その213 少女が抱く過去の話 8番目
(バタッ)
父親は、そのままその場に倒れこんでしまう。
「だ、誰だ……お前は……」
刺された父親は、刺した本人を見て、力なく言う。
その人物の顔を見て、父親は驚愕した。
「なっ……!お前は、まさか……」
「……」
その人物は、男であった。
しかし、その目は酷く冷たかった。
「あなた……私達の研究を悉く邪魔する人ね」
「そうだ。お前らの研究が間違ってると、いつも説得しているのだがな……そら見ろ。
お前らが間違った知識なんて吹き込むから、その子供までわけの分からないことを」
「きゅ……救急車だ!救急車を呼べ!!」
この言葉がきっかけとなり、店内は騒然とし始める。
しかし、誰もその男を捕まえようとする者はいない。
「あなた?……嘘、嘘よ」
「どうしたの?ママ……」
先ほどまで男を見ていた顔は、すでに伏せている。
体も、動いている様子はない。
何より、胸が上下していない。
「そんな……そんなこと、ないよね?パパ……」
幼いながらも、『今の父親の状態』について、かなえは嫌というほど理解できていた。
父親は、この場で『呼吸』を止めた。
もしかしたら、今病院に行けば何とか助かるかもしれない。
だが、その前に目の前にいる男をどうにかするのが先決だろう。
「次はお前だ……」
「どうして……私達の研究が間違ってるって言うの?」
母親は、その男に向かってそう問いかける。
男は、冷酷な眼差しを解かぬまま、答えた。
「人類はな、何か物を開発する為に二酸化炭素を排出してきた。けど、お前はその二酸化炭素
を吸収する道具を作っているみたいだがな、それ自体がもう間違ってる」
「間違ってる?」
「そうだ。例えその機械が開発されて、二酸化炭素を吸収できるようになったと言っても、
所詮その量には限界がある。そして、その機械を開発する際の二酸化炭素排出量の方が、
明らかに多くなる……つまり、お前らがやってることは、まったくの無意味だってことだ!」
男の言っていることは、確かに間違ってはいなかった。
だが、母親はその言葉に納得がいかなかった。
「確かにそうかもしれない……けど、だからって、このまま何の抵抗もするなって言うの?」
「……緑が欲しいなら、木を植えればいいだろ。それこそ、建物をぶっ壊してでもよ!!」
男に説得は不可能と見える。
母親に向かって……いや、その方向には、間違いなく母親の姿はなかった。
「え?」
母親は驚きの声をあげる。
間違いなく自分の所に来ると思っていたからだ。
(カチャン)
他の客のテーブルから、ナイフを奪う。
そして……。
「……え?」
男の先には、かなえが立っていた。
「ま、まずい!!」
母親は、すぐにかなえの前に立ちふさがる。
男は、そんな様子を見てもなお、冷酷な眼差しをしていた。
「子供が刺されそうになったら、自らの命を差し出してでも守ろうとする……心掛けは大変
結構だが、それが狙いだと思われることだってあることを、思い知るといい」
(グサッ)
男はそう言いながら、母親の腹に、ナイフを、入れた。