その219 居場所 4番目
「……さて、美咲」
美咲の父親が出て行った後。
健太は、美咲の名前を呼んだ。
「何?お兄ちゃん」
美咲は、不思議そうな顔で健太を見つめる。
そんな美咲に、健太は言った。
「……僕は間違ったことを言ったのかな?」
「……え?」
美咲は、分からないと言った顔に変わる。
何故、今そんなことを尋ねるのか?
そして、何が『間違って』いたのか?
それが分からなかったからだ。
「美咲は……お父さんの元に帰りたかった?」
「え……そ、それは……」
「……僕は、美咲がどう思ってるのかを考えないで、美咲のお父さんにあんなこと言った
けど、美咲にとっては、『父親』何だよね?」
「そう……だけど」
美咲は、弱い声で頷く。
健太は、言った。
「なら……帰りたいって思った?」
「え?」
はっきりとした言葉だった。
「確かに、僕はあの人を許すつもりはない。自分勝手で、美咲のことなんて何も考えないで、
突然現れて、美咲を返してほしいだなんて……頭に血がのぼる経験何て、久しぶりだと思う」
「お兄ちゃん……」
「けど、そんな父親でも、美咲は帰りたいと思った?」
仮に健太から見て『だらし無い父親』だったとしても、美咲にしてみれば唯一の肉親。
そして、本来自分がいるべき、『居場所』。
本当の家族……それが、ついさっき現れた、『美咲の父親』という存在なのだ。
「だから、これだけは言うよ……」
「な、何を?」
健太は、美咲に次の言葉を言った。
「帰りたいなら、いつでも帰っていい。けど、もしそうなった時は……兄妹としての僕達は
そこにはいない。次の日から他人同士だ」
「そ、そんな……」
健太の、突き放すような言葉に、美咲は泣きそうになる。
だが、本来ならば兄妹になるはずのなかった二人だ。
『自然な状態』に戻るということが、これほどまでに辛いことだったとは、美咲は今日この時
始めて知ったのだ。
「けど、帰りたくないって言うなら……いつまでも僕達は兄妹でいられる。僕達は、『家族』
としていられる」
「……」
「……美咲は、どっちを選ぶ?」
『本来の家族』を取るか、『虚実の家族』を取るか。
彼女がいるべき居場所は、はたしてどちらなのか?
確かに、『虚実の家族』である『木村家』での生活は、幸せそのものであった。
だが、『本来の家族』である『月宮家』での生活もまた、幸せな日々を過ごしていたのもまた事実。
その幸せが突如崩壊してしまっただけの話である。
ただし、『木村家』での生活にしても、その幸せな生活が、突如崩れ去ってしまうという
可能性があるのもまた事実である。
つまり、どちらにしても、美咲は不幸にもなりえるし幸福にもなりえるということだ。
「僕としては……美咲の居場所は、『ここ』ではないような気がするな」
「……え」
言葉を失ってしまう。
さりげなくであったが、健太から発せられた、はっきりとした拒絶の言葉だった。
「だって、いくら幸せな生活が出来ると言っても、ここは美咲の『本来の居場所』じゃない。
『仮の居場所』にすぎないんだから……」
「で、でも!」
「……一日、考えてみて。答えが出たら、電話してみるから」
「……うん」
それきり、その日の二人は、会話することがなかった。