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第九話 あの子はひとり

 昨晩、俺は旦那様の書斎に呼ばれていた。


「よし、ちゃんと一人で来たな」


「……はい」


「コリンナは何か言っていたか」


「……はい。じゃなくていいえ。その、軽く、あの……抜けてきたので」


 用件がなんであれ、旦那様に呼ばれたとあっては使用人の中でも目立ってしまう。


「君は案外、強かだな」


 褒められているのか、なんなのか。


 旦那様は音がしないように息を吐いて、それから俺の目をじっくりと射抜いた。


 たまらなくなって、顔を伏せた。


「目を合わせなさい」


 背中がビクッと震える。

 おそるおそる顔を上げる。


 旦那様は少し口の角を上げていた。

 どういうつもりかはわからないけど、


「男子たるもの堂々としているものだ。使用人がそうでは私の権威まで疑われる。虚勢を張ることを覚えなさい」


 だんしたるもの。


 言われたことのない言葉だ。いつも使用人の、一番下のヴィムだったから、急に言われてもよくわからない。


 しかし、半人前よりはちょっと上の扱いをしてくれているような気はした。


「……はい、旦那様」


「さて、ヴィム君。ハイデマリーのことだが」


 旦那様は息を吸いなおして、少し優しい目になった。


「君の歳ではわかりにくいことを言う。わからないかもしれないが、だいたいのところを掴んでくれ、できるな?」


 黙って頷いた。


「あの子はな、きっと、孤独なんだ。どうしてああなのか、実の父親である私にもわからん」


 ──男の子ならわかるが、よもや女の子で、と独り言を挟んで、そのまま続けた。


「歳上の大人の言うことは聞きたくないらしくてな。現にこう、わかるか。大人ではどうしても何か言いたくなってしまう。それを察知されているのか、単に指図が嫌という以上に反発されてしまうのだ」


 一生懸命意味を汲み取ろうとしてみる。


「ははは、無理せんでいいよ。そういう打算があるとあの子は気付いてしまうから、かえってそっちの方が良い」


 やはり、よくわからない。


「だからな、ヴィムくん。ただ、そばにいてやってくれ。役に立ってあげてくれ」



 ガキどもを連れて一人でずんずん進んでいくときと、単身で一人で歩くときは大きく違うらしかった。


 さっきまで夢中になって歩いていたのに、いざ一人となると集中が途切れる。前と足元だけ見ていれば進めるのに、そんなわけにはいかない気になってくる。


 木の根が太くなって足場の凹凸が深くなる。自分の足音だけが嫌に響く。後ろ二十歩先から聞こえていたはずの雑音がなくなって、死角に何か生き物が隠れているんじゃないかという気配が強くなる。


「……んだコラァ!」


 自分でもなぜやったかわからないけど、空に向かって凄んでみる。


 結局、私は一人で戦うしかない。


 散々個人的闘争を誓ったわけである。個人的と最初から付けていたのは他でもない私。


 生まれたときからそうなのだ。心がむらむらして仕方がない。味方なんていたことがない。仲間を集めようとしたことが既に恥ずかしい。


 不自由だ。


 しがらみばっかりだ。


 昔っから、邪魔するものしかない。敵しかいない。だけどその敵がわからない。そいつさえ倒せば自由になれる気がしているのに。



 耳を澄ます。

 目撃情報があった場所には、既に着いている。



 リョーリフェルドの子供たちは「早く寝ないとあの森のモンスターが攫いにくるよ」と脅されて育つ。


 昔はただの伝承か迷信だと断定して無視して就寝を拒んだものだけど、ちゃんと調べてみればそうではないらしい。現に山師が数年に一回このあたりで襲われている。


 ──この森には、本当にモンスターがいる可能性がある。



 となれば、()()()()もあるに違いないのだ。



 できればモンスターに遭遇せずに()()()()を見つけたいところだが、そんなに甘い話があるとは思っていない。戦闘は覚悟している。それどころかおびき寄せようとすらしている。


 こんな美味そうな小娘が縄張りに入ってきたんだ。いるなら迎えにくるはずだ。


 半球(ドーム)状に広がる木々は日光を遮って、森に閉じ込められている感じすらしていく。逃げ場が次々となくなっていくみたい。


 歩を進めて報酬に近づいていくのと引き換え(トレード・オフ)の恐怖。何かわからないけど核心に近づいているようなそんな気がしている。



 とうとう、向かい側の葉が、大きく揺れた。



 一目ではそれとわからなかった。

 木肌と同じ茶色の、大きな岩のような。とりあえずは異物感のみを覚えて、すぐに反応ができなかった。


 魔猪(ボア)


 図鑑で見たことがあるままの姿。お父様が飾っている剥製よりもずっとずっと大きくて、生々しい。


 その双眼が私を捉えているのは明白だった。

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