第九話 予感
なんとか全員無事で迷宮潜を終え、俺と【夜蜻蛉】のみなさんは、パーティーハウスの大広間で食事をしていた。
言い方を変えると、宴会で大騒ぎをしていた。
みんなめちゃくちゃ喜んでいる。
というのも、今回は予定していた一.七倍の広さ地図開拓に成功したらしく、なおかつ金鉱石の鉱脈が見つかったからだ。
迷宮潜の主な目的は二つ。
一つは魔石を初めとしたあらゆる場所で使われる資源の採掘。
そしてもう一つは、金鉱石だ。この国では金がそのまま財産を表し、採掘し次第この国に通貨が増えるのと同義になる。
「いやぁ、思った以上だったね。ヴィムのことを知らなかった人も、あそこまでの働きを見せられたら眼中に入れざるを得ないぜ」
「よせやい親友」
「特にカミラさんの熱視線ったら。よっ色男」
「よせって。あ、そうだ、執務室だよね、カミラさんいるの」
「うん。多分今回の事後処理やってると──」
「ヴィムさん!」
ハイデマリーと二人でこそこそとご相伴にあずかっていると、手樽を持ったマルクさんと、盾部隊の人たちがこちらへやってきた。
「いやぁ、良い強化だった! まさか反射まで起きるとはな。お前さん、あれは狙ってやったんかい?」
「い、いえいえ、あ、あくまでお手伝いですって。マルクさんたちの技量の証拠ですよ。その、あの、うん、五人全員ですもの」
「ガハハ! 言うねえ小僧! 出世するよお前!」
背中をバシバシ叩かれる。
おお、気持ちの良いおっちゃんって感じかも。
「それでお前さん、うちに入る気にはなったかい?」
「ああ、いや、お眼鏡にかなったかどうか……へへへ」
そういえばそんな話だっけ。あれ? なんか変な話になってる?
「あの」
目の前にアーベル君が立った。
口のへの字に結んでおり、やや緊張してる様子だ。
「素晴らしい技術でした。いやはや、初見であのヴィムさんだと気付けなかったことがお恥ずかしい。お詫びします」
「あ、いやいや、俺、見ての通り挙動不審ですので……仕方ないかな、なんて」
なんだなんだ、凄く褒めてくれる。お世辞だとわかっていても嬉しいな。
いいな、このパーティー。もしも、【竜の翼】じゃなくてこっちに入れていたら……
いや、そんなうまく行くはずもないか。
今はたまたまハイデマリーの伝手でお客様対応してくれているだけだ。
実際に入っていたらそもそも戦力扱いしてもらえなかっただろうし、俺じゃ空気を悪くして、頭を下げ続けて雑用で細々と居させてもらって挙げ句の果てにクビに……
「……ひひっ」
気付けば、アーベル君に一歩下がられていた。
あっ。
「……ごめんなさい、死んできます」
「いえいえ、大丈夫ですよ。よくよくハイデマリーさんから人となりを聞けば、自分の世界をお持ちの方だと」
「……ありがとう」
◇
団員たちは宴会に興じているが、私には迷宮潜の後処理が残っていた。
団長たる者の責務なので、仕方がないと言えば仕方がない。
執務室の机で静かに一人、黙々と書類作業に徹することにする。
「今日中に終わるのか? これ……」
今回は大成功も大成功だった。
階層の残りを大幅に開拓し、あまつさえ金鉱脈を発見。やたらと報告書と権利関係の届け出書類が嵩張っていることに文句は言うまい。
しかも犠牲者は一人も出ておらず、怪我人もいないため疲労を回復し物資を整えれば即座に次の迷宮潜に向かうことができる。
運が良かったのだろう。皆の日々の鍛錬の賜物でもある。
しかし、あのヴィム少年がもたらしたものを算盤に入れないのは、あまりに傲慢というものだ。
基礎的な注意力、観察力、細やかな技能、そして何より強力無比の強化。
要所の防御と攻撃に割り振れば、あらゆる強敵を従来の半分未満の時間と労力で退けることができた。
いけない。つい手を止めて虚空を向き、あの感触に思いを馳せたくなる。
まるで背中に羽が生えたような、肉体の一致。
もともとの実力が向上したように錯覚してしまうほどの自然さ。
「調子が良い」という感覚の範囲内で、あまりに実力とかけ離れた出力を実現させることができた。
そしてそれ以上に、私には予感があった。
【夜蜻蛉】の団長としてではなく、戦士カミラの本能として、燻っていた熱を再び感じ始めた。
あの強化を、訓練に利用できないか?
ヴィム少年の強化の感触を鮮明に記憶すれば、それはより高みを目指す道しるべになるのではないだろうか。
あのときの私を再現することに訓練を集中させれば、私がぶつかっている天井を打ち破ることができるかもしれない。
あらゆる汎用性が次々と思い浮かぶ。
間違いない、【竜の翼】の中核はヴィム少年だったのだ。
彼がいたからあのパーティーは、新人にも関わらず階層主の撃破まで成し遂げられた。
となると、疑問が湧いてくる。
ヴィム少年はなぜ【竜の翼】を抜けた?
執務室のドアが、コンコンと鳴らされた。