その74 重い過去 7番目
7番目です。
過去の話は、これで一旦区切りましょう。
「ハァハァ……間に合った」
健太は、何とかその場に間に合った。
屋上に来た健太が、第一に見たのは、今に飛び降りる為に、屋上のフェンスをよじ登ろうとする一人の少女の姿だった。
「……駄目だ」
もう一度、健太は言う。
少女は、健太の方を見ずに、言った。
「な、何?だ、誰?」
「僕は、木村健太……君はそこで何をしようとしてるんだ!」
健太は、少女に向かって、叫ぶ。
少女は、やはり健太の方を見ずに、
「そんなの……関係ないでしょ!」
「関係ないわけない!君、自殺しようとしてるでしょ」
「!!」
肩が動く。
当てられた為なのか、少女は言葉を失う。
健太は、そんな少女の様子に気づかない。
顔が見えないため、気づきたくても、気づけないのだ。
「自殺は、よくない。自ら命を投げ出すことに、何の救いもありはしないんだ!」
「だったら……自分も同じ立場になってみれば分かるよ……」
「何だって?」
ここで初めて、少女は健太を見た。
「私は……お父さんに捨てられた」
「!!」
「そして、今日……お母さんも……」
「……」
少女の独白に、健太は言葉を失う。
それもそのはずで、少女の抱える重いは、自分が考えていたことよりも、遥かに重かったからだ。
「私は、今までいつも一緒だった。だけど、お父さんが出てった時から、そんな幸せなんて、
崩壊しちゃったんだよ……」
「幸せ……」
「だから私は、お父さんがどこにいるのか知らないから。お母さんの元へ、行く」
(ガッ)
健太は、フェンスを登ろうとした少女の肩を、両手で掴んだ。
「は、離してよ!」
「させない!大事な人を失う悲しみを負った人を、このまま死なせたりなんてしない!!」
「離してよ!どうせ関係のないことでしょ!!」
「関係ないなんてこと、あるもんか!!」
「!!」
健太は、少女に向かって、再び叫ぶ。
そして。
「大事な人を失った悲しみなら……僕だって知ってる」
「……え?」
「……僕も、母さんを、病気で失ったから」
そう。
健太の母親も、病気で死んでいたのだ。
もっとも、今では再婚していて、母親もいることにはいるのだが。
「今でこそ、再婚して、母さんもいる。けど……あの時の僕も、君と同じだった」
「……それが、どうしたって言うの」
「……それだけじゃない。僕は、大切な子も、失った」
健太の言う、『大切な子』。
それは、とある場所にて出会った少女―――雛森マコのことだった。
だが、少女がそんなことを知るはずはない。
なのに、その話を持ってきた健太。
少しばかり、後悔もあるのかもしれない。
「……確かに、君は両親を失ったのかも知れない。けど、君には友達がいるじゃないか」
「トモ……ダチ……」
「そう。友達だよ。こんな時に、励ましてくれる友達が、君にはいる」
「……」
「だから、自殺なんて考えないでよ。もしここで、君が命を落としたら、その友達は、きっと
今の君と同じことを考えるよ」
「……!!」
少女は、頭の中で思い浮かべた。
―――大好きな親友が、思い詰めた表情をして、自殺を図ろうとする様子。
「……嫌。そんなの、嫌だ……」
「でしょ?なら、君は自殺をするべきじゃない。それに……君は一人じゃない」
「……一人、じゃない」
「そう。一人じゃない。友達がいる。それは、何より誇れる物なんだ」
「……けど、私には、甘える人が、いない……」
今まで、父親と母親に甘えてきた少女。
その少女は、もう甘えることが出来なくなってしまったのだ。
「……なら、僕に甘えればいい」
「……え?」
意外な提案だった。
様々な予想を、遥かに超えた提案だった。
「僕が、兄代わりになるよ」
「……私、お兄ちゃんなんていないよ?」
「住む家がないんだったら、僕の家に住めばいい」
「……いいの?」
「もちろん。多分、僕の親も了承してくれると思うよ」
笑顔で健太は言った。
少女は、涙を流していた。
「……君の名前は?」
「……私は、月宮美咲……」
「……木村美咲、だね」
「……うん」
美咲は、泣きながら頷く。
「それじゃあ、家に変えろっか?美咲」
「……うん!お兄ちゃん!!」
これが、健太と美咲の、出会い。
この日より、健太と美咲は、『家族』となったのだ。