第十三話 昂ぶり
自分に強化をかけるときは、他者にかけるときと一つだけ大きな違いがある。
それは俺の指令を届けるための通り道を作らなくていいことだ。
ゆえにほとんどタイムラグなしで、他者にかけるときより圧倒的に細かく強化を調整できる。
具体的に言えば、ざっくり倍くらいの密度の強化重ねがけが可能だ。
一定時間あたり一つの筋肉に一度しかかけられなかった強化を、二回かけることができるようになる。
強化が長く続かない以上、短期決戦。
もちろん先手必勝。
山刀を右手で堅く握る。
ここから先は確率の綱渡りだ。
必要な強化を必要な箇所に必要なタイミングでかけ続けないといけない。失敗すれば即敗北。
体幹を中心に、右脚と、反動を担う左腕を付与済みに。
左腕を引くのと同時に右脚で地面を蹴って、大きく加速。体が浮く。
狙うは泥人形の脚。
山刀で右腿部に思いっきり、斬りかかる。
目的は一瞬の切断なので、刃を通すことに注力する。
とはいえ泥だ、柄には強烈な手ごたえが来る。
通った。
まだ地面を蹴った分の勢いが残っているので、そのまま一回転。
イメージはだるま落とし。
今度は左脚と右腕の出力を一瞬上げて、伸び上がるように左脚を突き出し、分離された泥人形の脚をできるだけ遠くに蹴り飛ばす。
着地と同時にすかさず距離を取る。
成功。泥人形は右脚を失くしてバランスを崩して右手を地面につく。
そして痛みに備える。
箇所を限定して極力効率を上げているが、それでも弱い肉体に強い強化をかけているので、どうしたって誤差が出て筋組織を痛めてしまう。
この誤差次第でも即敗北だ。
「あれ……?」
しかし、痛みは来なかった。
なんでだ?
上達したのか?
誤差が小さかった?
考えている暇はない。
バランスを崩した泥人形が、全身の泥を右脚があった場所に流して修復を試みている。
もう一度跳びかかって、地面についている右腕の肩に刃を通し、今度は両足で腕全体を吹っ飛ばす。
すぐさま納刀して着地は両手、一瞬の逆立ちを経て、大きく腕でジャンプして、また距離を取る。
泥人形が完全に右に倒れたのを視認。
そして一応、痛みに備えるが、来ない。
もしかして、もうちょっといける?
調子の良さに酔っていた。
普段の俺なら絶対にしないはずなのに、欲をかいた。
今までそういう行動を止めていた俺の中の何かが、今はとても弱まっているらしかった。
「『瞬間増強・三倍がけ』」
三倍。こうなると時間がない。
次で決める。
両脚を同時に強化。腰を中心に〇.〇一秒遅れで順に末端の筋肉を強化するコードを使用。
右脚で跳んで迷宮の壁のできるだけ上の方に着地。
重力の助けも借りて、一気に壁を蹴って泥人形の胸部に肉薄。
間合いに届くのに合わせて、まずは一回、山刀で体を掘るように斬りつける。
まだ一瞬しか経ってない。あと何回か斬れる。
二、三、四、まだ行ける。まだまだ一瞬しか経ってない。
五、六、七、八、九、十、十一、十二。
泥人形の胸部が抉れていく。見えた。核だ。
もう一瞬は経っていた。
だから、剣尖を突き出して、残った勢いのまま、山刀を核に乱雑に突き立てた。
◇
ヴィム少年が象徴詠唱らしきものを口にした瞬間、彼は消えた。
否、泥人形に跳びかかっていた。
それを認識した頃には、泥人形の右脚が飛ばされていた。
その飛ばされた右脚を目で追っていると、今度は右腕が飛んで、ヴィム少年は迷宮の壁で大きくしゃがんでいた。
伸び上がって、突進。
泥人形の胸で銀色の残像が花のように開いて、最後には核に刃が突き立てられていた。
「な……」
腰を据えて実力を見抜こうとしたら、その腰を据える前に決着がついてしまった。
目で追うのが精一杯で、気付いた頃には決着していた。
これではまるで、馬鹿みたいじゃあないか。
『ハイデマリー!』
個人伝達を送る。
『はい、どうしました、カミラさん』
『ヴィム少年、彼は、何者だ?』
泥人形とはいえ、単独で撃破、しかもあんな短時間で。
すでに付与術師は弱いか否かという次元じゃない。
少なくとも速度に関してはフィールブロンでも敵う相手を探すのが難しい。
『何者、と言われても、ヴィムはヴィムです。付与術師ヴィム。あ、私と同郷というのは大事ですけど』
『そういうことではなく』
『強いでしょう? 彼』
隊のむこうの方にいたハイデマリーが、こちらに目配せした。
それに応じて、彼女と共にヴィム少年の方へ向かう。
「あっ、カミラさん、その、へへっ」
核の崩壊を確認したヴィム少年は、こちらへ向き直った。肩がやや上下している。
「ヴィム少年。やるじゃないか。よもや付与術師がここまで戦えるとは思わなかった」
「あ、いえ、はは。その、ちょっと試したらうまく行ったかな、なんて。はは。魔力も空ですし、疲れました」
ちょっと声が高い。上ずっている。
「聞いてくださいカミラさん。思ったより調子が良くて、初撃で思ったより体が動いたから、無茶してみたんですよ! そしたらグワって体が浮いて、軽くて、飛んでるみたいで。あれ、結構お待たせしちゃいましたよね、すみません、時間かけて」
様子がおかしい。興奮状態になっている。まるで初めてモンスターを殺した初級冒険者みたいだ。
なんだこれは。何と表せばいい。迷宮の最前線であの戦いぶりをする人間が、こうなるか?
疑いようのない実力に対してあまりに低すぎる自己評価。
そして周知されることのなかった戦闘能力。
本人の今の状態からして、意図的に隠していたわけではなさそうだ。
わからない。なぜこんなにちぐはぐなんだ、彼は。
「落ち着いてヴィム。時間は経ってない。一瞬だった。見事なもんだったよ」
「そうかな、へへ。その……へへっ」
ハイデマリーが私の目を見た。
ここは彼女に任せることにして、転送陣に向かうべく、全体に伝達を出した。
『総員傾注、再び前進! ヴィム少年を労ってやってくれ!』