その172 記憶喪失 7番目
「ここが僕の家か……」
一通り退院手続きを済ませ、美咲と共に健太は家へと帰宅した。
現在、時間的には昼時。
当たり前だが、他の人達は学校に行っている時間帯だ。
「どうしよう……遅刻になるけど、学校に行こうかな……って、学校への道が分からない」
学校に行きたくとも、学校へ行く道が分からないのでは意味がない。
よって、健太は残りの時間を、家で過ごす他なかったのである。
「とりあえず、今日の所は家で過ごすか」
美咲は、遅刻覚悟で学校に向かっている為、現在家にいるのは、健太一人のみである。
とりわけ何もすることがないため、健太は床に寝ころんだ。
「ふぅ……」
溜め息をつく。
天井を見上げる。
「……ここからじゃ、空は見えないか……」
病院からいつも見ていた光景を思い出し、健太は呟く。
「……外に出てみよう」
健太は、鍵をポケットの中に突っ込み、扉を開ける。
「……行ってきます」
とりあえずそう呟き、健太は部屋を出た。
「いい天気だな〜ちょっと涼しいし」
現在、季節は秋。
それも、秋も終わりかけの時である。
街を歩けば、紅葉した木達がたくさん並んでいた。
「空も、綺麗だな……」
歩いている内に、健太は橋までやって来た。
「あれ?この橋。どこか懐かしい雰囲気が……」
橋の名前は、『沢渡橋』。
この橋は、そう。
ここを渡れば、健太の通っている学校、相馬学園に行けるのである。
その時。
「あれ?健太君?」
「え……あ、はい。そうですけど」
突然、健太は声をかけられる。
それは少女の声だった。
「あれ……健太君ってことは、もしかして、僕の知り合いですか?」
「……へ?」
どうやら、そう言う風に答えられるとは予想もしなかったらしく、目の前の少女は驚きを
見せていた。
「もしかして、学校での吉行君の話、本当だったんですか……?」
「へ?あ、はい……」
訳が分からないので、とりあえず健太は頷いた。
「私の名前、覚えてないんですか?」
「……ごめんなさい。ほとんどの記憶がなくて」
「……二ノ宮夏美です……」
「二ノ宮……夏美……!!」
突如健太を襲う、謎の頭痛。
それは、記憶がよみがえってくる証だった。
「ど、どうしたんですか、健太君!?」
「う……ぐ……」
よみがえってくる記憶は、5月のとある日のことだ。
その日、健太はランニングをしていた。
この橋まで来た所で、前より何者かが逃げているような声が聞こえてきた。
タイミングを計り健太が出てくると、一人の少女が不良達に追われているところだったらしい。
健太は、その不良達を倒し、少女を救ったのだ。
その時の少女の名前が……二ノ宮夏美なのだ。
「二ノ宮、さん……」
「だ、大丈夫ですか?健太君」
心配そうに顔を覗きこんでくる夏美。
そんな少女を心配させないように、健太は言った。
「大丈夫……この痛みは、記憶が戻ってきてる証拠だから」
「そ、そうなのですか?ならいいんですけど……」
どうやら夏美は納得したらしい。
「ところで、学校は?」
まだ授業をしている時間だと聞いていた健太は、夏美にそのことを尋ねる。
すると。
「今日は先生方の都合で、帰りが早くなりました。だから、もう下校時間なんです」
「成る程……」
健太は納得した。
「あっ!私、これからピアノの習い事があるので、行きますね」
「うん……ごめんなさい。心配させてしまって」
「いえ、いいんです。心配出来る程、幸せなことはないんですから」
よく分からない言葉を残して、夏美は去って行った。
「……どういう意味だろう、それは」
健太は一人、呟いた。