第五十話 深く敵地に潜行せよ
二頭の馬と一緒に街道を下っていく。馬に乗ってはいない。引き連れている形だ。
夜明けまでまだ時間がある。月明りが照らす地平線のむこうを眺める。
盗賊団の姿はまだ、見えない。
ほっとするのか、緊張するのか、どちらかわからない。
そもそも本当に彼らは来るのか。もしも何か思惑があって途中で街道を逸れてしまえば、待ち構えている意味なんてなくなってしまう。
そして来たとして、本当に戦いになるのか。
何もしなければ素通りされて終わりだ。かといって正面から斬りかかっても殺されるだけ。戦うとしたら、不意打ちしかない。
不意打ちするにしても穏便に立ち止まってもらう必要がある。すれ違いざまに襲撃することも考えたけど、人を一人攫ってきた集団がすれ違う人間を警戒しないわけがない。
だから立ち止まってもらう必要がある。そのうえで不意打ちする。
また地平線のむこうを確認した。
まだ来ていない。
緊張が高まって考えが左右に揺れる。
さっきから俺は可能性を排除して選択肢を絞っているけど、実は根拠が足りてないんじゃないか?
立ち止まってもらって不意打ちって、できるのか? そんな話術あるのか? こっちの根拠は? 要素は?
いや、あるだろ。
ジーツェンの黒髪盗賊団なら、黒髪の人間は同胞なんじゃないか。このあたりの下層民には黒髪の人間が多い。俺がちゃんと頭髪を見せれば、話くらいは聞いてもらえるんじゃないか。
本当か?
すぐ殺されるだろ。そんなの。
「……ひひっ」
ああもう、なんだこの細い糸は。
俺は演技なんてやれる性じゃない。そんなふうにうまくやれるなら、もっと楽に人生を生きている。
手に持った袋を握りしめる。
──でも、やるしかないんだ。
顔を上げる。
整備された街道のむこう側。奥に馬に乗った集団が見えた。
*
「あのっ!」
互いの顔も見えないくらい遠くの距離だったけど、精一杯の声を出した。二頭の馬を軽く横に広げた。
立ち止まってもらえるのか?
前から迎えているんだから、少なくとも追手とは思われないはず。回避をさせないだけでいい。
月明りを遮る影に動きがあった。
並び変わっている。陣形でも変えているのだろうか。
沈黙に蹄の音が加わり始めた。音はどんどん大きくなって、その律動が一定であることもわかるようになる。
集団の姿がはっきり見えて、その数を数えつつ、誰がハイデマリーを抱えているのか探ろうとした。しかし観察できたのは束の間だった。
一騎が先行してやってきた。
騎手は男だった。布を巻いて口元は隠しているものの、黒髪だけは露出させていた。片方の手は手綱をしっかり握っていて、もう片方の手は腰元の剣に添えられている。
彼の視線を下から追う。その目は間違いなく俺の頭髪を一瞥した。
いける、はずだ。
耳元で心臓が脈打っていた。
本当にやるのか? いよいよだ。逃げられない。こんなに怪しいやつ、いつ殺されても仕方ない。
「……何奴だ」
なんと、話しかけられた。
やり取りが成立した。
「……あ、あのっ、今からジーツェンに、その」
「ジーツェンは反対側だぞ」
「……えっと」
完全に怪しまれている。
もちろん怪しいに決まっているのだ。悠長に判断の時間を与えてしまったら何か企んでいる輩であることはすぐにわかる。俺の髪色を認識して、その印象が支配しているうちに行動を起こさねばならない。
「ジーツェンに行きたいなら、方角が逆だ」
「え、えっと」
整合性の取れる話をしてはいけない。ひたすらにまごつく。混乱、錯乱していると思わせられればなおいい。
あえて黙り込む。あわあわと言葉を探すようにする。
「……そ、その! 僕、逃げて、きた、みたいな」
「逃げてきた?」
声が上ずる。ああとかううとか、不自然に大きくなったり小さくなったりする。それが錯乱している感じに繋がれと願う。
あちらこちらを見ながら、ときどき目を合わせる。不意打ちに臨む不安が、助けを求める不安だと錯覚してもらえるように。
「ジーツェンはこの街道の反対側だ。連れていくことはできないが、まっすぐ行くとそれだけで着く」
無骨ながらも、騎手の男の声色が変わった。
彼の黒髪から覗く瞳に、何か可哀想で哀れなものを見るような色が混じった。
警戒は緩められた、のかもしれない。
一人、後方に大きな包みを構えている人が見えた。装いからして、頭領のようだ。あの包みにハイデマリーが捕らえられているに違いない。
情報は十分。前を確認する。
ここまで観察されたのに、決定的な攻撃は飛んでこない。盗賊団の本隊は、話を聞きに来ようとしているのか、全体的にゆるりと二歩ほど進んでくる。
なんだ、中々演技がうまいじゃないか、俺。
……いや、演技か、これ。
もはや実際に錯乱している。熱に浮かされている。
ああ、なんだ、簡単な話だ。
痩せっぽちの黒髪で、まごついていて、挙動不審で、何を言っているか要領を得ない変なやつ。
それは単に、いつもの俺だ。
だから極々自然に、怪しい動き全開で、堂々と馬を手繰り寄せることができた。
「『天馬の如く』」
背負わせた火薬に手早く火を付けて、馬力を付与することだって、できた。






