その73 重い過去 6番目
ついに佳境に入ってきました。
その日、健太は偶然にも病院に来ていた。
理由は、吉行のお見舞いの為だ。
実は、とある事情があって、吉行は、右足を骨折してしまっていたのだ。
その事情とは……。
「俺も情けないよな〜。まさか山から滑り落ちるとは……」
「まぁ、誰にだってミスはあるさ」
家族で山登りに行った時に、足を滑らせ、そのまま落ちてしまったのだ。
おかげで、吉行は全治2ヶ月の大怪我を負ってしまったのだ。
「何かさ、ただ寝てるだけって、暇だよな?」
「確かに暇だけど、今は足を治すことに専念してね」
健太は、吉行にそう念を押した。
吉行は、嫌そうに返事をしながらも、大人しく眠ることにした。
「それじゃあ、僕はこれで帰るよ?」
「おう。早乙女と直樹によろしく伝えておいてくれ」
「分かった」
健太は、それだけを約束すると、吉行の病室を出た。
(トンッ)
扉を閉めたその時。
「……ん?」
健太は、階段を昇っていく何者かを見た。
その表情は、一瞬だけしか確認出来なかったが、思い詰めたような表情をしていた。
それこそ。
まるで、これから自殺しに行くかのように……。
「……まさか」
健太は、そう呟いていた。
今、階段を昇っていった人物は、これから屋上に行くのではないか。
屋上に行き、そのまま飛び降りて、自ら命を絶とうとしているのではないか。
様々な憶測が、健太の頭中を過る。
その中から、最悪の可能性を引っ張り出してきた健太は、急いで後を追った。
美咲は、屋上に来ていた。
父親がいなくなり、母親も、遠くに行ってしまった。
「もう……会えないんだ……」
美咲は、空を見る。
美咲の体に、雨は容赦なく突き刺さる。
勢いは、止まることはない。
むしろ、増すばかりである。
「……何で。どうして……どうして私の周りから、大切な人がいなくなっちゃうの?」
口にする、一つの疑問。
答える人なき質問は、そのままかき消されてしまった。
そして、また呟く。
「……こんな、一人きりの世界に何ていたくない。お母さんに……会いたいよ……」
無理な願いだった。
その願いだけは、何でも叶えることが出来るような人でさえ、無理な話だった。
死人は、生き返らない。
そんな当たり前の事実が、美咲の願いの邪魔をした。
「……なら、私が死ねばいいんだ」
その眼には、輝きはなかった。
あるのは、絶望のみで、希望など、どこにも存在しえなかった。
「そうすれば……楽になるかも」
一歩。
また一歩と、その足は、フェンスに近づいていく。
美咲の命を、この世に繋げる為の距離は、後6歩分の距離と、身長の約2倍の高さを持つ、フェンスのみ。
それだけだと、まだ足りないくらいだった。
残り、3歩。
もはや、誰もやってこない。
誰も、美咲を止めることは、ない。
残り、2歩。
「……お母さん」
天を見上げ、一人呟く。
残り、1歩。
もう、その距離は、ないに等しかった。
美咲は、フェンスの向こう側に行く為に、そのフェンスに手をかけたその時。
「駄目だ!!」
「!!」
何者かの叫び声を、聞いた。