その170 記憶喪失 5番目
「さて、それじゃあ荷物をまとめてと……」
健太は、まとめられる荷物をカバンに詰める。
着替え・小物等、病室にいた時にあったものだ。
だが、これらが自分の物だという感覚はなかった。
「……なんだか、別人の物を持って行くような感覚だな……」
現在、健太の記憶はない。
なので、自分の物を詰めているつもりが、何だかそんな気がしないのである。
「本当に、どうして記憶なんて失ったんだろう……失わなければ、こんなことにはなって
なかっただろうに」
今更ながら、健太は自分の不幸について嘆いていた。
だが、そんなことをしても無駄だと、同時に理解した。
「……これでよし、と」
とりあえず、健太はすべての荷物を片付け終えた。
同時に、暇になった。
さっきまでいた美咲は、家に帰らなければならない時間となった為に、今は病室にいない。
「これまで分かってることは、美咲との過去に、僕の名前……それだけ、か」
健太は、今の自分の置かれている状況を、もう一度整理する。
だが、あまりいい成果は見られなかった。
「うん、もっと……記憶を取り戻さなければ」
記憶がないのは、不便極まりない。
なので、健太はいち早く記憶を取り戻そうとしていた。
だが、それは同時に、『記憶を失っている時に得た記憶』を捨て去ることにもつながるかも
しれない。
もし、そんなことになったら、健太の頭の中から―――静香の存在は、消え去る。
「……」
健太は、少なからず静香のことが気になっていた。
だが、それは偽りの想いにしか過ぎなかった。
記憶を失う前の自分は、誰かに恋をしていたのかもしれない。
だから、記憶を失った自分は、誰かに恋をしてはいけないのだ。
ましてや、惚れられるわけにもいかないのだ。
「だって、それは相手を傷つけるだけだから……」
分かっていた。
頭の中では理解していた。
心の中でも、理解出来ていた。
……だから、『健太』は、この心の揺れの正体を、知らないふりをしていた。
「それにしても、僕の通っていた学校って、どんなところなんだろう?」
「ふふふ……気になる?」
「そりゃ勿論……って、え?」
突如、どこかから声が聞こえてくる。
その声は、先ほど健太の見舞いに来た人達の中にあった声だった。
つまり、健太の知り合いということだ。
「えっと……どこにいるの?」
「ここよ、ここ」
(バッ)
「なっ……!!」
何と、壁からぬっと体が出て来たではないか!!
……いや、正確には、壁と同じ色の布を、体にかぶせていただけであった。
「中川美奈。ただいま参上」
「美奈さん……帰ったんじゃなかったの?」
「いや、いつ気づくかなと、ちょっと実験を」
どうやら美奈は、先ほどまでずっとここにいたらしい。
健太は、美奈の登場の仕方等を思い浮かべて、こう呟いた。
「忍者かよ……!!」
「?どうしたの?」
突如、健太は頭を抱える。
つまり、また記憶が戻りそうなのだ。
「確か、前にこんな突っ込みを入れたことが……あっ!」
思い出した。
健太は、前にもこんな突っ込みを入れたことがあったのだ。
それは、4月に行われた、相馬学園最初の行事である、オリエンテーション旅行でのことだ。
あの日は、お風呂場での出来事だったが、美奈の登場の仕方に、そう突っ込みを入れていた。
その情景を思い出して、同時に自分が突っ込み役だったことも思い出した。
「そうだったんだ……ありがとう、美奈さん」
「え?ええ……」
あまりにも突然なことに、さすがの美奈でも動揺していた。