その176 記憶喪失 11番目
それから数時間後。
時間は流れ、放課後となった。
「健太。今日は一緒に帰ろうぜ」
「う、うん……」
「?どした、健太」
一緒に帰ろうと誘う吉行に対して、健太は少し戸惑いを見せる。
そんな様子の健太が気になって、吉行は尋ねていた。
「いや、僕ってこの学校だとどのような位置にいるのかなって思って……」
「ああ、なるほどな。昨日今日と学校に来てみて、自分が置かれている位置と言うのを把握
出来てないってことなのか」
「うん……」
「そっか。でも、正直言って、俺もあんまり分かんないや」
吉行は答えた。
「え?」
「自分の置かれている立場なんてのは、結局他人にしか分からないことなんだよ。例え健太が
記憶を持っていたとしても、そんなの分かったものじゃない」
「そう、なのかな……?」
「ああ、きっと」
吉行は、健太に自分の考えを述べた。
その時だった。
『一年B組、木村健太君。至急、生徒会室に来てください』
という放送が入って来た。
「……僕、何かやっちゃったのかな?」
「いや、お前は生徒会役員だから呼ばれたんだよ、きっと」
「僕が、生徒会役員?」
その事実を聞いた時、健太は思わず聞き返してしまった。
「ああ。あれは確か文化祭前だったかな……文化祭実行委員に行ってたお前が、生徒会に勧誘
されて、入った……らしいんだ」
「らしい?」
「その辺については、相沢から聞いた話だからな」
どうやら吉行も、かなえから聞いた話だったらしい。
「ま、とにかく今は生徒会室に行くべきだろ。早く行ってこい」
「そうだね……ちょっと不安だけど」
健太は、不安を隠せないような表情を見せながら、生徒会室へと向かった。
「……ま、いっか」
吉行は、そう呟いた。
「失礼します」
(ガラッ)
生徒会室に入る為の扉を潜り、健太は中へと入る。
中には、5人もの人が待っていた。
「そこに座ってくれ」
健太は、言われた通りの所に座る。
すると、隣にいた、先輩だと思われる女子生徒から、話しかけられた。
「木村君〜話は聞いたよ〜。観覧車から落ちたんだって〜?大丈夫だった〜?」
やたらと語尾が伸びている感じを出す女子生徒。
健太は、少し戸惑いながら答えた。
「は、はい。大丈夫でした、よ?」
「何で疑問口調なんだ」
奥の方に座っている、メガネをかけた、これまた先輩だと思われる男子生徒にそう突っ込まれた。
「……てか木村。お前、何か様子が変だな」
「だね〜。なんだか、赤の他人と話してるような感じ〜?」
「!!」
健太は、観察力の働く二人に、驚いていた。
「これはひょっとすると……記憶喪失ってやつかもしれないな」
会長席に座る男子生徒が、そう言った。
すると、目を見開く人物が二人。
「え……嘘……」
一人目は、茶色で長髪の女子生徒。
もう一人は、同じ茶色の髪だが、長さは短めである女子生徒。
こちらは健太と同学年と見えた。
「健太君……本当なの?」
「……うん」
健太は隠すだけ無駄だと判断したので、素直に頷いた。
「そ、そんな……」
「……けど、諦めるのはまだ早い」
絶望に追いやられるような表情を見せる少女に対して、生徒会長と思わしき人物は、言った。
「木村の記憶喪失は、あくまで一時的なものだと思う……それこそ、何かのきっかけさえ
あれば、すぐに戻ってくるだろう」
「なら、私達でそれを作ればいい、と?」
長髪の少女が言った。
すると、その男子生徒は、そうだと言わんばかりに頷いた。
「とにかく、そういうことなら今日は家に帰るといい。明日からはお前の記憶を取り戻す為に
俺達もいろいろ頑張ってみるが、いいか?」
「はい。もちろんです」
健太は笑顔で答えた。
「ところで……今日僕を呼んだのはどんな理由で?」
「ああ。ちょっと予算会議をしようかと思ったんだけど、そんな状態じゃまともに参加する
ことが出来ないだろう。だから今日は俺達だけで済ますから」
「分かりました……すみません」
それだけを言うと、健太は生徒会室から出た。