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第十八話 書置き

『心配御無用』


 旦那様が使用人を集めて見せたのは、そう書かれた一枚の書置きだった。


 お嬢様が書置きを残すのは初めてだった。


 旦那様がそれを発見したのは朝。俺もちょうど朝の定時連絡を待てどもなんの音沙汰もなく困っていたのと同時刻である。


 奔放っぷりの一方で彼女はまさしく健康優良児で、夜の帰りが多少遅くなることはあれど町に繰り出すという感じではなかったし、朝寝坊をしたことは一度もない。


 旦那様が強硬な手段で彼女に言うことを聞かせるということをしなかったのは、そういう本当に悪い、堕落みたいなものを跳ねのける力があると見込んでのことだったのだろうと、後になれば思う。



「誰か、心当たりのある者はいるか」



 旦那様は玄関に集めた使用人たちに、一通り目を配る。


 半分くらいの視線は俺に集まっている。だけど俺はもう報告を済ませていて、昨晩の段階でお嬢様が部屋に戻ったということしかわからなかったから、下を向いたままにした。





「ハイデマリー! いるか!?」


 旦那様がお嬢様の部屋の扉をゴンゴンと叩く。


 いつもならこんな強硬手段に出れば窓か頭上から罠が降ってくるものだけど、なんの反応もない。


 旦那様の目配せののち、すぐさまお嬢様の部屋が開かれた。

 大人たちが本当に本気を出せば呆気ないもので、扉に寄せられた障害物も、男が三人も集まれば何分も経たずに撤去された。


 部屋の中は散らかっていたけど、静かなものだった。


 誰も探偵紛いのことができるわけもなくて、手がかりになるものにあたりをつけることなんてできない。


 だけど、食料と水が欠片もなかった。


 意味するところは一つである。


 計画的な家出。


 日々の生活で保存食を溜め込み、なんらかの目的のためにそれを持って家出をしたわけだ。


 既に時刻は昼。どこまで行ってしまったかわからない。

 領民の協力も仰いだ、使用人総出の捜索が始まった。





 旦那様の指揮の下、捜索部隊は三つに分かれた。


 野宿が目的だと踏んだ屋敷の周辺の部隊、町を捜索する部隊、そして、遠出を想定して最寄りの停留所を確認しに行く部隊である。特に遠出が一番危険なので、その部隊にはコリンナ叔母さんを初めとした大人が集められた。


 俺はまだほんの子供だったから、従兄弟たちと一緒に屋敷の周辺の捜索隊に回されて、やはり山狩りだのをやらされた。


 昼間の山狩りはいつもお嬢様の帰りが遅いがために行われる夜の山狩りとは違った辛さがある。


 暑いし蒸れる。

 従兄弟の一人が漏らした。


「ったく、学校にも行かずによお」


 当然、不満はたらたらである。


 一同、心持ちはいつも通り。



 ──もう怠いから、早く見つかってほしい。年端のいかない娘のやることなんだから、親に構われたくて仕方がないんじゃないかと。



 従兄弟たちは基本は子供なわけで、そうなれば家出する子供の気持ちに想像をつけてしまう。


 人を見つけるということはそもそもが難しい。子供であってもだ。

 それでも見つかるということの意味を、誰よりも子供本人が一番わかっている。


 親に見つけてもらいたいのだ。


「お嬢様、友達いないらしいよ」


「みんな知ってるよ、そんなの」


 今日は年長者の目がない。主人のことについて言う不満を咎める者がいなかった。


「旦那様が許してくれるからってさ」


「ちょーし乗ってるよ」


「なー、ヴィムも大変だよな、毎回」


 俺と一枚薄い膜を経た向こう側での話だと思っていたら、急に話が飛んできた。振ったのは最年長のエゴンだった。


 間があって、他の従兄弟たちはギョッとしていたのを感じた。


 お嬢様が共通の敵に上がったことと、俺が彼女に振り回されているように見えることとが重なって、身内に入れるような素振りに繋がったらしかった。


「……その」


 何を求められているかはわかった。

 同調して、悪口を言えばいいのである。そうでなくても困り顔をして事実を淡々と話すだけでも、それっぽくなる。


 それが文句なしに悪いこととするほど、彼女は品行方正ではなかった。むしろ使用人たちに悪口を言われて然るべき迷惑のかけ具合。


 俺だって彼女と話すことなく捜索につき合わされたら、似たようなことを考えるに決まっている。


 度を過ぎたかまってちゃんなんじゃないかって。


 傍目にも、領民も、使用人であるシュトラウス家の者ですら、そう思っていて然るべき。



 だけど、そんな話は的外れなんだと。



「……へへへ」



 否定するほどの意味合いは出さなかった。でも、話したくないという意思表示をするべく前を向いて、強めに枝を叩いて切る。


 見つけてほしい?


 そんな考えで彼女が見つかるわけがない。

 食料を持ち去った以上、遠出を疑われることなど想定しているはず。それならたとえば目撃されることにも気を付けているはずだし、馬鹿正直に最寄りの停留所に行ったりするはずもない。


 魔力薔薇(アイソローゼズ)は立派な金策だ。彼女はまとまったお金を集めていた。


 ──それなら。


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― 新着の感想 ―
[一言] ヴィムはハイデマリーと関わらなければ、田舎の底辺の使用人として一生を過ごしたのだろう。能動的に自分の人生を変えるほどの動機は、彼には生まれなかった気がする。 だが、生きづらい子供が二人、出…
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