その209 少女が抱く過去の話 4番目
「あ、ありがとうございます……」
「いいっていいって。子供助けるのが、俺達子持ちの親の仕事ってものよ。それに、お礼を
言うなら、うちの息子に言ってくれ」
(ポン)
言いながら、少年の父親は、自らの息子の肩を叩く。
少年は、少し照れたような顔をして、かなえを見た。
「……ありがとう」
「う、うん」
かなえは、顔を若干赤くしてお礼を言う。
それに対して、少年も少し顔を赤くして答えた。
「うん。青春青春。誠に結構!」
「と、父さん……」
少年は、両手を腰に当てて笑いながらそう言う父親に対して、呆れたような感じで言った。
「ところで、君の名前は?」
「え?」
そういえば、とかなえは思った。
先ほど会った時に、名前を教えていなかったな、と。
「あ、相沢かなえ……」
「僕の名前は―――*村*太」
この時。
少年は確かにかなえに名前を告げた。
しかし、幼い時に聞いた名前だったので、その名前をかなえは薄らとしか覚えていなかった。
「じゃあ……かなちゃんだね!」
「かな、ちゃん?」
今までそんな名前で呼ばれたことのなかったかなえにとって、新鮮なことだった。
大体の人が、『相沢さん』とか『かなえちゃん』とかで呼ぶので、略されてのことは初めての
ことだった。
「ほぅ……いきなりかなちゃんとは、やるな!!」
「何がさ……」
父親の発言に、少年は突っ込まざるおえなかった。
「それより、何でかなちゃんは一人でこんな所に?」
「そ、それは……」
かなえが事情を話そうとしたその時だった。
「かなえ〜!!」
「!ママ!!」
かなえ達の元に走り寄ってくる影が二つ。
かなえの両親だ。
「心配したのよ、かなえ!」
「騒ぎがあって寄ってみたら、かなえが居てな!」
「ママ……パパ……」
かなえは、泣きながら両親に身を任せる。
「……行くぞ」
「え?いいの?」
「いいんだよ。家族水入らずの所を邪魔するわけにはいかないだろ」
(タッタッ)
少年とその父親は、かなえ達の様子を一瞥すると、その場を去って行った。
「あのね!あそこにいる人達が……って、あれ?」
「どうしたの?かなえ」
「いや、そこに男の子がいたはずなんだけど……」
かなえが振り向いた時には、既に少年と、少年の父親の姿はなかった。
その後、遊園地を周りながら、一応その少年を探しては見たが、見つかることはなかった。
これが、かなえが家族同士で行った、最後の遠出となることを、かなえはまだ知らなかった。