ぼくのはなよめ
僕にはもうすぐ結婚する相手がいる。彼女の名前はレイアといい、名の通り天使のように美しい女性だ。
僕が彼女に出会ったのは、町の店の中だった。ふと目が合ったとき、彼女がほほえみかけてきたんだ。その瞬間、僕の中に衝撃が走った。一目惚れだった。
彼女に出会ってから毎日、町に出る度に彼女に会った。彼女はいつも僕にほほえみかけてきた。また会いましたね。そう言っているようだった。だから今度は僕から話しかけようと、翌日またいつも彼女に会う店に行った。やはり、彼女はいた。
「こんにちは。」
僕は彼女の隣に行き、そう話しかけた。
「こんにちは。」
彼女は微笑みながらそう答えた。どうやら、彼女はこの店で働いているらしかった。そのことは、彼女が僕に、何かお探しですか、と声をかけてきたことでわかった。僕は話すきっかけをつくるために、探してもないものを適当に答え、そこまで案内してもらった。
「ありがとうございます。」
僕はお礼を言った。
「どういたしまして。」
その人はほほえんでいった。その笑顔は、透き通るような美しさと、柔らかく、優しい雰囲気を含んでいた。
「あの、毎日働いていらっしゃいますね。大変じゃないですか?」
僕は何か話したくて、そういった。
「まあ、大変です。でも人手が少なくて、仕方ない面もあるんです。」
その人は笑いながら、ひそひそ声でいった。
「もしかして、求人とかしてますか?」
丁度仕事を探していて、僕はチャンスだと思ってそうきいた。するとその人は、少々お待ちください、といってどこかに行った。そしてすぐに戻ってきて、
「お待たせしました。ええ、しているようですよ。」
と答えた。だから僕はすかさず自分が仕事を探していることをいった。するとその人は、責任者の人からの言づてで、3日後以降にまた来るようにと言った。だから僕は、その人にお礼をいい、買い物を済ませ、3日後にまた来ることにした。
3日後、僕は再びあの店に向かった。中に入ると、やはりあの女の人はいて、事情を知っている彼女は僕を見つけると、僕に近づいてきて、中に案内してくれた。そして僕は中で責任者の人と少し話し、そして僕はここで働くこととなった。
それからというもの、僕はさらに彼女と話す機会をたくさん得ることができた。どちらかといえば彼女と一緒に仕事をすることが多かったので、新しい職場は満足だった。前の職場は環境が悪すぎたせいで、僕はやめざるをえなかった。職場の連中にはどうやら嫌われていたようで、理不尽なその嫌がらせから僕は逃げるようにその職場をたち、その町をたった。そして新たにやってきたこの町で、僕は人生を再スタートさせたのだ。
天は僕に見方をしてくれているようだった。仕事を始めて知った彼女の名前はレイアといい、レイアは僕と同じ24歳だった。それは、彼女の生まれを聞いたときに明らかになった。誕生日は冬の日らしい。まるで白雪のように、雪が美しいように、彼女もまた、美しかった。話せば話すほど、僕は彼女のことが好きになった。そしてまた彼女も、僕と話すのが楽しいようだった。彼女は僕と話すとき、いつも優しく笑っていた。レイアもまた、僕のことを良く思ってくれているんだろうか。少なくとも、前の職場の連中みたいに、理不尽に僕のことを嫌ってはいないことは明らかで、それだけで僕は大きな好感を彼女にもった。
ある夏の終わり、僕は彼女と同じ日に仕事をし、その帰りに寄るところがあったから、仕事終わり、家の方向とは違う方に向かった。と、後ろで声が聞こえた。
「エルさんもこっちなんですか。」
その優しく柔らかい声は、レイアのものだ。僕はふりかえって、
「いや、用事があって。」
と答えた。
「そうなんですか。私、家こっちなので、途中までご一緒してもいいですか?」
やっぱり、レイアも僕に興味があるんだ。そのことに胸を躍らせながら、
「もちろんですよ。」
と笑顔でいった。
それから僕は、レイアとの会話を楽しみながら歩いた。と、急にある感情がわいてきた。僕はレイアが好きなんだ。その美しさも、優しさも、可愛さも、全部僕のものにしたいという感情がわき上がった。もしかすると、レイアもおなじことを思っているんだろうか。少なくとも、無関心でも嫌いでもないことは確かだ。それ以上の感情を、レイアは僕に対して持ってくれているんだろうか。
好きだよ、レイア。
僕はじっとレイアの顔をみて、心の中でそういった。すると、レイアはこっちをみた。そして、笑ったのだ。いつもよりも、その笑顔は輝いて見えた。笑った…ってことは、レイアは僕の気持ちをわかってくれているんだろうか。ということは、つまり…。僕の胸の鼓動は大きくなった。そんなこと、あるんだろうか。いや、もしかすると、あるのかもしれない。今まで縁がなかったものは、レイアと出会うためのものだったんだろうか。だったら、これを逃す手はない。俺はそう思った。
「じゃあ、私はここなので。」
するとレイアがそういった。見ると、立ち止まったそこにはアパートがあった。ここがレイアの住んでいるところか。
「またお願いします。」
レイアはそう言って、会釈した。僕もほほえんだまま、それじゃあ、といって、中に入っていくレイアを見送った。
レイアも僕と同じ気持ちだということは、あながち間違いではないだろうと、そう感じたその日、僕は最高に幸せな気持ちだった。
その後、レイアと話す度、やっぱりレイアは僕と同じ気持ちなんだろうことが感じられることが多々あった。レイアは僕にいつも優しくしてくれた。レイアはいつも僕と話すときは楽しそうだった。そして、仕事終わりが遅くなっても、一人で帰るところを見れば、レイアは独り身なんだろうこともわかった。最近物騒なニュースも耳にするので、僕はレイアが心配になり、暗くなってから帰宅するときは、レイアを家まで見送るようになった。優しいレイアは、僕が送っていくというと、大丈夫だといって一人で帰ろうとするが、何かあってからでは遅いと、僕はレイアを家まで送ることを繰り返していた。見送るときも、いつも楽しく話をした。レイアはいつも笑っていた。でも、最近はなんだか、前よりも笑わなくなったような気がする。きっと緊張しているんだろう。僕はそう思った。やっぱり、レイアは僕のことが好きなんだ。それが何よりも嬉しかった。
そしてある日、僕は引っ越しをした。レイアのアパートの近くの、別のアパートに引っ越した。物騒ということが第一の理由で、レイアが心配だったからだ。近くに住めば、帰りも同じ方向だし、何かあればすぐにとんでいける。そう思った。そのことは、レイアにもすぐに知れた。ある日、レイアと仕事が同じ日で、帰りが一緒になったときだった。
「エルさん、おうち、こっちのほうでしたか?」
その日の帰り道、レイアは僕に聞いた。だから僕はレイアに引っ越したことをいった。すると、レイアは少し驚いた表情で、そうなんですね、といった。内心きっと喜んでいるだろう。表にその表情をださないのは、なぜ急に引っ越していたのか、その理由が分からなかったからだろう。レイアを守るためなんだよ、ということは、そのときは言わなかった。
そして僕は、じきに来るだろうレイアの誕生日に最高のプレゼントをしたいと、町から離れた山の中の、月がよく見えるある場所で食事に誘い、そこでプロポーズもしようかなどを考えていた。だから僕はその場所に小さな小屋を建て始め、その日の準備を淡々と進めた。レイアは絶対に喜んでくれる。その確信があった。
だが、秋に入った頃から、僕はあまりレイアに会わなくなった。仕事場でしか会わなかったのだが、レイアは僕の入る日に仕事に入らないことが多くなったからだ。そして、一緒に入ったとしても、レイアの口数は段々と減ってきていた。そんなに僕といると緊張するのだろうか。緊張して、仕事にも手がつかなくなるんだろうか。
会えない日が続くと、寂しさに襲われた。レイアに会いたくて、仕方なかった。だから僕は、レイアと同じアパートに引っ越そうかと考え始めた。そこに引っ越せば、レイアとすれ違うことも、会うこともあるかもしれない。そう思った日から、レイアの住むアパートの空室を頻繁に確認するようになった。
そしてある冬初めの日、ようやく空きがでたので、僕はすぐさま引っ越しをした。これでレイアに会うことも多くなるだろう。会えない日々が重なる度に募って膨らんでいくレイアへの好きという感情に苦しさを覚えていたその日々も、もうすぐ終わって、レイアとずっと一緒に居られるようになるんだろう。引っ越しをした日はそういった高揚感でいっぱいだった。
そんなある日、もう滅多にレイアに会わなくなったある日。いつものように仕事を終え、アパートに戻ってきた時。アパートの入り口に入ると、階段を上がって奥に向かう人影がみえ、もしかすると、と思い、僕も急いで階段をあがると、その奥にある一室に女の人が入っていくのが見えた。間違いなかった。レイアだった。あの部屋だったんだ。僕はそう思った。そして僕は、驚かしてやろうという気持ちになり、レイアが入っていたその部屋の前まで行って、ドアをノックした。すると、さっき帰宅したばかりのレイアの声で、はい、という声が聞こえた。レイアは鍵を開け、ドアをあけた。と、レイアは僕を見るなり、とても驚いたような表情をみせた。
「久しぶり。」
僕は言った。
「驚いた?」
僕は言ったが、レイアは言葉を失っている様子だった。
「最近会わないから、どうしてるのかと思ってさ。元気だった?」
僕は笑顔のままそういうが、レイアはなかなか、あの笑顔を見せてくれなかった。すると、奥から男の声で、
「どうした?」
という声が聞こえた。そして、体の大きい、顔に傷のある男が、奥から怪訝そうな顔で出てきたのだ。まさか、誰か居るとは知らなかったので、僕も同じように硬直してしまった。…お兄さん、なのか?
「あ、えっと…」
レイアは必死に言葉を発したようだった。
「もしかして、こいつが?」
その男は僕を見ていった。こいつ…?初対面にこいつよばわりされるなんて、気にくわないものだ。いくらレイアのお兄さんだからって、限度ってものがある。すると、その男に答えるように、レイアはうつむいたままうなずいた。僕にはその意味が分からなかった。と、その男はレイアをひっぱって部屋の奥に入れ、男が前に出てきて、怒った表情で俺を睨んだ。
「何しに来た。」
男は言った。何を怒っているんだろう。僕は理解ができなかった。
「何って…ただ、最近彼女に会わないから、心配で顔を見に来ただけですよ。」
僕はいった。すると男は、なおも怒った顔で、
「出て行け。二度とレイアに関わるな。」
といって、俺を押し出そうとした。全く訳が分からない。
「待ってくださいよ!どうしてなんですか!あなたは一体誰なんですか!」
僕は疑問しかなく、男に質問を浴びせた。すると、俺を部屋の外に追い出したところで、
「レイアの彼氏だ。」
とそれだけいって、ドアをバタンと閉め、鍵をかけた。
レイアの、彼氏?
何もかも分からなくて、俺はただそこに立ちすくんだ。いや、レイアは独り身のはずだ。じゃなければ、夜に一人で帰るレイアをむかえに来るはずだ。こんな物騒なところで、あんな女性を1人で帰らすなんて、どうかしてる。彼氏なんて、きっと嘘だ。
でも、確かに俺はレイアに聞いたことがなかった。レイアに相手が居るのか居ないのか、聞いたことがなかったから、正直はっきりしない。だから次職場で会ったときに、レイアに確認しようと、そこではそう思って、僕は一階の自分の部屋に戻った。
だが、それからいくらたっても、レイアは仕事場には現れなかった。あるとき僕はしびれをきらして、責任者にレイアのことをきいてみた。すると、驚く答えが返ってきたのだ。
「レイアは辞めたんだ。」
レイアはいつからか、この仕事場に姿を現していなかった。それもこれも、もうこことは関係がなくなったからだということに、僕は全く気がつかなかった。
そして、ある仮説が僕の脳裏をよぎった。それは、レイアはあの男に監禁されているのではないか、という仮説だ。それが事実なら、あのときの状況も、仕事を急に辞めた理由も、納得がいく。あの男が怖くて、あの日僕が訪問したとき、男に見張られていることも言いたかったがいえなかったんだろう。あの男は悪者。いつどこから現れたかわからないその男は、きっとレイアを閉じ込めて、好きなようにしているんだろう。許せない。レイアは僕が守る。僕はその日、仕事場を抜け出し、そしてレイアのアパートに走った。いったん自分の部屋に戻り、武器になるように、包丁を手にした。そして勇気をふりしぼって、レイアの部屋の前に行った。そして、深呼吸して、ドアを二回ノックした。男が最初に出てくることを予想し、僕は包丁をかまえた。そして、扉が開いた。やはりあの男だ。そう認識した瞬間、僕の体が動いた。僕は包丁を男の腹に刺していた。男はうなって、そこにうずくまる。僕は包丁を抜いて、部屋の奥に向かって、
「レイア!!」
と叫んだ。と、男は僕の足をつかんだ。
「てめぇ…!」
男は這い上がろうとするので、今度はその肩に包丁を刺した。そして、次にその顔に、刺そうとした時だった。
「やめて!!!」
レイアの声だった。みると、レイアがそこに立っていた。
「やめてよ…」
レイアは泣いていた。レイアはどこまでも優しかった。自分を監禁している男にまで、情をもつとは。そんなレイアを救い出すのは、僕の役目だ。僕はすかさず、レイアの腕をつかんで、ひっぱった。
「行くよ。」
僕はそう言って、レイアをそこから連れ出した。血のついた包丁を腰のベルトの間にはさみ、返り血を浴びていることも気にせずに、僕は必死で走った。早く、レイアを安全な場所に…。僕は無我夢中だった。そしてたどり着いたのは、僕がレイアにバースデープレゼントを準備していた、あの森の奥の小屋だった。そこについて、僕は握っていたレイアの手を離した。
「本当はレイアの誕生日に連れてきたかったんだけど、仕方ないね。」
僕はレイアをみて笑った。レイアは笑っていなかった。おびえたような、恐怖心を感じているような、そんな表情だった。無理もない。あんなところを見せてしまったんだから。
「外は寒いでしょ?中は温かいから、さあ入って。」
僕はレイアを誘導した。だけど、レイアはそこにたちすくんだまま、動かなかった。僕はほほえんだまま、
「ごめんね。レイアの前で、あんなことをして。でも、仕方なかったんだ。レイアのためなんだ。」
と優しく言った。
「風邪引くよ。中にはいろ。」
僕はそういって、レイアの腕をひっぱろうとした。と、レイアは体をびくっとさせて、身を引いたのだ。やっぱり、怖がらせちゃったんだな。
「ごめん。」
僕はまた言った。
「全部レイアのためなんだ。わかってよ。」
レイアは体をふるわせていた。僕はそんなレイアを抱きしめた。
「大丈夫だよ。絶対僕が守るから。」
僕はそういった。初めて抱きしめたその体は、細くて、しなやかで、力もなさそうな、そんな体つきだった。監禁されて、食事もまともに食べさせてもらっていないのかと疑うくらいに、彼女は細かった。すると、レイアは泣き出した。怖かったのは、十重にわかっている。きっといつかレイアもわかってくれる。今はそっとしよう。僕は泣いているレイアの背をさすりながら、小屋の中に連れて行った。
体を震わせ続けるレイアを椅子に座らせて、震えは寒さのせいもあるんだろうと思い、僕は毛布をレイアの肩にかけた。そして暖炉の火をともし、部屋をあたたかくして、その火の上でストックの水を使ってお湯をわかし、ココアをつくって、レイアの前のテーブルにおいた。レイアはずっとうつむいたまま、何も話さなかった。こんな状態で、あの男のことを聞くわけにもいかず、返り血を拭いて着替えた後、レイアの斜め前の椅子に座って、とりとめのない話をしようとした。でも、レイアは何も言わずに、沈黙を続けた。もはやどうしていいかわからずに、僕もしばらく黙り込んでしまった。
すると、しばらくしてレイアが口をひらいた。
「…どうして。」
僕はレイアを見た。
「どうしてあの人を…。」
レイアは小さな声で、震えたままそういった。
「どうしてって、あいつと一緒にいたら、レイアは幸せになれないからだよ。」
僕はそう答えた。レイアを助けたかった。その気持ちをこめてそういった。
「なぜそう思うの…?」
レイアはなおもうつむいたまま、そう聞いた。
「あいつはレイアを拘束している。あいつのせいでレイアは仕事を辞めなきゃいけなかった。あいつに言われて辞めたんでしょ?」
俺が言うと、レイアは、言われたのはそうだけど、と小さくいった。やっぱり、僕の予想は的中していた。あいつからレイアを引き離して正解だった。
「大丈夫、これからは僕がレイアを守るから。」
そういって、僕はレイアに近づき、レイアの手を取った。
「僕とずっと一緒にいてくれませんか。」
僕はプロポーズとなる言葉を、レイアの目を見て言った。レイアは震えたまま、僕を見た。驚いている様子だった。それもそのはずだ。あんなところを見せてすぐにプロポーズするなんて。でも僕は、ある意味いいタイミングなんじゃないかと、そう思っていた。僕は命を張ってレイアを守ったんだ。僕のレイアに対する気持ちが本物だと、そうレイアに伝わっているだろうと、そう思ったからだ。でも、レイアは震えたまま、何も言わなかった。驚きすぎて、声が出ないんだろうか。でもきっと、レイアはうなずいてくれる。僕の気持ちはレイアに伝わっているはず。そんな期待で、胸が膨らんでいった。と、レイアはまたうつむいた。僕から目をそらして、さらに震えが増しているようだった。部屋の中が寒いんだろうか。
「本気で言ってるんですか…」
と、レイアはそういった。僕はしっかりとうなずいた。
「もちろん、僕はいつだって本気だよ。僕はレイアが好きなんだ。レイアを愛しているんだ。ずっとレイアといたいんだ。あんなことをしたから、きっと僕は追われて、いつか捕まってしまうだろう。レイアには本当に迷惑をかけて申し訳ないと思うけど、でも、レイアを守れるのは僕だけなんだ。レイアだって、わかっているだろう?」
僕はいった。意思を通じ合わせていたものの、口で気持ちを伝えたのは初めてのことだったから、少し恥ずかしかったけど、でも僕は言い切った。僕の気持ちをレイアにぶつけた。レイアだって同じ気持ちだろうことは、わかっていたけど、それでも、レイアの口からそのことを聞いてみたい気持ちに襲われた。
「レイアは僕のこと、どう思ってるの?」
僕はレイアをみたまま、そういった。レイアはうつむいたままだった。自分の気持ちをいうのが恥ずかしいんだろうか。だから僕は、
「恥ずかしがらなくていいよ。レイアの素直な気持ちが聞きたいんだ。」
と優しく言った。レイアは、未だに震えながら、うつむいたまま小さく、
「怖いです。」
といった。怖い…?さっきのこともあったからだろうか。
「僕は君を守りたかっただけなんだ。だから、ああするしかなかった。僕は絶対に君を傷つけたりしないよ。」
僕はそういった。それでもレイアの震えは止まらなかった。
「本当だよ。信じて、レイア。僕は君のためならなんでもするんだ。」
僕がそう言うと、レイアは初めて僕の顔をまともにみて、
「じゃあ、もう私をほおっておいていただけませんか…?」
といった。僕はその意味がわからなかった。レイアは弱いうえに、誰もが目を引く美しさだから、いつ誰に狙われるかわからない。1人になれば、危険も倍増する。レイアを守れるのは僕だけなのに、それでもレイアは1人になりたいというんだろうか。
「どうして…?僕はレイアを守りたいんだ。レイアを守れるのは僕だけなんだよ?」
「守っていただかなくても…私は大丈夫です。」
レイアはそういった。でも、レイアも僕が好きなはずだ。なのに、僕と離ればなれになってもいいというんだろうか。
「レイアは寂しくないの?僕はレイアがいないと、とっても寂しいよ。」
僕は言った。
「レイアも僕が好きなんでしょ?」
僕は直接的にそう聞いた。すると、レイアは驚いた表情をみせて、言葉を失った。やっぱり、僕のことが好きだったんだ。僕は嬉しくて、つい笑顔がこぼれそうになった。
「どうして、そう思ったんですか?」
レイアは僕に聞いた。
「レイアの気持ち、わかってるから。」
僕はそういった。だが、レイアの口から出た言葉は、想定外の言葉だった。
「申し訳ありませんが、エルさんの思っていることは、少し違っている気がします…。」
僕は驚いて、レイアを見た。それって、レイアが僕を好きだということについてだろうか。
「もっと早くはっきりしたほうがいいと思ってたんです。でも、どうしても言い出せなくて…。エルさんには、本当に申し訳ないと思っています。」
嘘だ。レイアは嘘を言っている。レイアは僕が好きなんだ。それは違うことはないはずだ。
もしかすると、あの男の影響なんだろうか。あの男に洗脳されているんじゃないか。
その仮説が、僕の頭をよぎった。どこまで酷なやつなんだろう。僕はあの男に対して、怒りを感じた。
「…あの男のせいなんだね。」
僕は言った。
「あの男が怖くて、レイアはそう言っているんでしょ?大丈夫、あの男はもういないから。僕が絶対にレイアを守るから。」
「あの人は私の婚約者なんです。」
レイアはいった。僕はさらに、その言葉に驚きを隠せなかった。
「仕事を辞めたのは、あの人が遠征から帰ってきて、私にプロポーズしてくださったからなんです。これからは働く必要はないと、あの人が私に言ってくださったからなんです。」
そんなはずはなかった。そんなの絶対嘘だ。あの男は、レイアを拘束して、レイアにどこにも行かせないようにしたんだ。それをレイアは知らないのだろうか?レイアはだまされている。あの男はどうせ、本気なんかじゃない。
「…だまされてるよ、レイア。」
僕はそういった。
「あの男はレイアをだましてるんだ。本気なんかじゃないんだ。」
僕はレイアの目を見て、必死にそういった。
「なんでそんなことを…」
「僕を信じてよ、レイア!」
まだあの男をかばおうとしたレイアの肩をつかんで、僕は必死にレイアの目を覚まそうとした。でも、レイアはまた、びくついて、おびえた表情をみせた。ああ、またやっちゃったな。でも僕はただレイアを守りたいだけなんだ。ただ、それだけなんだ。
「…大丈夫だよ。僕が絶対守るから。今は信じれなくても、いつか目を覚まさせてあげるから。」
僕はそういった。そういって、レイアの肩から手を離した。
「薪、探してくるね。」
僕は少し頭をひやそうと、そういって小屋をでた。すぐに感情的になるのは、僕の欠点だな。そう反省していた。
男を刺してから数日、僕たちはその小屋で暮らした。男がどうなったかなんて、知るよしもなかった。レイアは全く話さなかった。僕が話しかけても、少しほほえむくらいで、何も返してこなかった。まだ、レイアは僕のことを信じれていないんだろう。でも、いつかわかってくれる日が来るだろう。そう信じることにした。
ストックの食料もつきかけ、冬の山には食料もほとんどないので、町に降りざるをえないと考え始めたときだった。森の小道を歩いていると、人の声がした。もしかして、僕を追いかけて….。僕はそう悟った。そう気づいた瞬間、僕は走って小屋に戻った。
「レイア!」
僕は小屋の扉を勢いよく開けた。と、レイアはその大きな音にびっくりして、こっちをみた。
「逃げよう!」
僕は護身用に包丁を手にし、レイアの腕をつかんでひっぱり、小屋を飛び出した。きっとわけもわからなくて、レイアは混乱しているだろう。そんなレイアに心の中で謝りながら、僕は必死に森の中を走った。だが、人の声は四方八方で聞こえた。そして、ある洞窟にたどりつき、そこに入った。でも、もう追いつかれるのも時間の問題だろう。
「ごめんよ、レイア」
僕は息を切らしながらそういった。
「僕は絶対に君を守るから。大丈夫だよ。」
そうはいったものの、どうすればいいんだろうか。相手はきっと、大人数だから、さすがに僕も勝てる気がしない。
そのとき、ある考えが頭をよぎった。
この包丁で、2人ともあの世に行けば、僕はいつまでもレイアのそばにいることができる。そして、いつまでも、レイアを守ることができる。それは僕にとって、レイアにとって、一番いいのではないのか。
そう思った時、僕の手は包丁に伸びていた。そしてベルトにはさんでいた包丁を手に取り、レイアの方を見た。レイアは呆然としていた。
「レイア」
僕はレイアの名前を呼んだ。そして、空いた手で、レイアの頬にふれた。気温も低く、頬は氷みたいに冷たかったものの、その肌は変わらず白く、透き通っていて、この逃亡生活においても、その美しさは変わらなかった。目は大きく、でも優しい目つきで、髪は柔らかく、きれいだった。こんなにも美しい人に、こんな生活をこれ以上強いるのもだめだろうと、僕は意を決した。頬に触れた手を、そのまま肩に下ろし、そして力を入れて、その場にレイアを押し倒した。レイアはまた、おびえた表情で、涙を浮かべた。
「ごめんな、レイア。でも、こうするしかないんだ。レイアのためなんだ。」
そして、その包丁をふりあげた。
「やめてください!」
と、レイアは、今までで一番大きな声でそう叫び、全力で抵抗した。暴れるレイアを必死におさえようとする。
「信じてよ、レイア。これがレイアの幸せのためなんだ。これでレイアはずっと僕と一緒にいられるんだよ?僕はずっとレイアを守れるんだよ?レイアだって、その方がいいでしょ?」
そういっても、レイアは抵抗をやめなかった。そして、僕を蹴り、僕がひるんだすきに洞窟の奥に逃げようとした。そんなレイアの足を僕はつかんで、逃がすまいとレイアを押さえた。
「怖いの?レイア。大丈夫だよ。一瞬で楽にしてあげるから。大丈夫。僕を信じて、レイア。」
ただ死ぬことが怖いんだろうとおもって、僕は暴れるレイアをおさえながらそういった。このままでは、レイアの体を傷つけてしまいそうだった。
「暴れないでよ、レイア。僕にレイアを傷つけさせないでよ。」
僕はレイアを押さえるのに必死だった。
「助けて!!」
すると、レイアは大きな声そういって叫び始めたのだ。このままでは外の連中にみつかる。僕は焦って、しーっといいながら、レイアの口をふさごうとした。
「だめだよ、レイア。外には人が居るんだ。見つかったら、引き離されちゃうよ。」
僕は必死でレイアの口をふさいだ。
「それでいいの!!あなたと一緒にはいられない!!離して!!」
すると、レイアはそう叫んだ。どういう意味なの、レイア。まだあの男のことを考えているの?
「レイアはだまされているんだって。わかってよ…」
僕はレイアを押さえながらそういった。
「だまそうとしているのはあなたでしょ?!あなたの都合で物事を解釈しないでよ!私はあの人を愛してるの。あなたじゃないわ!!」
仰向けに押さえられながらも、レイアは僕の目を見て、そう叫んだ。と、レイアははっとして、その顔色を悪くした。
そんなこと、どうでもよかった。
レイアはぼくのこと、あいしてないの?
そんなはず、ない。ぜったいに、ありえない。
「嘘だ…。」
僕は小さく言った。
「だってレイアだって、僕のこと好きって言ったじゃないか。」
本当は、口に出していってはいない。でも絶対、あのとき、僕とおなじことを思っていたんだ。私もあなたが好きって、心の中で言っていたはずなんだ。僕の言葉に、レイアはなんのことかわからないと言いたそうな顔で僕を見た。
「しらばっくれないでよ。レイアは僕が好きなんでしょ?だから、いつも楽しそうだったんでしょ?だけどあの男が現れてから、レイアはあまり仕事場に来なくなって、最後には仕事を辞めたんでしょ?全部あの男のせいだ。絶対そうだ。」
僕は拳に力が入った。あの男に対する怒りで、血管が切れそうだった。
いや、それももうどうでもいいか。
僕はレイアと一緒に死ぬんだ。死んでしまえば、あの男のことを考えなくてもよくなる。
はやく、しんでしまおう。
僕はそう思って、驚いた表情で体を震わせるレイアの目をまっすぐ見ながら、
「すぐにいくよ」
と、そういって包丁を振り上げた。レイアは恐怖に目をつむった。
と、その瞬間、手に激しい痛みを感じたと同時に、僕の手にあった包丁が僕の手を離れた。そして同時に、パァン、という音が洞窟内に響いた。手を見ると、手から血が流れ出ていた。なんだ、これ…?
「動くな!!」
そして、そんな男の声が響く。振り返ると、警官隊がそこに何人かたっていて、僕に銃を向けていた。
ああ、みつかった。
僕はそこで、負けたんだと悟った。すると、警官隊が僕に勢いよく近づいてきて、乱暴に僕をレイアから引き離した。
これが、レイアが本当に望んだことなの?
レイアはこれでよかったの?
そんなこと、絶対にない。きっとレイアはそのうち僕が恋しくなるに違いない。僕と離れたことを、後悔するに違いない。
絶対にそうだ。絶対にそうなんだ。
乱暴に捕まえられ、地面にたたきつけられ、腕を拘束される中、肩をささえられながら外に連れ出されるレイアの後ろ姿がみえた。
僕のレイアに触るなよ。汚らわしい手で触るなよ。
僕の中にそんな怒りがふつふつとわいてきては、我慢ができなくなった。と、気づけば僕は動いていた。警官隊をおしやり、レイアを僕から遠ざけるその警官隊に向かって突進した。
「レイアから離れろ!!」
僕は必死だった。と、僕を拘束した警官隊がまた僕を地面におさえつけた。
「おとなしくしろ!!」
乱暴な言葉で、警官隊は僕を傷つける。
「レイアを傷つけるな!!僕がレイアを守るんだ!!!僕からレイアを奪うな!!!」
僕は声を荒げた。負けたことを認めたくなかった。レイアから離されたくなかった。でも、僕の声は届かずに、レイアは僕から離されてしまった。レイアは僕を見なかった。レイアだって、本当はいやなんだ。僕から離れるのが、いやなんだ。
そのまま僕はたくさんの警官隊に拘束されながら、山を下りさせられた。そして、警官隊の巣窟につれていかれ、ある部屋に閉じ込められ、怖い顔をした警官隊に色々聞かれた。なぜ、あの男を刺したのか。なぜ、レイアを誘拐したのか。僕は全てを話した。レイアが男に拘束されて、つらい思いをしていたこと。そのレイアを僕が助けたこと。僕は犯人なんかじゃなくて、逆に被害者で、捕まるべきはあの男だと言うこと。全てを話した。
全てを話したのに、その警官隊たちはまるで僕の話を聞かなかった。
「仕事場で彼女につきまとい、近くに引っ越しては彼女を監視し、拘束しようっとしていたのはおまえのほうだろう。それに、彼女の婚約者はそんなおまえから彼女を助けようとしたのに、おまえは逆上して男を殺そうとした。そして、彼女をさらい、最終的には真実を知ったおまえは逆上して、彼女までも殺そうとした。そうだろう?」
警官隊の1人がいった。まるで事実と違った。部外者が、知ったような口をきいていることに腹が立っていた。
「ちがう…なにもかも、ちがう。僕とレイアは愛し合っているんだ。あの男は悪者なんだ。僕にしか、レイアは守れないんだ。知ったような口をきくな!」
僕は必死に反抗した。
「嘘じゃない。彼女の証言だ。それは全て、おまえが都合良く解釈しているだけだ。いい加減認めろ。」
彼女の、証言?
「レイアがそういったのか?」
僕は聞いた。
「ああ、そうだ。」
警官隊は言った。そんなはずはない。この男は嘘を言っている。僕をおとしめるために、ありもないことを言っている。こんなこと、あっていいはずがない。
これ以上話し込んでも無駄だろう。そのとき僕はそう気づいた。話が通じない相手と話し続けていても、終わりがない。ならばもう、作戦を変えるしかない。僕は態度を一変させ、汚いその人間たちに降伏したかのようにみせかけることにした。
どうやら、あの男はまだ生きている。つまりは、僕は人を殺していない。だから、そんなに長くは檻に入れられないはずだ。だったら、こいつらの望むように、改心したふりをみせて、すぐに釈放されればいい。そしたらまた、レイアに会いに行って、今度こそ僕と2人きりで長い旅に出るんだ。そのころにはきっと、レイアも僕のことをわかってくれているはずだから、そのときにまたレイアを迎えにいけばいい。それまでは寂しい思いをさせるだろうけど、きっと全部、レイアはわかってくれる。
そしてそのときにまたプロポーズしよう。今度こそレイアは首を縦に振ってくれるだろう。そう信じて、僕はじきに来るレイアとの旅を待ち望みながら、檻の中で今日も、誰にも邪魔されずに2人で過ごす、僕だけのレイアとの時間に思いをはせている。