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その222 居場所 7番目

(プルルル、プルルル)



電話をかけている美咲だったが、相手はなかなか出てこない。

今、美咲が電話をかけている相手……。

それは他ならぬ、あの人物であった。


「出ないの?」

「うん……なかなか出ない」


横では、健太が静かに見守っていた。

何を隠そう、その人物に電話をすることを勧めたのは、健太自身だったからだ。


「やっぱり、こんな時間に電話をするのって、迷惑だったかな?」

「そんなことはないと思うよ……この時間なら、電話に出ると思うから」


そう健太が言った、その時だった。


『もしもし?』


その相手が、電話に応じた。


「もしもし……お父さん?」

『美咲か……電話して来たってことは、答えが出たんだな?』


電話の相手……それは、他ならぬ、美咲の父親。


「うん」

『そうか……なら、結論だけを聞かせてもらおう。美咲は、どっちを選んだんだ?』


父親の優しい言葉を聞いて、美咲の心は一瞬揺らぎかける。

だが、美咲は健太の顔を見て、そして言った。


「私……お父さんの元には帰らない。これからも、『木村美咲』として生きていく」

『……そうか』


納得したように、一言そう呟く。


「え?何も言わないの?」


だから美咲は、何の変哲のないその言葉に、違和感を覚えたのだ。


『それが美咲の出した答えだと言うのなら、俺はそれを捻じ曲げてまでこっちへ来い、なんて

 言わないさ……むしろ、そんなこと出来るはずがない』

「どうして?」

『なぜなら……俺にはそんな権利なんてないからだ』


父親は、『美咲の父親』としての最後の言葉を語り始めた。


『いいか美咲。お前の進みたい道は、お前自身で決めるんだぞ。誰かに何かを言われたから、

 こっちの方を選ぼうとか、そんな弱い信念じゃなくて、もっと強い……例え誰かに殴られた

 としても、自分の意見だけは、絶対に変えるんじゃないぞ』

「……うん」

『後悔は……しないな?』


最後の確認の言葉を、美咲の父親は投げかける。

美咲は、その言葉に対して。


「……うん」


一言、強く頷いて見せた。


『なら、俺から言うことは何もない。明日から俺と美咲は赤の他人だし、互いに連絡を取る

 ことも、会って話すこともないだろう……』

「お父さん……」


そう。

『木村美咲』として生きていくということは、『月宮家』という居場所を失うことにも繋がる。

どちらかを選べば、自動的にどちらかはなくなる。

それが、選択肢というものであり、人生というものなのだ。


「私は、『木村美咲』になることを後悔してないよ……けど、これだけは言わせて」

『何だ?』















「私は……お父さんの子でいられて、嬉しかったよ」















(プープープー)



その言葉を最後に、美咲からの電話は途絶えた。


「……」


かつて美咲の父親だった男は、関係の断絶を示す音を鳴らし続ける電話を見て、短く溜め息をついた。


「これで、全部終わりか……」


窓より外を眺める。

自らの心中とは裏腹に、天気はとてもよかった。

雲一つなくて、月の明かりが街を照らしていた。


「この終わり方で、よかったんだ。美咲が幸せになれるなら、俺も幸せだ」



(トクトク)



静かに、ワイングラスの中に赤ワインを注ぐ。

その赤ワインを、男は一気に飲み干した。

ブドウの甘味の中に、仄かにしょっぱさが染み込んでいた。
















次回より、番外編に参りたいと思います。

……ひょっとしたら、予定変更になるかもしれませんが。

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