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5 死霊術とシュトーレン

「まさか君の方から来てくれると思わなかったよ!」


 てっきり伏せっているのかと思った相手はぴんぴんしていた。

 その嬉しそうな顔を見て、私は一気に脱力してしまった。


「もうっ……本当になんなのよ!!」



 あの謎の怪物に襲われた直後、ジークベルトは駆けつけた人たちによって医者の元へと運ばれていった。

 私は錯乱していてその時のことはあまり覚えていないが、気が付いたら妹に支えられて自分の屋敷に戻って来ていた。

 一体ジークベルトはどうなったのか。気が気じゃなくて翌日さっそく見舞いを申し込むと、あっさりと許諾されここヴァイセンベルク邸へと通されたのだ。

 ここに来るまではジークベルトに何かあったらどうしよう……と心が鉛のように重かったが、見たところ彼はどこにも異常はなさそうだ。心配して損した気分だ!


「…………説明してちょうだい」

「なにが?」

「昨日のことよ! あの……変な化け物みたいなのは何だったの」


 昨日私と同じく夜会に出ていたレーネにも聞いてみたが、ずっとダンスフロアにいた妹は「特におかしなことはなかった」と言っていた。

 一体、何故私たちのいた部屋があんなおかしなものに襲われたのか、私には皆目見当がつかない。

 じっと訴えかけるように見つめると、ジークベルトは大きくため息をついて豪華なソファへ座る私の隣へと腰掛けた。


「……ここ最近、この辺りで墓荒らしが頻発してるっていう話は知ってるかい?」

「えっ?」


 唐突に関係ない話を振られて、私は混乱した。

 墓荒らし? それが今何の関係があるのだろう……とも思ったが、確かにその話は聞き覚えがあった。


「え、えぇ、父様も不審がっていたわ。私たちの領地ではまだ被害はないようだけど……」


 数か月前から、ここユグランス北部で「墓荒らし」の被害が相次いでいるという話は私も知っていた。

 大規模に墓が荒らされ、死体や埋葬品が持ち去られるというぞっとするような話だった。

 これだけ何度も繰り返されているとなると組織的な犯行だろうと予測はされていたが、未だに犯人が捕まったという話は聞かない。

 社交の場では話しにくい話題でもあるので、私が知っているのはそのくらいだ。


「奇妙だと思わないかい? 埋葬品だけでなく、死体まで持ち去るなんて」


 ジークベルトは試すような笑みを浮かべて私を見ていた。

 思わずどきっとしてしまう。


「ユリエ、君だったらどう考える?」


 ジークベルトはじっと私を見ている。

 その見透かすような目に見つめられて、ついつい私は思ったまま口を開いてしまう。


「……異大陸では死体を薬に加工するなんて言う技術もあるらしいけど、おそらくは不可能でしょうね。それには丁重な保管と確かな技術が不可欠ですもの」

「なるほど。さすがはユリエ、博識だね」


 私の話に、ジークベルトは興味深そうな顔をした。

 それが、少し不思議な気分だった。

 隣国への留学中、私は様々な事を学んだ。でも、そのほとんどが社交の場ではあまり役に立たないことだった。煌びやかな世界に住まう人々は、そういった事にはほとんど興味を示さないのだ。

 あの時間は無駄だったのではないかと少し後悔し始めていたが、少なくともジークベルトは私の話を聞いてくれるようだ。


「もし、墓荒らしの犯人がその事を知らなかったとしたら?」

「実験台として盗み出している可能性は考えられなくもない……。でも、普通ここまで大胆な行動に出るかしら。それに少しかじれば、この地域で埋葬されている人が薬になんてなるはずがないことはすぐにわかるわ」


 自分で言っておいてなんだが、死体薬加工説はあまり的を射ている推理とは思えなかった。

 犯人がよほど狂った思考をしていない限り、わざわざこの地方で墓荒らしをしなくともよいだろう。


「他に考えられる線は?」


 ジークベルトはじっと私を見つめている。

 私は思考を巡らせて……ふととある考えが思い浮かんだ。


「…………死霊術」


 ぽつりとその言葉を出すと、ジークベルトの眉がぴくりと動いた。

 死霊術は、不死者アンデッドを操る危険な魔術だ。場所によっては禁忌の術とされており、私の留学していたフリジア王国では全面的に禁止され、話題にに出すこともはばかられるほどだった。

 禁を破った者は異端者として追われることになっており、私も「くれぐれもそういったモノには手を出すな」と何度も言われたことがある。


「死霊術の中には、死体を使った術があると聞いたことがあるわ。……まさか、私たちが見たのは…………」


 そこで、先日私たちに襲い掛かって来た化け物の姿を思い出した。

 真っ黒な体。胴体からいびつに生えた手足。……まるで、死体を繋ぎ合わせて作られた物のような。

 未知の化け物かと思っていたが、まさかあれは……


「……僕は、その可能性が高いと考えている」


 ジークベルトも私が何を考えたか分かったのだろう。くすりと喰えない笑みを浮かべた。


「ユグランスでは死霊術は全面的に禁止されているわけじゃない。でも、墓荒らしも襲撃も犯罪だ」

「死霊術士が私たちを襲ったってこと!? そんな、どうして……」

「さあね。そういうイレギュラーな道に踏み込む人は体制に逆らいたくなるんじゃないかな」


 ジークベルトはやれやれ、と面倒くさそうに首を振った。

 その余裕な姿からは、とても深刻な話をしているとは思えない。


「でもあの夜会の時、ダンスフロアは何もなかったと妹が言ってたわ。どうして私たちの部屋を……」

「あれだけの人がいて怖気づいたんじゃないかい。数人でいいから殺害して貴族連中を怯えさせたかったのかもね」


 殺害、という言葉に背筋がぞくりと震えた。

 ……そうだ。ジークベルトがいたから私は無事でいられたけど、きっと私一人だったらあの化け物に殺されていただろう。

 私が怯えたのに気付いたのか、ジークベルトは場違いに明るい声を出した。


「……さあ重い話はこのくらいにしようか! ユリエ、何かお菓子作ってよ」

「えっ? 何言って……」

「ほらほら、行こう!!」


 ジークベルトはぐいぐいと私の手を引っ張って厨房へと連れて行く。

 彼に文句を言っている間に、さっき感じた恐怖は不思議と薄れていった。



 ◇◇◇



 焼きあがった生地にたっぷりと粉砂糖をまぶしたシュトーレン。

 幼い頃から何度もレーネと一緒に作ったことがあるお菓子。

 できあがったシュトーレンを出してやると、ジークベルトは目を輝かせた。


「ユリエは料理が上手なんだね。すごいよ!」

「……あなたの家と違って使用人も少ないの。料理人が休暇を取った時は私たちが作らなければならないのよ」


 その料理人すらも、いつまで私たちの所にいてくれるかわからない。

 そのくらい、グレーデ家の状況は切迫していたのだ。


「へぇ、大変なんだね。うちから誰か派遣しようか」

「……いいえ、結構よ」


 これ以上ジークベルトに借りを作りたくないし、弱みも見せたくない。

 それに、料理くらいなら私でもなんとかなる。少しでも自分にできることはしなければ。

 ジークベルトは丁重な手つきでシュトーレンを口に運ぶと、何か思い出すかのようにじっと目を閉じていた。


「……そういえば、ヴォルフがこれ好きだったな。今度持ってってあげよう」

「ヴォルフ……?」


 聞きなれない名前だ。彼の友人だろうか。

 何となくそう思って口に出すと、ジークベルトは優しく笑って私に向かって頷いて見せた。


「ヴォルフはちょっと年の離れた弟なんだ。今は離れた所で暮らしてるんだけどね」

「えっ……?」


 ……そんな話は初めて聞いた。そもそも、ジークベルトの弟と言えば彼より少し年少のマティアス様だけだったはずだ。

 大貴族の年頃の兄弟という事で、彼らの話は社交界でも頻繁に耳にすることがある。

 だがそのヴォルフという人物の名は、まったく聞いたことが無かった。

 ジークベルトはそっとフォークを置くと、困惑する私をからかうように笑う。


「……ヴォルフは父の愛人の子なんだ。その存在は公になってない」

「え、えぇ……!?」


 もしかして私は、とんでもない事実を知ってしまったんじゃ……!?


「ははっ、ヴァイセンベルク家の秘密に一歩近づいたね、ユリエ!」

「わっ、私は何も聞いてないわ……!!」


 慌てて否定したが、ジークベルトはおかしそうに笑うだけだった。

 その後も彼は、気まずい思いを抱える私に対してその弟のことをいくつか話してくれた。

 その時の彼は、見た事も無いような優しい表情をしていた。

 悪魔のようなこの男もそんな優しい顔ができるのか、と私は少し驚いたものだ。


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