その169 記憶喪失 4番目
「ガン……ですか?」
「はい……とはいっても、もうすぐ退院出来るには出来るのですが。一応検査入院ということ
で、もう少し入院しているだけですけど」
「そうですか……早く退院できるといいですね」
「そうですね……でも、病院にいるというのも、案外いいのかもしれませんね」
「どうしてですか?」
健太は静香に尋ねる。
静香は言った。
「だって、あなたのような人に会えるんですもの」
「!!」
健太は、自分の顔が赤くなるのを感じていた。
静香は、もう一度空を見上げる。
つられて、健太も空を見上げる。
「……空、綺麗ですね」
「……本当ですね」
そう呟いた。
その時だった。
「お兄ちゃん!こんなところにいたんだ」
「え?」
そこにいたのは、健太の妹……らしき少女だった。
「健太君、この子は?」
「あー、えっと……」
「こんにちは。妹の美咲です……お兄ちゃん!お医者さんが呼んでるよ!早く病室に来て……
って、お兄ちゃん?」
「……」
健太は、『美咲』という単語に対して、何かを見つけ出そうとしていた。
目の前にいる少女の名前は……『美咲』。
そして、ここは……『病院の屋上』。
感じていた懐かしさは、瞬時に記憶へと変わっていく。
健太の頭の中に、その記憶が流れて来た。
「う……」
頭を抱えて、健太はその場にうずくまる。
「お、お兄ちゃん?」
「健太君……大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫……ちょっと、記憶が」
その部分の記憶が、健太の頭の中に入って来る。
思い浮かべる風景は、『美咲の自殺を止める自分』。
フェンスをよじ登ろうとする美咲を、健太が引き留めるシーンだった。
「……ねぇ、美咲。一つだけ聞いても、いいかな?」
「何?お兄ちゃん」
「前に……大分前の話だろうけど、自殺しようと思った時って、ある?しかも、病院の屋上で
」
不謹慎な質問だと、健太は思った。
しかし、その答えによっては、自分の記憶が正しいのか、間違っているのか。
それが分かる、重要な質問であった。
「……うん」
美咲は、肯定した。
つまり、健太の記憶の一部が蘇ったということになる。
「まさかお兄ちゃん……記憶が……」
「いいや、これだけだよ。その他は何も……」
「そっか……とにかく、お医者さんの所に行かなきゃね!」
(パシッ)
「あ、ちょっと……」
「早くしないと!お医者さんが待ってるよ!!」
「そ、それじゃあね、静香さん!」
「あ、はい……」
別れ際、静香は少し寂しい目をしたような気がしたが、今の健太には、そこまで気にする余裕などどこにもなかったのであった。
「退院、ですか?」
「そうだね。君の場合は、病院で治療を受けるよりも、学校とかに行って、いろんな人と
触れあっていくのが一番の治療法だと思うんだ」
「そうですか……それで、日時は?」
「明日か、明後日くらいにしようかと思ってる」
「……」
健太は、その言葉を聞いて、少し顔を曇らせる。
気になっているのは、もちろん静香のことだ。
「どうしたの?お兄ちゃん」
「え?あ、いや、なんでもないよ……それじゃあ、一応帰る準備とかしておいた方が……」
「そうだな。今日明日中には、準備を済まして置いてほしい」
「分かりました」
医者は、それだけを言うと、健太の病室から出た。
「よかったね、お兄ちゃん♪」
「そうだね」
笑顔でそう言った美咲に、健太もまた、同じくらいの笑顔でそう答えた。