番外編その18 裏側 2番目
「……」
美咲の話を聞いた杏子は、終始黙っていた。
美咲と杏子の間に、しばしの無言の時間が流れる。
最初にその沈黙を破ったのは、なんてことはない。
杏子の方だった。
「そっか……美咲ちゃんには、そう言った事情があったんだね」
「……うん」
「それは、言いたくないことだった」
杏子は、美咲の気持ちを確かめるように言った。
「うん」
「……言いたくないことを、私に言ってくれたんだから、その答えを言わなきゃね」
「それで私……どうしたらいいかな?」
杏子に答えを求める美咲。
すると杏子は、次のように答えた。
「私は……美咲の好きにしたらいいと思う」
「え?」
その答えは、あまりにも当たり前すぎて。
美咲にとっては、それが出来ないんだから尋ねているんだ、と思わず言い返してしまいたい
程、突き放したような答えだった。
「まずは、二つの選択肢について説明するよ」
「え?」
杏子の言葉に、美咲は驚いたような声をあげる。
そんな美咲を無視するように、杏子は話を始めた。
「もし美咲ちゃんが木村家に残るんだったら、今まで通りの生活が待ってるよね。美咲ちゃん
のお兄ちゃんは、健太さんで」
「……そうだね」
「でも、もし月宮家に行くんだったら、美咲ちゃんと健太さんの関係は、崩れ去る」
「……」
それは美咲にも分かっていた。
もし自分が『月宮美咲』になったとしたら、健太との関係は崩れる。
「でも、美咲ちゃんと健太さんは赤の他人になるということは……美咲ちゃんの恋は、叶わぬ
恋ではなくなるってことにもなるよ」
「え?」
杏子から出た意外な言葉は、美咲の目を丸くするには丁度良すぎるくらいだった。
「な、何言ってるの?」
「だってそうだよ?今の美咲ちゃんは『木村美咲』だから、結婚は出来ない……いくら血が
繋がってなくても、家族なんだから」
「家族……」
「でも、月宮家になれば、健太さんとは赤の他人……家族という間柄に縛られず、普通に恋を
することもできるし、成就する可能性もある」
「……」
一瞬、気が迷った気がした。
居間の杏子の言葉に、美咲の心は若干揺らいでいた。
「……どうする?ここまで言っておいてあれだけど」
「……私、は」
どうするべきなのだろうか?
自分は、どの道を選んだらいいのだろうか?
考えること、およそ1分。
「……私は」
やがて、決意を秘めたような声で、こう言った。
「私は、『木村美咲』として、生きていく」
「……それでいいんだね?美咲ちゃん」
「うん。後悔なんてしないよ。私自身で出した答えなんだからね」
美咲は、健太とはこれまで通り『兄妹』として接する道を選んだ。
男と女という関係ではない、家族という関係を取ったのだ。
「だって、私の持ってたお兄ちゃんに対する想いって、恋じゃないもの」
「……違うの?」
「うん。多分私は、お兄ちゃんに憧れてたんだと思う。私を孤独の闇から救ってくれた、
お兄ちゃんのようになりたいって、そう思ってたんだと思う。今までは、お兄ちゃんのこと
大好きなんだって思ってたけど、それは違うんだって」
ほぼ独白するような形で、美咲は言った。
「本当に、それでいいんだね?」
「うん。だって、今の関係を壊したくないもの。今の……お兄ちゃんに甘えられる私が……
甘えさせてくれるお兄ちゃんのことが、大好きだから」
最後に言った『大好き』という言葉は、意味合いが今までのものと違っていた。
『恋』の意味ではなく、『大切な家族として』の意味の、『大好き』であった。
つまり、美咲は今までの想いから決別する道を……簡単に言ってしまえば、兄から独立を
果たしたのだ。
「そっか……」
杏子は、美咲のそんな決意を見て、安心したようだ。
「これで私の答えは出たわ。後はそれを、お兄ちゃんと……お父さんに言うだけ」
最後の方は、声が小さくなってきていたが、それでも美咲の決心は揺るがないみたいだ。
「そう言うことなら、美咲ちゃん。今日……」
「うん。今日ですべてを終わらせる」
こうして、美咲は決心したのだ。
『木村美咲』として生きていくことを。
そして、過去を捨てることを。
次回より、本編に戻ります。