俺の家なのに堂々とトイレのドアを開けたままウンコする友人に物申した結果
「お前なんでトイレ開けっぱなしでウンコしてんだよ!」
「んあ?よくわかったな」
「クセェからわかるわ」
斎藤が終電を逃したと言ったので折角泊めてやったというのに、全く朝っぱらから最悪な目覚めである。俺は野郎の踏ん張っている姿など見たくもないので、手狭なワンルームよろしく布団の中から大声で抗議したが、のんびりとした様子の斎藤の返事が廊下のドア越しにうっすら聞こえてきて腹が立つ。
「生理現象だし他人の家だろうとウンコしたくなるのは仕方ないにしても、せめてドアは閉めて踏ん張れや。こっちにまでうっすら臭ってくるせいで目が覚めちまっただろうがクソが」
「ウンコだけに?」
「違うわボケ」
「悪りぃ悪りぃ」
用を済ませトイレから戻ってきた斎藤に反省の色などない。ので、とりあえずベッドから起きて蹴りを入れておく。斎藤は痛いと言いながらも、マイペースに昨日帰る前にコンビニで買っていた朝食の野菜ジュースを飲み始めているので、とりあえずもうひと蹴りして俺もペットボトルのお茶を飲むことにする。
俺も寝起きのトイレに行きたいところだが、斎藤のウンコの残り香のするところになどまだ行きたくないので時間稼ぎに斎藤に尋問することにした。トイレの換気扇よ、がんばれ。
「んで、なんでドア開けたままにしてたんだよ。もしかしてギリギリ駆け込んでたとか?」
いくらマイペース野郎だとしても流石に漏らしていたら、もう少し慌てるなり家主に申し訳なさそうにするだろう。近くに座っている斎藤は、いつものよくわからん顔をしながらサンドイッチを食べている。
話題が話題なのに気にもせずに食事するところが斎藤らしい。そんな風に思えるようでなければ友達などやっていけないのだ。ちなみに、俺はウンコの話をしながら飯なんか食えたものではないのでおにぎりには手をつけていない。
俺が、良いから早よ話せやと睨んで待てば、一つ目のサンドイッチを食べ終えた斎藤が二つ目のサンドイッチを袋から取り出し、封を開けながら話し始めた。
「最近、俺がトイレに入ってドアを閉めているとドンドン叩く奴がいるんだ。キミ寝てたし、その音で起こしたら悪いと思ったから仕方なく開けることにした」
「なんだよそれ、意味わからん」
「俺にもわからん。しかもソイツはドアを隙間だけ開けておくと、覗き込んでくるから気持ち悪いんだよなあ。だからいつもドアは広めに開けてるんだが、さっきは結構臭かったな。おそらく昨日の焼肉が原因だと考えているんだがどう思う?」
「うるせ、そんな分析いらねぇわ。朝っぱらから何でお前のウンコの臭いの原因考えないといけないんだよクソが」
「ウンコだけにな」
「天丼すんな。チッ、もう我慢できねぇからトイレ行ってくるわ」
俺は立ち上がってトイレに向かうため廊下へのドアを開けた。俺の家はワンルームだが、廊下に風呂とトイレがある間取りだ。ベッドのある洋室とトイレの間には廊下のドアがあったにも関わらず臭ったのだから、まさに斎藤のウンコ恐るべきである。
廊下に出たが流石に臭いも落ちついたのか気にならなくなっている。トイレのドアを開けても平気だ。まあ芳香剤は常設してあるし、斎藤も置いてある消臭スプレーを使ったのだろう。俺は座って用を足しながら、いつまでも怒っているのもアレなので水に流してやろうと考えていた。別に水洗便所だけにと思ったわけではないのだが、脳内の斎藤がうざいのが頭にくる。
斎藤といえば、さっきはウンコの臭い考察に話を持っていってしまったが、その前によくわからないことを言っていたな。トイレに入ってドアを閉めるとドンドン叩いてくる奴なんて、そんなピンポイントな悪戯をするアホと知り合いなのか。隙間から覗き込んでくるとか変態かよ。斎藤の変な気配りも虚しく、騒音では目が覚めなかったが悪臭で目が覚めるんだから、本当朝から可哀想な俺である。
というか、現在俺の家で滞在しているのは俺と斎藤の二人だけだ。斎藤がトイレに入ったときは俺は寝ていたわけで必然ドアを叩くことなどできない。なのに斎藤は誰かを気にしてかドアを開けてウンコをしていたわけだ。
座って用を足している俺の目の前にはドアがある。もちろんドアは閉めてあるのだが、斎藤の話を思い出すと何故か廊下の気配が気になってしまう。斎藤は洋室でまだ朝食を食べているのだろう。よく食べる奴なので昨日もコンビニで結構買っていたのを見ている。あの量はまだ食べ終えていないはずだし、わざわざこっちに来ることはないはずだ。そもそもドアの向こうに人の気配なんてしてないし。
きっと斎藤はいつもドアを開けてウンコしていることに気づかれたくなくて、あんなくだらないことを話したんだろう。普段自分の家でどうウンコしているかは知らないが、多分そういうことだろう。うん。
俺は一人納得してトイレを出る。もちろん俺の家の廊下には誰もいない。そのことにどこか安心している自分に気づかないフリをして、俺は斎藤のいる洋室へと戻った。
「ウンコにしては早かったな」
「ウンコじゃねぇからな」
「小だとしたら遅かったな」
「いや、知らねぇし。トイレぐらい好きにさせろや」
「そうだな。別にドアを開けっぱなしでもいいよな」
「そこは他人の家なんだから気を使え」
その後は俺が朝食を食べるのでこの件を話題に出すことはしなかった。斎藤は大学へ行く前に自宅に帰ると言い去っていき、俺も講義へ出るために身支度を整えてから家を後にした。
斎藤とは同じ学部なので講義のコマも大体一緒だ。なので大学に行けばすぐに再会となる。流れで講義も隣同士で受けたし、次の空いた時間も同じだから昼時で混む前に食堂で飯にしようということになった。
「食堂に行く前にトイレ行ってくる」
「おー。なあ、大学でもドアって開けっ放しなのか?」
「流石に閉めないといけないから、なるべく大をしないようにしている。けど、どうしてもの時は人気の少ない棟のトイレに行くようにしている」
「ちなみにこれから行くところも?」
「そうだな」
斎藤がトイレの話をしたので、今朝のことを思い出した俺はふと疑問に思ったことを尋ねてみた。すると当たり前のように斎藤は答えてくるものだから、まだその設定生きているんだと少し驚いてしまう。斎藤は冗談も真顔で言うタイプだ。
どうせトイレの後は食堂で一緒に飯を食べるのだからと、斎藤に付き合って共にトイレへ向かう。斎藤が利用するために向かうトイレは確かに人気のない棟だった。
俺も大学生活でまだ数回しか立ち入ったことのない棟だったりして、少し緊張しながらもキョロキョロと見回してしまう。斎藤は慣れたように人気のない棟のさらに奥のトイレへと入っていった。
俺は別に催していないので廊下で待機をする。少し離れた位置でどうせ誰もいないからと俺はしゃがみ込むと、スマホを弄りながら斎藤が戻ってくるのを待つことにした。
暫くしてドンドンと叩く音が聞こえた。これが斎藤の言っていたトイレのドアを叩く音なのだろうか。確かにトイレの方から聞こえている。
「何なんだよ」
結構な音量なので、びっくりして思わず立ち上がってしまった俺は、独り言でどうにか気持ちを持ち直そうとした。しかし、迫力に圧倒され足が竦んで動くことが難しい。その間もドンドンドンと叩く音は続いている。
斎藤は無事なんだろうか。あれでも大切な友人なのは間違いなく、そんな斎藤がこの音に耐えているのならば、やはり俺も立ち向かわなければいけないだろう。手に持ったままのスマホを握りしめて覚悟を決めようとしていると、スマホが震え斎藤からメッセージが届いていた。
『すまんが、誰かいるか見てくれないか』
斎藤はトイレの中でドア叩かれている立場なわけで、現在進行形で恐怖体験中だろう。本人が怖がっているかは微妙なところだが、気味が悪いとは言っていたから不快なのは間違いない。俺はといえば、今朝冗談半分で聞いていたことがすぐ近くで起こっているらしい、この状況が既に怖いのにトイレに確かめに来いと斎藤は言うわけだな。今もドンドンドンドン音は鳴っている。
『無理。怖くて動けんから、お前が早よ出ろ』
『俺もまだウンコ終わらないから無理。いい加減うるさいだろコレ』
コイツのマイペースぶりは何なんだ。斎藤への謎の怒りが恐怖に勝った時、俺は斎藤がウンコをしているトイレへと足が進んだ。勢いよく男子トイレへと繋がるドアを開けると、そこにはどの棟も共通する作りで出来た男子トイレだった。
そして誰もいないように見えるのにドンドンという音だけは響いていた。当たり前だが、廊下よりも大きな音のソレに俺は顔を顰めてしまう。
個室は2つあり、斎藤が入っているであろう奥のドアが閉まっていた。よく見るとそのドアには手形のようなものが複数ついているようにも見え、誰もいないはずの今もそこから音が出ているようだった。脳内で導き出された答えに、俺の思考は停止し暴走した。
「うるせー!お前もウンコがしてぇなら隣の個室を使え!斎藤もうるさいならうるさいって主張しろ!んなもん、ドア蹴り飛ばして黙らせろや!!」
こんな音がしている中で今もウンコを捻り出しているであろう斎藤に無性に腹が立ち、俺が入ってきても止まない原因不明の音にすら頭に来たのでつい声をあげてしまったが、一瞬静かになっただけで今もドンドンドンドンドン音は続き何も効果はなかったようだ。しかし、この騒音じゃ斎藤に届いているかわからないな。
若干冷静になった頭でメッセージでも送るかと思い立ち、握ったままのスマホに目をやろうと意識が手元に向いた時、ドガンとドアを蹴る音が響いた。
斎藤よ、確かに俺がドアを蹴ろとは言ったが、タイミングが悪過ぎで心臓が縮み上がったぞ。コレが猫がネズミを追いかけるアニメだったなら、完璧に飛び上がっていただろう姿勢で動けなくなっている俺は、さっきまで聞こえていた叩く音が消えていることに今更気づく。まだ耳に残っているような感じがするが、今は人気のないトイレという静かな雰囲気に戻っていた。
いや、閉じられた個室でトイレットペーパーがカラカラと回っている音が聞こえる。暫くしてジャーと水が流れる音とともにドアが開けられて斎藤が出てくるのを確認し、やはりマイペースである斎藤を見てようやく俺は肩の力を抜いて息を吐いたのだった。
「ドアを蹴れば一発だったな」
「よくあんな音の中でウンコできるな」
「そのうち飽きるかなとも思っていたんだ。用が済んでドアを開けると誰もいないから、いつも一言も伝えられなくてな。ドア越しに伝えるという発想に至らなかったのは俺の落ち度だな。控えめに蹴ったつもりなんだが意外と音が大きくて相手にも申し訳なかった」
「相手だってドア越しにでけぇ主張してんだからお互い様だろ」
「それもそうだな。本当お前のおかげで助かった。今度また叩かれたら蹴るから大丈夫だ」
水道で手を洗いつつ何でもないようにのんびり話す斎藤を鏡越しに見ながら、俺はふとある考えが浮かんだ。恐怖体験のようにみえるが実は違うのではないかという疑問だ。斎藤は冗談を言うときも真顔の男なのである。二人でトイレを出て、人気のない廊下を歩きながら俺は意を決して斎藤に話しかける。
「なあ、さっきのアレ自作自演だったりしない?よく考えてみると内側からだってドアは叩けるんだよな。そうすると、ドアの前に誰もいなかったのも、お前がドア蹴った後すぐ静かになったのも、ずっとお前が冷静すぎるのも納得できるんだけど」
「確かにそういう考えもできるな」
まさかそんなわけないよな、と問いかけてみたが隣を歩く斎藤はやはりいつもの何を考えているのかわからない表情で答えるだけだった。ここで真犯人の黒づくめの男のようにニヤリと笑ってくれればいいものをそんなことをしないのが、このマイペース代表斎藤である。
俺的には、斎藤が自宅のウンコスタイルの癖で俺の家でもドアを開けっぱなしにしていたことを隠すために行った壮大な自作自演という説を信じている。だって、そうでなければ怖すぎるだろう。あのドンドンと叩く音も、音がするのに見えない人影も、ドアについている手形のようなものも、斎藤の冷静さすら怖く感じてしまうじゃないか。
ともかく真偽は置いておこう。俺も斎藤も多分この話は深くしなくていいことなのだ。
「まあ、この件はもう水に流してさ、早く飯に行こうぜ」
「あぁ。水洗便所だけにな」
「うぜぇ」