有利(アドバンテージ)は、どこまで活きているのだろうか。


 ……いや、きっとそんなことは、もう関係ないのだろう。

 だって俺はもう、化け物なんだから。人間への対処法だなんて、してくれるわけがないのである。


 懐にしまってくしゃくしゃになった魔力薔薇(アイソローゼズ)の蕾を、全部取り出して、無理矢理呑み込んだ。


 気つけの強化(バフ)をかける。


 もう負担は感じない。魔力に満ち満ちている。


 頭は冷静だった。逆上して飛び掛かるなんてことはしない。


 さあ、今一度、全身を強化しよう。


 あれ?


 さっき、気つけの強化(バフ)ってどうやったっけ。


 発音してなかった気がする。

 でも全身の強化バフはもうちょっと複雑っぽいし、詠唱したいような。


 いざやってみようとしたけど、口を動かして声帯を震わせるのが、難しかった。口の中が乾燥して引っ付く感じが、とんでもなく強くなったみたいな。


「ウ、フ、『我ガ身に(ウアイン・メイエ)──」


 なんだ、母音くらいは言えるのか。


 ちゃんと発音できなくても、強化(バフ)は無事にかかった。どうも、無詠唱とまで徹底しないのなら、それっぽい意識の動き方をすればいいだけみたいだ。


 俺の方から行かなくても、頭領が斬りかかってきてくれていた。


 俺は左斜め前に避けた。体を捻ったりするなんていうおしゃれな避け方じゃなくて、四肢を地面について、ドタ、ドタ、と四歩走っただけである。


 敵は玄人。間合いに入ったら防ぐのどうのの話じゃない。



 ──()()が許されるのは、一回だけだ。



 後ろに引かなかったのは、これ以上の後退が致命的だからである。

 前進した以上、頭領の他の盗賊団員が俺を狙った。


 それを、上に跳び上がって避ける。木の枝に掴まる。


 上は完全に間合いの外。


 見上げた彼らの顔にむかって、石を投げた。


 石は彼らに届かない。あえなく叩き落された。

 でも、無意味じゃない。彼らはなぜか怒ってくれている。腹立たしい動きをできたみたいだ。

 たぶん俺の頬が吊り上がったりしてたんだろうなぁ、とも推測してみる。


 間合いの外にいるばっかりだったら、無視されて終わりである。


 彼らもそのつもりのようだ。

 俺を相手にしつつも、もう五歩ほど前に進んでいる。


 このままじりじりと詰められたら、俺の負け。


 駆け出されて、そして足止めをし損なっても、終わり。


 せめて背は見せられないくらいの脅威度を保ちつつ、できるだけ長く戦い続ける?


 不可能だ。俺にそんな脅威度はない。


 ここにきて俺は、もう腹を括ることにした。


 歯茎の間に息を通した。



 時間稼ぎは、もうやめだ。



 ぶらん、ぶらんと前と後ろに揺れた。


 そして一気に、部下たちにむかって無造作に身を投げた。


 勢いついて落下する。山刀(マチェット)の柄を両手で固く握って斜めに構えて、少しでも何かを弾いてくれと願って、突っ込んだ。


 あまりにも幼稚な動きで驚かれたのか、一人、組み伏せることができた。


 腹と肩に遅れて熱い感触がした。けっこう深めに斬られたみたいだった。


「『目覚メヨ(アーヂ)』!」


 唾を飛ばしながら叫んだ。意識は全然飛んでない。


 組み伏せたやつを押し斬った。そんな俺を串刺しにしようと、背には無数の刃が迫っていた。



 それらは気にしないで、振り返って、同時に軸にした左脚を歪な形で踏みしめた。



 跳んだ。



 方向は頭領の方だった。


 今の位置関係は、俺が頭領の攻撃を前に避けて、後ろにいた部下たちと向かい合い、そして彼らに襲い掛かった状態。


 盗賊団から見れば、頭領と部下たちで俺を挟み撃ちしているということになる。


 だが逆に言えば、俺の側からすると、頭領だけを集団から孤立させた状態でもあるのだ。


 今だけは完全に一対一。


 頭領は俺の動きを完全に見切っていたようだった。


 無造作に振るわれる素人の剣である。一度いなしてしまえば無力同然で、軽く剣を差し出せばそのまま反撃(カウンター)となって串刺しになってしまうような、隙が丸出しの突進だった。


 素人なりに、そう見えるようにしてみたのである。


 今から使うのは賢者の依り代から教わった四つの付与術の、最後の一つ。



「『固マレ(ガルド)』」



 山刀(マチェット)をいなそうとした頭領の剣は、割れた。


 俺は自分の山刀(マチェット)自体に、硬化の強化(バフ)をかけていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 予想の遥か上をいっていた [一言] たしか、長年付き添った武具にはバフが乗ることもある、みたいな話してたな。この頃のヴィムは戦闘経験自体は少なそうだけど、マチェットと寝食を共にしていたのか…
[良い点] 他にはない感じの内容で読んでて楽しい [気になる点] マチェットの強度アップはなんか違くない?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ