第十四話 独り夜
やはり怒られたので、その日の夕飯は抜きになった。
二人で屋敷に戻ったときのコリンナ叔母さんの慌てっぷりと言ったらそれはもう笑えてくるくらい酷いもので、とりあえずは俺を放ってお嬢様に付きっ切りになった。
なんとか忘れてくれないか、と願ってそそくさと仕事をこなして井戸水を汲みシーツを洗いということをやっていたものの、事態が一通り落ち着いたらおばさんは俺に制裁を加えにやってきて、案の定ボコボコにされた。
今までの中でも指折りのボコボコ具合だった。さすがに慣れている範囲を超えていた。
夕飯抜きに留まらず、罰として今日は野宿しろとのこと。コリンナ叔母さん流の懲罰のかなり上位の処置である。
静かな夜だった。
屋敷の庭園でこれ見よがしに眠るわけにもいかないので、前庭からしばらく歩いた離れの離れ、水車小屋の陰に毛布を広げて座る。
屋敷は領地の中で一番高い丘陵地にある。ここからでもリョーリフェルドの景色が見える。
手前の方には荘園、もうちょっと奥には領民の畑が続いて、民家が規則的にまばらに並ぶ中、ひときわ目立って家が集まっている箇所が見える。あれが町だ。
もう遅い時間だから窓の明かりは大分少ない。目を凝らせばうっすらと煙が上っているのがわかる。あれは炊事の煙だろうか、暖炉みたいなものの煙だろうか。
いいなぁ、暖炉。
さすがに寒い。あのぼろぼろの地下室の倉庫の方がマシだ。明日の朝まで生きていられる気がしない。
だけど後悔はなかった。
それどころか気持ちがふわふわしている。
──お前、すごいな。
「……へへへ」
褒められた。
必死に仕事をこなしているだけのつもりでそのときはなんとも思っていなかったけど、あとになればなるほど勝手に思い出し始めた。
歩いていた方が温かいと思って、立ち上がる。朝までの散歩だ。
前庭だけは避けて、屋敷の庭から降りた方面、丘のほうを歩いていく。
ときどき、夜に出歩くことがあった。
最初は確か、とんでもなく早起きしないといけないと言われたとき。日の出前に起きるのは難しそうなので、徹夜して起きたことにしたことがあった。
狭い倉庫で寝るとき以外は使用人というのは基本的に集団作業なわけで、こなす作業の一つ一つに誰かの口が挟まる。
寒空というのは一人で、しかも解放感があって良い。
丈の低いなだらかな草むらだから、足元に注意しない。一通り視線を回して誰もいなかったら、誰かが隠れているということもない。
思索が捗る。いろんなことを考える。
今日は楽しかった。
山歩きなんて楽しいと思ったことはなかった。いつも単なる作業だったんだ。早く帰って本を読みたいとしか思わなかった。森の向こうに何があるかなんて、考えたこともなかった。
踏み込むたびに様相を変えていく木々。
危険極まりない、人間では勝てないようなモンスター。
どんどん狭くなっていく隙間に見えた、伝え聞いたことしかなかった青い薔薇。
山歩きをしていたなら全部ばらばらなことだ。だけど彼女についていって、連れられて、弾けるような笑顔の「ざまあみろ」を聞いたなら。
冒険が、そこにあった。
俺は行ったり来たりしていた。畑に降りていくということもなく、いつもみたいに細道を当てもなく歩くということもなく、体よく留まっているようだった。
これは朝まで寒くないようにすごすための散歩なのだから、と考えたことにして月が動いていないか確認してみる。そしてまだまだか、と思って同じ道を歩く。
いい加減気ままに散歩している、という言い訳ができないくらい往復したころに、素直になろうと思った。
見つけてもらいたがっているのだ、俺は。
誰かと会える予感がして、独り夜を歩くなんてことをしている。
俺は誰かに、今日に限っては彼女に会いたかったのである。
笑った。
なんだなんだ、ちょっと友達になれそうだからって。
……友達?
そうか、友達か。
そんなことまで期待していたのか。
「お、いたいた! おーい! 奇遇じゃあないか」
果たして、である。
期待と予感が合わさって、それに応えるように、彼女の声がした。