とある公爵令嬢の失恋(短編)
詩みたいな短いお話。ヤンデレかメンヘラのお話。
婚約が白紙にされた。愛しいあの人との挙式は待ち焦がれていたけれど。
あの人が幸せなら、それでも構わないわ。
「イザベラ、僕はあなたのことを決して忘れないから」
事実を知った私はこぼれる涙を止めることも出来ず、そんな私を彼は初めて抱き締めてくれました。
私の婚約者はこの国の第3王子、アーサー殿下。幼い頃に王城に父が私を連れていき、殿下と出会った。今までに会った少年たちよりも抜き出でた美貌に目を奪われた。私は7つ、殿下は8つの時で、きれいな金髪と紫の瞳が愛らしく、屈託なく笑う姿は天使のようだと思いました。
数ヵ月に1度、城や私の屋敷で家族や国王夫妻、殿下のご兄弟と共にお茶会をした。
時には庭園を散歩して花を見たり、追いかけっこをしたり、使用人たちに見守られる中、2人で乗馬なんかもした。
私が10歳になる頃には「お前は将来、アーサー殿下と結婚するかもしれないんだよ」と父に言われた。
今までは友達程度にしか思わなかったし、美しい少年である殿下と夫婦になるとは驚きでした。けれど、初恋だとはっきりと、私にはわかっていたのです。殿下はどうだか知りませんが。
12歳の頃になると婚約は正式なものになったようで、王家主催のパーティーにも度々招かれた。妃教育の一つとしてこの国と諸外国の教養、護身術、ダンスを徹底的に学ぶ日々が始まりました。
14歳の誕生日に殿下は靴をくださった。うれしかった。
ある時、「殿下の髪はとても綺麗で羨ましいです」と言うと、
「イザベラの髪だって綺麗で、瞳はエメラルドのようだよ。森の妖精みたいだと僕は思うよ」と答えてくれた。
私のダークブラウンの髪と、緑色の目は地味だと思っていたけれど、母と同じ緑の目を毎日、鏡で見つめるようになった。
「将来の王子妃」そう思って、ダンスのレッスンや勉強にも一生懸命取り組んだ。
15歳の誕生日、エメラルドで装飾された髪飾りを殿下にいただいた。会う度に髪につけたし、寝る前に鏡台の引き出しからそっと出して眺めるのは日課になった。
16歳の夏、突然に両親から告げられた。
「かわいそうだが、殿下との婚約は解消になる」
「…なぜでしょうか」
「隣の国の王女と結婚することになったんだ」
私は絶望に打ちひしがれました。
翌日には王城に赴き、殿下の部屋に行きました。
「私との婚約は破談になったそうですね。もう婚約者でもなんでもないですが、私は殿下のことを愛しています。それだけはお伝えしたかったのです。」
「イザベラ、ごめん…これは両国のために必要なことなんだ。しょうがないんだ」
「その、王女はどんな方なのでしょうか?肖像画などはありますか?」
そっと見せてくれた肖像画には、私たちと同じ年頃の少女が描かれていました。黒い髪に緑の瞳。桃色のドレスを着ていました。
絵だけでも、美しさがわかりました。私と同じ緑の瞳…。
「僕はこの王女とはまだ2回しか会っていない。僕が18歳になる頃には結婚すると思う。だけど、イザベラ、僕は結婚するなら君がいいとずーっと父に言っているんだ。僕が12歳の頃からね。でも無理なんだ、もう君とも、しばらく会えないだろう。だけど、君のことは愛している。絶対に忘れないからね」
殿下は隣国の王女を娶り、私は他の貴族と結婚していく。そんな将来は耐えられないような気がしました。
「愛している」そう言ってくれたけれど、あの王女に心を奪われるのも時間の問題。
婚約破棄を知った夏からしばらく経った冬の夜、私は護身用にと父からいただいた短剣を持ち、殿下と過ごした時間を思い返していました。勉強や公務、厳しい剣術の練習の合間に私と過ごしてくださった。いつも笑顔を絶やすことはなく、私は暖かな日々を過ごせました。
ベッドに横たわり、短剣で胸を一思いに刺しました。
きっと、私のことは一生忘れないでしょう?
薄れていく意識の中で、王女の緑の瞳を見て、私を思い出してくれたらいいなと願うのでした。
いただいた髪飾りは今も私の髪に…
百人一首の「忘れじの 行く末までは かたければ けふをかぎりの 命ともがな」
(訳…忘れないとあなたは言ったけれど、その気持ちがずっと続くかはわからないでしょう。だからあなたに愛されている今、命が尽きてしまえばいいのに)
という和歌が好きで、書いたお話です。
読んでいただきありがとうございました。