その167 記憶喪失 2番目
その後、病室にいた人達は、みんな健太の部屋より去って行った。
健太一人が、ベッドに眠っているという状態となっていた。
「僕の名前は、木村健太……か」
健太は、自分の名前を呟く。
記憶喪失中である彼にとって、周りの人からの情報というのはかなり有力なものであった。
「あの人達の名前を聞くの、忘れた……」
あの人達とは、今日健太の見舞いにやって来た、吉行達のことである。
記憶喪失である彼は、彼らの名前ももちろん分からなかった。
「僕は一体、どうして記憶を失ったんだろう?」
記憶喪失した人間が一番怖いだろうと思われること。
それは、どうして自分が記憶を失うこととなってしまったかすら忘れてしまっている、という
ことに違いないだろう。
健太も例にもれず、そのあたりの記憶も失っていた。
「僕は……どんな人だったんだろう……」
小さくそう呟いた。
その時だった。
(バンッ!)
「ん?」
突然、激しい音と共に、扉が開かれる。
面会時間にはギリギリ間に合っているので、入る分には構わないのだが。
少し体を起こして、健太はその人物を迎え入れることにした。
「お兄ちゃん!」
「健太さん!」
入って来たのは、二人の少女だった。
言動から確かめるに、自分の妹と、その友達ということらしい。
「大丈夫だったの?どこか痛いところとかは?」
「観覧車から落ちたって聞きました。本当に大丈夫なんですか!?」
目の前にいる二人の少女は、健太のことを心配してくれている。
だからこそ、健太の心は、痛かった。
自分のことを心配してくれる少女達のことが、分からなかったからだ。
「ありがとう……僕は大丈夫だよ」
けど、だからこそそう言葉を返した。
すると、二人は安心したような顔になり、
「「よかった〜」」
と、声をそろえて言ったのだ。
また、健太の心がズキリと音を鳴らした。
「どうしたの?お兄ちゃん」
そんな様子の健太を見て、妹と思われる少女が健太に尋ねて来た。
「なんでもないよ……それより、もうそろそろ面会時間も過ぎるよ?早く家に帰らないと」
「……うん」
一瞬、妹の顔が曇った気がしたが、健太はそこまで気にしていられる余裕がなかった。
「それじゃあ、またね、お兄ちゃん」
「また明日きますね、健太さん」
「分かった。二人とも、気をつけてね」
(バタン)
その言葉と共に、二人は病室を出て行く。
健太は、それを確認すると、起していた体をベッドに預けた。
「ふぅ……こんな風に偽って話すのって、辛いんだなぁ」
誰に話しかけるわけでもなく、健太は一人、そう呟いた。
「ねぇ、杏子ちゃん」
「何?美咲ちゃん」
「……さっきのお兄ちゃんの様子、どこか変だったよね」
美咲と杏子は、健太の病室から出て、その話をしていた。
どうも、健太の様子がおかしいのである。
「なんだか、私達を赤の他人と思ってたような……」
「名前、呼ばなかったしね」
「もしかして……記憶、ないのかも」
「!!」
その言葉を聞いた時の美咲のショックは大きかった。
「……とにかく、誰かに聞いてみよう」
「そうだね……」
二人は、健太の様子を聞くために、どこかへ行った。