第六十話 唯一の勝算
──どうだろうか。もう、種は割れているのだろうか。
そんなことを考えながら、俺は頭領と相まみえていた。
人間であることがわかったのなら、職業持ちであることもバレている?
そもそも、彼は俺がハイデマリーを奪還した少年であるというところまでわかっているのだろうか。
それなら付与術師であることを知られていない情報の有利は、どこまで活きているのだろうか。
……いや、きっとそんなことは、もう関係ないのだろう。
だって俺はもう、化け物なんだから。人間への対処法だなんて、してくれるわけがないのである。
懐にしまってくしゃくしゃになった魔力薔薇の蕾を、全部取り出して、無理矢理呑み込んだ。
気つけの強化をかける。
もう負担は感じない。魔力に満ち満ちている。
頭は冷静だった。逆上して飛び掛かるなんてことはしない。
さあ、今一度、全身を強化しよう。
あれ?
さっき、気つけの強化ってどうやったっけ。
発音してなかった気がする。
でも全身の強化はもうちょっと複雑っぽいし、詠唱したいような。
いざやってみようとしたけど、口を動かして声帯を震わせるのが、難しかった。口の中が乾燥して引っ付く感じが、とんでもなく強くなったみたいな。
「ウ、フ、『我ガ身に──」
なんだ、母音くらいは言えるのか。
ちゃんと発音できなくても、強化は無事にかかった。どうも、無詠唱とまで徹底しないのなら、それっぽい意識の動き方をすればいいだけみたいだ。
俺の方から行かなくても、頭領が斬りかかってきてくれていた。
俺は左斜め前に避けた。体を捻ったりするなんていうおしゃれな避け方じゃなくて、四肢を地面について、ドタ、ドタ、と四歩走っただけである。
敵は玄人。間合いに入ったら防ぐのどうのの話じゃない。
──それが許されるのは、一回だけだ。
後ろに引かなかったのは、これ以上の後退が致命的だからである。
前進した以上、頭領の他の盗賊団員が俺を狙った。
それを、上に跳び上がって避ける。木の枝に掴まる。
上は完全に間合いの外。
見上げた彼らの顔にむかって、石を投げた。
石は彼らに届かない。あえなく叩き落された。
でも、無意味じゃない。彼らはなぜか怒ってくれている。腹立たしい動きをできたみたいだ。
たぶん俺の頬が吊り上がったりしてたんだろうなぁ、とも推測してみる。
間合いの外にいるばっかりだったら、無視されて終わりである。
彼らもそのつもりのようだ。
俺を相手にしつつも、もう五歩ほど前に進んでいる。
このままじりじりと詰められたら、俺の負け。
駆け出されて、そして足止めをし損なっても、終わり。
せめて背は見せられないくらいの脅威度を保ちつつ、できるだけ長く戦い続ける?
不可能だ。俺にそんな脅威度はない。
ここにきて俺は、もう腹を括ることにした。
歯茎の間に息を通した。
時間稼ぎは、もうやめだ。
ぶらん、ぶらんと前と後ろに揺れた。
そして一気に、部下たちにむかって無造作に身を投げた。
勢いついて落下する。山刀の柄を両手で固く握って斜めに構えて、少しでも何かを弾いてくれと願って、突っ込んだ。
あまりにも幼稚な動きで驚かれたのか、一人、組み伏せることができた。
腹と肩に遅れて熱い感触がした。けっこう深めに斬られたみたいだった。
「『目覚メヨ』!」
唾を飛ばしながら叫んだ。意識は全然飛んでない。
組み伏せたやつを押し斬った。そんな俺を串刺しにしようと、背には無数の刃が迫っていた。
それらは気にしないで、振り返って、同時に軸にした左脚を歪な形で踏みしめた。
跳んだ。
方向は頭領の方だった。
今の位置関係は、俺が頭領の攻撃を前に避けて、後ろにいた部下たちと向かい合い、そして彼らに襲い掛かった状態。
盗賊団から見れば、頭領と部下たちで俺を挟み撃ちしているということになる。
だが逆に言えば、俺の側からすると、頭領だけを集団から孤立させた状態でもあるのだ。
今だけは完全に一対一。
頭領は俺の動きを完全に見切っていたようだった。
無造作に振るわれる素人の剣である。一度いなしてしまえば無力同然で、軽く剣を差し出せばそのまま反撃となって串刺しになってしまうような、隙が丸出しの突進だった。
素人なりに、そう見えるようにしてみたのである。
今から使うのは賢者の依り代から教わった四つの付与術の、最後の一つ。
「『固マレ』」
山刀をいなそうとした頭領の剣は、割れた。
俺は自分の山刀自体に、硬化の強化をかけていた。