その168 記憶喪失 3番目
「ふぅ〜何だか気持ちいいな」
病室にいた健太だが、やることもなく暇だったので、屋上に上って来ていた。
周りにはほとんど人はおらず、見た感じ健太一人らしかった。
「でも、なんだかここ、懐かしい感じがする……」
どうやら健太にとって、病院の屋上というのは、何か思い入れがあるらしい。
だが、今の健太に、その記憶を呼び起こすことは出来なかった。
代わりに、と言ってしまっては難なのだが。
「……ん?」
屋上に設置されている白いベンチに、誰かが座っているのが分かった。
入院患者の服を着ていることから、この病院に入院している人だということが理解出来た。
後ろからみた特徴としては、黒くて長い髪が、腰くらいまで届いているということのみだ。
「……」
何故か健太は、その人物のことが気になっていた。
その人物の顔を確かめたいと思ったが、そんなことは不謹慎だと思い、健太は部屋に戻ろうとする。
しかし。
「あの、ちょっと待ってください」
その人物に呼び止められた。
「はい?」
健太は、返事を返す。
すると、今まで前を向いていた少女は、健太の方に向き直る。
健太の心は、揺れた。
目の前にいたのは、美少女だった。
年は健太と同じくらいの、整った顔つきをしている少女だった。
瞳の色は黒くて、着物を着たらかなり似合うような、大和撫子だった。
「どうしてこの屋上に?」
その少女は、健太にそう尋ねて来た。
健太は正直に答える。
「いえ、部屋にいるのも窮屈でしたから……あなたは?」
「私は……屋上にいると、落ち着くから」
「落ち着く?」
「はい……こうしてここから青い空を見上げる。これって、何だか心が落ち着きませんか?」
少女は、一度空を見上げて、もう一度健太の方を向き直って言った。
言われた健太は、一度空を見上げる。
「……確かに」
言われたとおり、健太の心は若干落ち着いた気がした。
そんな健太の答えを聞いた少女は、二コッと笑った。
そんな仕草に、健太の心はますます揺れる。
「……私、青水静香って言います。あなたのお名前は?」
「僕は……木村健太。だけど、それ以外のことは何も思い出せなくて」
「記憶喪失、何ですか?」
「……そうみたいです」
困ったような笑顔を、静香に見せる健太。
静香は、健太に言った。
「……辛いですか?」
「……うん。僕の記憶がなくなってることを知らない人もいて、そんな人達に、自分を偽って
話すのが、辛くて……僕のことを友達だと思ってくれる人がいるのに、僕はその人達のこと
何も分からなくて……」
「……大丈夫ですよ。その記憶は、すぐに取り戻せますよ」
「そう、かな?」
「はい」
やはり笑顔で言葉を返す静香。
そんな静香に対して、健太はある一つの疑問をぶつけた。
「ところで、静香さんはどうしてこの病院に?」
「……」
一拍、静香は間を置く。
そんな反応を見て、
「ごめんなさい……こんな不謹慎なこと」
「いえ、いいんです。気になる人もいるでしょうから」
やがて静香は、答えた。
「私、実は……ガンなんです」
……あれ?
主人公、心動いてませんか?