番外編その16 惚れたあの日 3番目
教室に戻ってきた大貴は、早速自らの元にやって来た吉行の相手をすることとなる。
が、何故か吉行は不気味な笑みを浮かべていた。
「……何だよ」
「おうおう何だよ大貴く〜ん」
「……キモイな」
「何その対応の迅速さは!!」
正直なところ、大貴は吉行の相手に疲れていた。
なので、率直にそんな言葉が出たのかもしれない。
「……ってそうじゃない!さっきのは何だい?大貴く〜ん?」
「さっきの?……ああ、お前に対する言葉のことか?あれは本当のことだ」
「キモい発言の方じゃねぇよ!!図書室でのことだよ!!」
半ば叫ぶような形で吉行がそう言う。
図書室というワードが出た瞬間、大貴の顔は明らかにこわばっていた。
「ほぉ……大貴でもあんな初な反応するとはねぇ〜」
「……お前、本当にやることないのな」
「まぁな」
「……ちっ。開き直ったか」
切り返しが効かなかったことに対して、大貴は苛立ちを感じた。
「ふっ。今の俺は、あいつのことを教えてもいいかな〜って思いを持ってるぜ?」
「あいつって……あの女子のことか?」
「そうだ……名前も知らないなんて悔しいだろ?惚れた女の名前知らないなんて」
「別に惚れていないし、名前も気にならない」
「あいつの名前は、二ノ宮夏美。相沢と同じ吹奏楽部の奴だ」
「聞かなくても言うのな」
勝手に話し始めた吉行に対して、大貴は若干呆れを感じる。
そんなことは気にせず、吉行は更に続けた。
「使用楽器等は、後ほど相沢にでも聞いてくれ……週一でピアノ教室に通っているらしい」
「どうしてお前がそんなこと知ってるんだよ……」
「1−Bの情報収集係をなめるなよ?ちなみに女子は中川らしい」
「あっそ……」
そんなことはどうでもいい、と言わんばかりの顔を吉行に見せる。
一方、心の中では、
「(ふ〜ん……二ノ宮って名前なのか……なんだろう、この気持ちは)」
そう呟き、大貴は先ほどの夏美とのやり取りを思い出す。
そして、気づく。
自らの心臓が、バクンバクンに響いていることに。
「(何で……こんなに、心臓が……)」
大貴にとって、この体験は初めてのものであった。
今まで、こんなに心臓が鳴ることなんて、なかった。
「どうした〜?大貴〜」
「……いや、なんでもない」
それでも、吉行の声で現実に戻ることは出来た。
「まだ授業始まるまで時間あるよな?それならちょっくらトイレに行ってくるか」
「また二ノ宮に会いにでも行くのか?」
「ぶっ殺すぞ、お前」
「失礼しました」
間なく交わされる会話を済ませると、大貴はトイレに行くために教室を出る。
「……くそっ。何なんだ、この気持ちは……」
一人、そう呟きながらトイレに向かう。
すると。
「「……あ」」
こんな時、こういった状況を何というのだろうか?
……恐らく、ベタな展開、と言うのだろう。
「お前……さっきの」
「あなたは……図書室で」
やって来たのは、夏美であった。
夏美はどうやら、図書室からの帰りらしく、手には先ほどの本が握られていた。
「あの……あなたのお名前は……」
「渡辺大貴だ。お前は、二ノ宮夏美、でいいんだよな?」
「え?何で私の名前を?」
「クラスの男子に教えてもらった……と言うより、聞いた」
「そうだったんですか……」
どうやらそれで納得したらしい。
夏美は、大貴に笑顔を見せてこう言った。
「さっきは本を譲ってくれて、ありがとうございます。この本、前から読みたかった本でした
ので……」
「うっ……そうだったのか」
若干その笑顔にやられた大貴だったが、なんとか耐える。
「それは……良かったな」
「はい!」
大貴がそう言うと、夏美は心からの笑顔を見せた。
その様子に、もう一度大貴の心が動く。
「……それじゃあな、二ノ宮」
「はい。それではまた今度ですね、渡辺君」
「……そうだな」
それだけを言うと、大貴はトイレの中へと入って行く。
そして、心の中で呟いた。
「(もう会えることもないのだろうか……いや、近いうちにまた会うことになるかもしれない
な。きっと、また話せるかもな……)」
この心の中での呟きは、近いうちに実現するのだが、それはまた別の話……。
この番外編は、これで幕を下ろすことにしよう。
番外編もこれで終わりです。
次回より本編が再開します