Love the way you look at me.
姉さんの替わりでもいい。
あなたのそばにいられるのなら。
私を見てくれなくてもいい。
あなたが幸せなら。
私は、嘘つきだ。
「ねえ、リト。好きよ」
リトは、女の子のようにまあるいキラキラした目をパチパチとしばたいてからにっこりと笑った。
「知ってるよ」
ひどい、男。
この人はきっと全部知っていて、私の隣にいる。
私の気持ちも、なにもかも。
知っていて、この手を離してはくれない。
でも、この人が知らないこともある。
ねえ、私ね、あなたのためなら、きっとなんだってできるのよ。
リトと出逢った頃の記憶はもうおぼろげで。
気付けばリトは、私のそばにいた。
幼馴染みという言葉では足りないぐらいに私たちはいつも一緒にいた。
リトのいない世界なんて想像できないぐらいに、リトは私の身体の一部で。
ずっと一緒にいたい、そう思っていた。
馬鹿みたいに、そんな未来を思い描いた。
けれど、だからこそ気付いてしまったの。
いつからか姉さんを見るリトの目に妙に熱が籠っていることに。
気付きたくなかったのに、気付いてしまったの。
眉目秀麗、才色兼備、なんでもできて、非の打ち所のない姉さん。
年の離れた、美しく優しい姉さんが、私は嫌いだった。
だって、私は姉さんのようにはなれないから。
みんなに愛されている姉さん。
リトに愛されている姉さん。
けれど姉さんは、来週結婚する。
リトのお兄さんと、結婚する。
「ご結婚おめでとうございます」
披露宴、美しい衣装を身に纏った姉さんはたくさんの人に囲まれて、祝福されて、笑っていた。
「綺麗だな……」
ぼんやりと呟かれたリトの言葉が、私の心をぎゅうぎゅうと締め付ける。
「ミローラもいつかああやって結婚、しちゃうのかな」
少し寂しそうにそう言って、リトは私を見つめた。
どうして、そんな顔をしてそんなことを言うんだろう。
どうして、リトとずっと一緒にいることができないんだろう。
「ねえ、リト。私は、姉さんとはそんなに違う?」
リトをまっすぐ見つめると、リトの瞳が揺れる。
私は、リトの隣にいられるのなら姉さんの代わりになったっていい。
髪の色と瞳の色は同じだし、声だって少しは似ている。
リトが望むのなら、いくらだって姉さんのように振る舞うのに。
「……ミローラは、ミローラだよ」
リトの優しくて残酷な声が、私をしっかりと拒絶する。
リトは、その言葉が私にとって、どれだけ切なくて、どれだけ悲しくて。
そして、どれだけ嬉しいのか、きっと知らない。
ちっとも、知らない。
「それにしても兄さん遅いな……ちょっと呼んでくるよ」
リトが会場を見回してから、苦笑した。
お義兄さんは、のんびり屋でリトとはあまり似ていない。
姉さんと私が似ていないのと同じように、お義兄さんとリトも似ていない。
リトも、お義兄さんになりたいと思うことがあるのだろうか。
姉さんに愛されるお義兄さんを、羨ましくてたまらなく思うことが、あるのだろうか。
「私がお義兄さん呼んでくるから、リトは姉さんをエスコートしてて」
リトの背中を軽く押して、リトがなにかを言う前にその場をあとにする。
しばらく歩いて振り向くと見えたのは、楽しそうに笑い合うリトと姉さん。
リトは今、どんな気持ちなんだろう。
笑顔の裏に、どんな気持ちを押し込めているんだろう。
願わくは、私が今押さえ込んでいる気持ちのようなものでなければいい。
リトの心の中にあるものが、こんなにも切なくて苦しい気持ちでなければいい。
ふと、会場を見渡して、二人に熱心に向けられているもうひとつの視線に気がついた。
会場の外から中を覗く男は、狂気に満ちた目でじっと二人を見ていた。
手に握られているのは、光を反射させている鈍色のなにか。
その刃先は、確実に姉さんたちを狙っていると理解して鳥肌が立った。
一瞬にして頭をよぎったのは、姉さんの笑顔とリトの泣き顔。
気付いたときには、私の身体は無意識に駆け出していた。
「なん、で……」
リトが呆然と呟いた。
なんで?
なんでだろう。
あなたが、好きだからなのかな。
姉さんが、好きだからなのかな。
もう、わからない。
拗らせた恋心は、絡んで絡んで、もうぐちゃぐちゃになってしまった。
純粋にあなたを好きだなんて、もう言えない。
ねえ、でも、やっぱり、好きだったよ。
「さようなら、リト」
私の持てる力のすべてを使って、私に刺さっている刃物の柄を握り締めた。
リトが泣きそうな顔で私を見る。
母親に捨てられた子どものような目で私を見る。
うそだ、と彼の唇が動く。
ああ、泣かないで。
泣かないで、リト。
本当はね、私、リトに愛されたかった。
姉さんじゃなくて私を愛してほしかった。
笑っちゃうでしょう?
ねえ、リト。
私、全部全部我慢するからさ。
だから。
だから、どうかあなたは、
遠くで、私を呼ぶリトの必死な声が聞こえて。
ああ、なんだ、私の幸せはずっとここにあったんだと、ぼんやり思った。