その240 決意 4番目
六時間目の授業が終わり、これから帰ろうとしていた時の話だった。
(カラッ)
HRの為に教室に入って来た外川の顔が、どことなく暗かった。
「ど、どうしたんですか?」
あまりの暗さに、思わず健太は尋ねていた。
外川は、その暗さの正体を晴らすように言った。
「実は……佐伯の転校が、正式に決定したんだ」
「……え?」
あまりに突然のことで、クラスメート達は膠着していた。
ただ一人、当事者である夕夏だけは平然としていたのだが。
「今日の昼休み辺り、佐伯のご両親からアメリカに企業を伸ばすとの事情があり、それに佐伯本人も
ついていく形となるらしい」
「それじゃあ……佐伯さんはアメリカに引っ越すってことですか?」
その問いには、外川が答えたわけではなく。
「……そうですわ」
夕夏本人が答えた。
「でもいきなりだね……本当にいきなりすぎて訳が分からないよ」
マコが呟くような形で言った。
他のクラスメート達も同様の意見なのか、みんな同じように口を閉ざしていた。
「ど、どうしてこんな時期に……」
「折角佐伯さんと仲良くなれたと思ってたねに……」
夕夏がこのクラスに馴染んできたのも、つい何ヵ月か前の話だ。
そもそも、夕夏が転入してきたのが二学期の始めからだったので、あまりに早い転校となってしまったのだ。
日にちで計算すると、約四ヶ月。
半年もこの学校にはいなかった計算となる。
「親の都合で、私はアメリカに引っ越すことになりましたわ」
もう一度、夕夏の口より発せられる、真実。
他人が言うよりも、やはり本人が言った方が真実味があり、嫌でもそれが事実なのだと健太達に思い知らせたのだった。
「それに、私自身も、アメリカに行ってみたいという気持ちはありますのよ」
「それは、どういった理由で、かしら?」
美奈が、まるでクラスメートの心を代弁するかのように、夕夏に尋ねた。
「日本以外の国の様子を、見てみたかったのですわ」
「日本以外の、国の、様子?」
さっぱり、と言った感じで吉行が呟く。
「簡単に言ってしまえば、外国に行ってみたかった、ということになりますわね」
「でも、どうして外国に行きたいと思ったの?」
健太が、夕夏に尋ねる。
すると。
「日本という国は、余りにも狭すぎた……私の知らないことが、海外にはあり、伝わっている。その逆もまたありますわ……そう言ったことを、この目で確かめたいとも思いまして」
「なるほど……夕夏さんがそんなことを考えていたとは」
健太は少し感心してしまった。
「それに、肩にかかっていた重みも、落ちましたしね」
夕夏は呟くが、誰の耳にも届かなかった。
「で、でもよ、何も今行くことはねぇんじゃねぇか?もっと先に、せめて卒業してからでも……」
「それ以上は言わないでくださいます?私の決意が崩れてしまいますわ」
前に手を掲げて、拒絶を示す。
夕夏は、それだけ覚悟を決めているのだった。
「私からは以上ですわ。短い間でしたが、こんな私と付き合ってくださって、ありがとうございました」
(カラッ)
それだけを告げると、夕夏はHRも終わってないのに、教室から出て行ってしまった。
「……」
教室にいた誰もが、そんな夕夏に話しかけることが出来なかった。