その75 重い過去 8番目
ついに『重い過去』編の最後です。
「あの日、お兄ちゃんが来てくれなかったら、どうなってたんだろう……?」
「そのことは、考えない方がいいんだと思うよ」
二人の回想が終了する。
あの日、二人は初めて出会い、そして、家族となった。
「私はあの日、お兄ちゃんに希望をもらったんだよ」
「……そっか」
美咲の言葉に、健太は笑顔で頷く。
美咲は、更に言葉を続ける。
「だから、今度はお兄ちゃんに何かをあげたいな……」
「……いや、もうもらってるよ」
「え?」
美咲は、少し驚く。
健太は、そんな美咲の様子を眺めてから、こう言った。
「大切な妹、だよ」
「お兄ちゃん……」
美咲の顔が、笑顔になる。
そして、美咲は。
(ギュッ)
「……どうしたの?美咲」
健太は、いきなり、しかしゆっくりと抱きついてきた美咲に対して、そう尋ねる。
美咲は、
「……少し、このままでいさせて」
「……うん」
いつも抱きついてくるので、慣れてはいた。
しかし、いつもと様子が少しだけ違っていた。
それは、ただ甘えたいというものとは違い、今目の前にある幸せを、失わないように。
今手にしている幸せを手離さないように。
そういう思いが、込められていた。
「お兄ちゃん……温かい」
「美咲……」
美咲の力が、強くなる。
だから、健太も。
「……え?」
(ギュッ)
腕の力を、強くした。
「お兄ちゃん……」
「もう、美咲は一人じゃ、ないんだよ」
「……うん」
抱き合っている為、互いの表情は分からない。
しかし、今はそうする必要もない。
何故なら、そうしなくても、互いが何を思っているのかが分かるからだ。
「あっ」
ふと、健太は外を見る。
「どうしたの?お兄ちゃん」
美咲が不思議そうに尋ねてくる。
健太は、美咲から一旦離れて、
「雨が、止んでる」
と言った。
今まで地面を突き刺していた雨は、途端にそれをやめていたのだ。
「梅雨だけど、雨は止む物なんだね」
「当たり前でしょ」
健太は、美咲に突っ込みを入れていた。
「雨も止んだみたいだし、気分転換にどこか行く?」
健太がそう提案すると、
「うん!」
美咲は、笑顔で返事した。
空は、これ以上ないほど、見事に晴れていた。
雨が降っていただけあって、地面には水溜まりがいくつか出来上がっていた。
そんな道を、健太と美咲の二人は、歩いていく。
二人でその道を、歩いていく。
それは、恐らく今後も続くだろう時間。
二人の顔は、笑顔だった。
次回より、『球技大会』編が始まります。