その171 記憶喪失 6番目
翌日。
準備が完了した健太は、今日も病院の屋上へと向かった。
理由は、静香に今日退院することが決まったことを告げる為だ。
「あ、でもこんな朝早くじゃいないかな……?」
屋上のドアを開ける前に、健太はそのことが気になった。
だが、健太は扉を開けた。
(ガチャッ)
「……あ」
しかし、健太の予想を裏切り、静香はやはり、ベンチに座っていた。
座って、空を見上げていた。
どうやら、静香にとって、朝から屋上にいることは日課らしい。
「静香さん」
「……健太君?」
呼ばれて、静香は健太が自分の背後にいたことを知ったらしい。
それ以前に、この時間に健太が来たことに、驚いていた。
「僕、今日で退院することになったんだ」
「……記憶が戻ったのですか?」
「いや、それはまだ……医者が言うには、病院にいるより、学校とかにいた方がいいだろう
との判断だって」
「そうなんですか」
静香は、健太の話をきちんと聞いていた。
そして、返答をしていた。
「ところで、静香さんってどこの学校に通ってるの?」
「え?……里川高校って所に通ってますけど」
「里川高校……どこかで聞いたことのある名前が」
「……健太君の通ってる学校はどこだか知ってますか?」
静香がそう言う風に尋ねて来たのは、健太が記憶喪失なのを考慮してだろう。
『どこですか?』ではなく、『どこだか知ってますか?』という尋ね方になっているのは、
そういうことなのだろう。
「確か、昨日美奈さんから聞いたけど……相馬学園って所」
「相馬学園……そう言えば、4月に合同のオリエンテーション旅行をしましたね」
「合同の、オリエンテーション旅行?」
「はい……そう言えば健太君って、早乙女さんが話していた男の子と似ていますね」
「早乙女さん……?」
「うん。早乙女愛さんです……聞き覚え、ありますか?」
静香がそう尋ねてくる。
『里川高校との合同オリエンテーション旅行』、『早乙女愛』。
この二つのワードが、健太の頭の中で、何かの記憶と結びつく。
「……早乙女、愛……はっ!」
思い出した。
健太にとって、『早乙女愛』という人物は、幼馴染なのだ。
つまり、友達なのだ。
オリエンテーションの時の記憶だけではない。
自分が愛を助けた時の記憶もよみがえってくる。
それは随分前の記憶だが、確か健太は、不良から愛を助け出したことがあった。
「……まただ。また、記憶が、流れ込んできた」
「健太君?」
「だ、大丈夫……記憶が、戻ってきてるだけだから」
健太にとって、突然くるこの頭の痛みは、記憶が戻ってきている証拠。
何かのきっかけさえあれば、断片的にだが、記憶が戻ってきているのだ。
ただし、それでも断片的になので、細かい部分とかの記憶が戻るには、まだまだ時間がかかる
と思われる。
早くて一か月。
遅くて……数か月が妥当な線だろうか。
「そうですか……少しずつ、取り戻してるんですね」
「うん……静香さんも、早く退院できるといいね」
「……そうですね」
静香は、やはり笑顔で答えた。
「また、合同行事とかあると、面白いかもしれないね」
「そうですね、でも今度は何を合同でやるんですか?」
「う〜ん、社会科見学、とか?」
「社会科見学ですか……確か私の学校だと、そんな行事は……」
「あれ?そうなの?……って、よく考えてみれば、僕の学校でもやってるかどうか分からないや」
それも当然と言えば当然なので、健太は苦笑いを浮かべた。
「健太君。そろそろ時間なのでは……」
「あっ!そうだった。それじゃあ静香さん。また時間があったら、会いに来ても、いいかな?」
「……ええ」
それだけを告げると、健太は急いで病室へと戻る。
「……はぁ」
取り残された静香は、もう一度空を見上げる。
「……何やってるんでしょう、私は」
一言、消え入るような声で、呟いた。