第四十五話 襲来
砲撃ということは、人の手によって砲弾が撃ち込まれたということ。
第二波、人間による襲撃である。
報告が俺にも聞こえたと思ったら、空気が一気に重くなって、肌がピリピリするような張りつめ方をした。
言葉だけは知っている。器に後から中身が入るように、それを指しているとわかる。
これは殺気だった。
発しているのは護衛の人たち。モンスター相手には出さなかった気配を今出して、それを俺が感じられている、つまりそれは人に向けられている。
足が竦むかと思ったけど、現実感がない。
怖いということだけがわかる。
その直感が正解だと言わんばかりに、二回目の爆発音がなった。
三回目が続いた。四回目も。
爆発で揺れるたび埃が落ちて、心なしか支柱のどれかを失って屋敷も傾いて歪み始めているようにも見えた。
音が聞こえてくる方向が立体的だった。意図を感じる。一所に集まって防御ができなくすることを狙った、作戦のような気配。
「攪乱だ! 賢者の卵を守ることだけに集中しろ!」
盾職の隊長が叫んだ。
大広間を防衛拠点にするのは当然と言えば当然だけど、外の様子が見えるわけじゃない。四方八方から爆発音がすれば見えない分余計に不安を煽られてしまう。
そこで戦力を分散させて変にところどころを守るよりも、守るべきハイデマリーの周辺だけに集中するのは理性的だ。
邪魔にならないように、俺はむしろハイデマリーから離れる。護衛の人たちが得物を振れなくなるかもしれないし。
頭では理解できるし体も動いた。護衛の人たちはよりいっそうの緊張を顔に湛えて最低限の言葉で話し合っている。
戦況なんて俺には把握できない。隊長さんや剣士の人たちは頼もしく見える。
でも表情が険しいから、相当に厳しい状態なのかとも思う。というかそうにしか見えない。
賢者の依り代の表情もわからない。
なら俺は、素人ばりにあわあわして何もわからず不安になっているのか?
そうだろう、厳しい戦いになると聞いていたから震えているんだ。精々寄せ集めでしかない部隊で、あんな大量のモンスターと、そして遠方からやってくる人間を防ぎきろうなんて直感的に無理な気がする。
邪魔な子供の発想だ。俺は余計なことを考えず事態を静観して、求められればできるだけ早く動くことだけを考えるべきだ。
……違う。もっと具体的だ。違和感だ。おかしい。
伝令が、来ない。
あれだけの爆発があれば被害の大小を伝えるべく、何人も人が往復して、そして俺たちは治療のために駆り出されるはずだ。
それがもうしばらくない。屋敷とはいえ、何分か走れば隅から隅まで辿りつく。
静けさの違和感に気付けば規則性にも思い当たる。
爆発した方向から順に、音が消えている。
『……皆さん、敵の練度は相当です。心してかかりなさい』
賢者様が言った。
その深刻さも、俺は測れない。
でも深刻じゃないにしては、みんなの顔があまりに引きつって、所かまわないくらいの殺気が漏れ出している。
まるでこれから敗北しか待ち受けていないような顔。
想像が飛躍する。
敵はこの大広間にやってくる。
それは殺し合いである。
負けたとしたらどういうことだ。
みんな殺されて、ハイデマリーは攫われる。
飛躍か?
これも違うだろ。敵が襲撃してきて、負けて、ハイデマリーが攫われないなんてことがある?
ないだろ。
俺、もしかして現実逃避してた?
敵が来るとするならば、扉か、窓か。それとも壁を破壊してくるのか。
大広間の扉のむこうは無音だった。
知らせてくれる誰かの気配もなかった。
硬い革靴が大理石を擦る音だけが響いていた。
ザッ、ザッと足が前後に運ばれていた。最適な位置を探しているのか。それとも、無駄な動作をしてしまっているのか。
ギィと音がした。
扉はゆっくりと開いた。
『……心してかかりなさい』
現れたのは黒装束に身を包んだ集団だった。抜き身の取り回しの良い刀が夜闇と黒色を反射させていた。
装束は所属を隠すためのものであるはずなのに、浮いているものが一つ。
黒髪。
その一点で彼らは、強い結束を編み出しているようだった。
『ジーツェンの黒髪盗賊団。本物の冒険者だ』
そこから先は一瞬だった。
迅速さを目にして、すぐに悟った。
この大広間の扉から侵入を許しているという時点で、屋敷は制圧されていたのである。
「総員っ──」
大きな盾を構えたままの隊長の首が、落ちた。
守りの要が最初に崩れて、彼らは一気に陣形の内部に潜り込んだ。
守られるべき賢者の卵は一旦放置された。彼女を守ろうとする護衛と、まずは奪取を狙わなかった盗賊団と、認識の差が生まれた。
盗賊団が狙ったのは、護衛──職業持ちの命だった。
一人一人が多対一を強制されていた。
剣士が剣を振るう間に短剣が刺さる。魔術師が唱えるまでに声帯が斬られる。速やかに絶命させるべく、首、心臓、太ももの部位が狙われたようだった。除けられた。
離れていた人間、旦那様や奥様、俺たち使用人は雑に斬られるか、蹴られるかした。路傍の石のように積極的に殺されはせず、どかされた。
段階から段階の移行に隙がない。護衛が全員殺されたあとには、盗賊団は速やかに本来の目的に立ち戻る。
ハイデマリーは麦の束と同じように抱えられて、攫われた。
その間何分もない。
俺は何もできなかった。