その204 始業式 4番目
家に帰って来た健太が最初に目にした光景は、
「お帰り……お兄ちゃん」
何やら疲れた様子の美咲の姿だった。
「どうしたの……美咲。そんなに疲れたような表情を見せて」
「今日、私のクラスに転入生が来たんだ」
「転入生が?」
美咲自身も、割と最近に転入した身である。
なので、ちょっと話したらすぐに気が合ったみたいなのだが。
「その転入生が男の子で、私にしつこく話しかけてくるの……」
「例えばどんな感じに?」
健太は、とりあえず尋ねてみる。
「例えば……好きな食べ物とか、趣味とか、家の場所とか……スリーサイズまで聞かれた」
「そ、そこまで来ると、最早ストーカーだね……」
健太はそう呟く。
それぐらいの人を見てきている健太だから(直樹のこと)、人ごとではなかった。
「まぁ、それだけ好かれてるって言うのも事実だよね?」
「嫌よ!ストーカー男に好かれても全然嬉しくない!」
「確かに嫌だよね……ストーカーの人と付き合えって言われたら、僕だって嫌だよ……」
正直、健太もそのような人物はお断りだった。
「でしょ!?それに、私には……」
(チラリ)
何かを呟きかけて、しかし何も言わなかった。
健太はその先の言葉が少し気になったが、やがてすぐに予想がついたのか、尋ねるのをやめた。
「そういう訳で、今日はもうクタクタ……何時ものようにお兄ちゃんの温もりを感じたい所だけど、今日は我慢する……」
「いや、感じなくていいからね。それと、お休み」
健太は、眠そうな顔をする美咲に対してそう言葉を返す。
すると美咲は、安心しきったかのように、布団に潜り込み、そのまま寝てしまった。
「……可愛い寝顔だね、美咲」
(サラッ)
健太は、眠っている美咲の頭をそっと撫でる。
寝ていてもその感触だけは感じるのか、美咲は気持ち良さそうな表情を浮かべていた。
「……おかあ、さん……」
「……」
(ズキリ)
心が少し痛んだ。
美咲は、今でも母親の夢を見る時がある。
その度に、寝言で母親のことを呼ぶのだが、その寝言を聞く度に、健太の心は少し痛むのだ。
同じ経験をした二人。
だからこそ本日まで積み上がってきた絆。
いつまでも続くと思われる絆を信じて、だからこそ知っている、別れの辛さ。
健太は、もうそんな経験をしたくはないと思っていた。
生きている内に何時かは会えるだろう別れと、生きている内にもう会えない別れの辛さの違いを知っているから、尚一層にそう思うのだ。
「……夜風に当たってこよう」
健太は、曇りかけた自らの心を晴らすために、散歩しに行こうと考えた。
体を動かすことで、少しは気分が晴れるだろうと思ったからだ。
「っと、その前に書き置きをして置かないと」
美咲がもしも目を覚まして、自分がいないことに気付いたら、驚くだろう。
なので、健太はそのままのことをメモ帳に書き、机の上に置いた。
鍵を持ち、そのままアパートの部屋を出て行った。