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13 狂気の支配者

「エミリア……」


 エミリア・ギーゼンは感情の読めない瞳で私を見下ろしていた。

 ……どうして、彼女がここに。


「ご協力感謝いたしますわ、ギュンター様」


 彼女は私の背後を見てにっこりと微笑んだ。

 振り返ると、そこには真っ青な顔をしたギュンターが立っていたのだ。


「や、約束は果たしたぞ!! 早く皆を……」

「ええ、ご安心ください。もうあなたに用はありませんから」


 エミリアが冷たく笑う。

 ギュンターはちらりと私に視線をやると、小さく呟いた。


「……エミリアに逆らわない方がいい」


 その一言で、察せざるを得なかった。


「あなたは……私を、騙したんですね」

「仕方なかったんだ! こうしなければメーレル家の者が死んでいた!!」


 ギュンターはそれっきり俯いて何も言わなかった。

 仕方なく、私もエミリアに視線を戻す。


「レーネに、屋敷の皆は……」

「少し眠っていただいただけですわ。騒がれるとやっかいですもの」


 確かに、腕の中のレーネはぐったりと力を抜いているが、その体は暖かく、わずかに胸が上下している。

 ……大丈夫、生きている。


「……貴女の目的は私、そうよね?」

「えぇ。貴女がおとなしく私と来て頂ければ、この屋敷の者に手出ししないと約束しましょう」


 エミリアは嘲るような笑みを浮かべていた。

 いつのまにか、あちこちから嫌な気配が漂ってくる。……逃げられない。

 ……駄目だ、ここは彼女に従うしかないだろう。


「屋敷の者は、いつ目覚めるの」

「あなたがおとなしくしていれば数時間ほどで。もし抵抗すれば……わかりますよね?」


 エミリアはそう言うと、おかしそうに笑い出した。

 ……狂ってる。ジークベルトの言った通り、彼女は邪教に染まり、おかしくなってしまったんだろう!

 そっと腕に抱いたレーネを床に横たえる。そして、私は震える足を叱咤して立ち上がった。


「貴女に従うわ。だから……屋敷の皆には手を出さないで」

「えぇ、約束しましょう」


 エミリアはにっこりと笑った。

 いつのまにか彼女の背後に、黒いローブを纏った人間が何人か控えている。

 彼らが何事か呟くと、私の周囲を黒い霧が包み込んだ。


「っ……!」


 エミリアの高笑いを聞きながら、私の意識は闇に飲まれていった。



 ◇◇◇



 随分と体が重い。なんとか倦怠感を振り払い、目を開け、私はやっと今の状況を思い出した。

 そうだ。いきなりエミリアが現れて……!


「ふふ、お目覚めかしら」

「っ!」


 眠る前と同じく、エミリアは私の目の前にいた。

 妖しげな、黒いローブを身に纏って。


 私は素早く周囲に視線を走らせた。

 豪華な作りの、見知らぬ部屋だ。どこかの屋敷のようだが、あいにく私には見覚えのない場所だった。

 どうやら私は椅子に座らされている……というか縛り付けられているようだ。

 私とエミリア以外にも部屋の隅に黒ローブの人物が控えており、ざわざわと嫌な空気が漂っていた。

 緊張で汗がにじむ。……駄目だ。何とか頭を働かせなくては……!


「……単刀直入に聞くわ。私をどうするつもり?」

「別に、あなた自身に興味はありませんわ。ただあなたがここにいるとわかれば来ざるを得ないでしょう」


 そこまで言うと、エミリアは部屋の入口を振り返る。


「ねぇ、ジークベルト様!!」


 その声に応えるように、ぎぃ、と重い音を立てて部屋の扉が開いた。

 その向こうに立っていたのは、紛れもなくジークベルトだったのだ。


「なっ……!」

「お招きありがとう、エミリア。随分な歓迎だね」


 ジークベルトはちらりと椅子に縛り付けられた私に視線をやると、エミリアに向かって優しげな笑みを浮かべた。

 ……いや、目が笑っていない。

 あの完璧を装う彼には珍しく、怒気という物が隠し通せていなかった。


「ひとまず言っておきましょう。もし、あなたが少しでも勝手な行動をとれば……」


 エミリアがそう口にした途端、部屋の隅に控えていた黒ローブが滑るように私の横へとやって来た。

 そして、私の首筋に鋭い刃物を突きつけたのだ。


「ひっ」

「彼女がどうなるかは、おわかりですよね?」


 首に当たる冷たい刃先の感覚に、背筋を冷や汗が伝い落ちる。

 エミリアの言葉に、ジークベルトは大きくため息をついた。


「はぁ、降参だよエミリア。まさか僕の裏をかくとは」

「ふふ、あなたに拒絶されてから色々と考えましたの。……こちらへ来てください、ジークベルト様」


 ジークベルトが部屋の中へと足を踏み入れる。

 彼がエミリアの目の前に立つと、エミリアは恍惚とした笑みを浮かべた。


「あぁ、どんなにこの日を待ち望んだことか……!」


 エミリアが感極まったようにジークベルトに抱き着く。

 そして、彼女は甘えたような顔でジークベルトへと顔を寄せた。


 ……見たくない、が目を逸らすことはできなかった。


「ん、はぁ……」


 二人がまるで恋人同士のような口付けを交わしている。

 ただそれだけなのに、胸が引き裂かれるように痛い。

 最初に二人の口付けを見た時はなんとも思わなかったのに、変わってしまったのかもしれない。私は。


「相変わらず情熱的だね」

「あなたのせいですわ、ジークベルト様」


 二人は至近距離で見つめあっている。

 ……嫌だ、そんなのは見たくない。


「エミリア、満足したのなら彼女を解放してくれるかな」

「……いいえ、ユリエ・グレーデには見届けてもらわねばなりません」


 そう言うと、エミリアが懐から銀色に光るナイフを取り出す。

 そして、そのままジークベルトの頬へと滑らせた。


「っ、やめて!!」


 慌てて立ち上がろうとすると、私の首筋にも少し刃先が当たる。

 ぴりりとした痛みに、思わず体が固まる。


「ユリエ、大人しくしてろ」


 ジークベルトは私の方を振り向きもしないでぴしゃりとそう言った。

 その美しい頬からは、赤い血が滴り落ちている。

 それでも、彼は顔色一つ変えなかった。


「あぁ素敵……やはりあなたは流れる血まで美しいんですね……!」


 恍惚とした表情でエミリアがそう呟く。そして彼女は、ジークベルトの頬へと舌を這わせた。


「ふふ、美味しい」


 エミリアがぺろりと舌なめずりする。

 その現実離れした光景に、私はいよいよ気が遠くなりそうだった。


「さて、そろそろ儀式の方を始めましょうか」


 エミリアが軽く手を上げて合図すると、周りの黒ローブたちが一斉に何か呟きだした。

 すると、室内の空気が一気に重くなる。

 宵闇が暗さを増したかと思うと、するするとそこから影が現れる。


「あぁ……!」


 あれは、以前ジークベルトと共に訪れた屋敷で、それにレーネ達と共に森で襲ってきた化け物だ……!

 いつの間にか、広い部屋の中に何体もの化け物がひしめいたいたのだ。


「ジークベルト様、私と永遠を誓いましょう」

「それは、どういうことかな」

「あなたは、永遠に私のお人形になるの、この子たちと同じようにね」


 エミリアが愛しげに傍らの異形の不死者アンデッドを撫でた。

 ……理解できない。吐き気がする。

 どうして、彼女はこうなってしまったのだろう。


「大丈夫、何も怖くありませんわ。痛いのは一瞬です。すぐに、愉しくなりますから……」


 じりじりと、部屋の中の化け物がジークベルトを包囲するように距離を詰めて行く。

 ……彼女は、ジークベルトを殺してその死体を使役するつもりなのだ。

 死霊術を使って、彼女はジークベルトの「形」だけをモノにしようとしているんだ……!


「……エミリア、君はそれで満足か?」

「ええ、あなたと永遠に一緒に居られるんだもの!!」


 ジークベルトの問いかけに、エミリアは嬉しくてたまらないとでも言うように高笑いを上げた。


「そんなのおかしいじゃない!!」


 思わず、私は叫んでいた。エミリアが不快そうに私を振り返る。

 首筋にわずかな痛みが走る。それでも私は叫び続けた。


「死霊術なんて使っても、ジークベルトの心は死ぬのよ! そんな抜け殻を手にしたところで貴女に何が残るのよ!!」

「……心なんて、移ろいやすいものはいらないわ」


 エミリアは、私に向かって空虚な笑みを浮かべた。


「私はそんなものはいらない。私の望むジークベルト様がそこにいればいいの。私の望む言葉を囁いて、私の望むとおりに愛してくれる彼がいればね……」


 ……私は、エミリアのことをよく知らない。

 彼女が死霊術に手を染めたので、ジークベルトはエミリアに近づいたと言っていた。

 それは間違ってはいないのだろう。

 でも……エミリアは、ジークベルトが接触を図る前から彼に恋焦がれていたのではないか、私にはそう思えてならなかった。



 ……彼女を狂わせたのは、ジークベルトへの叶わぬ恋心だったのかもしれない。



「さあジークベルト様、私と永遠に一つになりましょう!!」


 エミリアがそう叫んだ途端、周囲の化け物が一斉にジークベルトに飛び掛かった。



「やめてええぇぇぇ!!」



 私は必死に叫んで暴れようとした。たが、傍らの黒ローブに体を押さえつけられてしまう。

 ジークベルトがいた場所に何体もの化け物が群がっている。

 ……まるで、何かを貪り食うかのように。


「あ、ああぁぁぁぁ……」


 嫌だ、信じたくない。だって、ジークベルトはいつも余裕そうな笑みを浮かべて、なんでも完璧にこなしてしまうような気障な男なのだ。

 こんな所で、死ぬわけが……


「さぁ、次は貴女の番ね」


 エミリアが私の方を振り返る。

 絶体絶命の状況だというのに、私はジークベルトがいたはずの場所から目を離すことができなかった。


「貴女も、私のペットに加えてあげてもいいわ。どうつなぎ直せば美しくなるかしら……」


 エミリアが一歩一歩近づいてくる。それでも、私の心は恐怖よりも悲しみで染まっていた。


「あら、何を泣いているの?」


 エミリアが不思議そうな顔をして私を見下ろしている。

 頬を冷たい雫が伝う。滲む視界で、私はエミリアを強く睨み付けた。


「……忘れないで。あなたは自分のせいで、ジークベルトを永遠に失ったのよ」

「…………本当に、最後まで不愉快な女」


 エミリアが侮蔑したように呟く。

 もう、私の声は彼女には届かない。


「さあ、彼女も私たちの仲間にしてあげましょう!」


 エミリアが嬉しそうにそう呼びかけると、何体かの化け物が私の方へと近づいてきた。

 せめて最後まで弱みは見せるものかと、私はなんとか気力を振り絞ってきつくエミリアを睨み付ける。


「さようなら、愚かなユリエ・グレーデ!!」


 エミリアがそう叫んだ途端、化け物が飛び掛かって来た。



 ……私ではなく、私を抑えていた黒ローブの方に。



「くっ……!」


 黒ローブが私の横から飛びのく。

 私は、ただ事態について行けずに呆然とするしかなかった。


「な、なにが……!」


 エミリアが慌てたように化け物へと呼びかけている。だが、化け物はエミリアの指示には従わず黒ローブだけを狙い続けていた。

 そんな中、ひやりとした声が降ってきた。



「そうやすやすと自分の手の内を見せるべきじゃなかったね、エミリア」



 信じられない思いで、私は声の方へと視線を向ける。

 そこには、先ほどエミリアに頬を切られた以外は傷一つないジークベルトが立っていたのだ。

 まるで、群がる化け物を従えるようにして。


「嘘……なんで!」


 狼狽するエミリアの言葉に応えるように、ジークベルトがぺろりと舌を出した。

 その舌には、奇妙な魔法陣のようなものが刻まれていたのだ。


「なっ!」


 エミリアが慌てたように自らの口を覆う。そして、何かに気づいたかのようにきつくジークベルトを睨み付けた。


「まさか、私の術式を盗んで……!」

「とても情熱的な口付けだったよ。まさか、君があそこまで愚かだとは思わなかった」


 ジークベルトは嘲るような笑みを浮かべてエミリアを見ている。

 その瞳は、はっきりと侮蔑の色を宿していた。


「構築が甘すぎる。こんなの支配権を奪ってくださいと言ってるようなものだろう。被造不死者にしてもセンスがなさすぎる。子供の工作レベルだ」

「ま、まさか……」


 エミリアが震えながら一歩後ずさった。

 その顔は、先ほどとは違い青白くひきつっている。


「あなたも、死霊術士……」


 エミリアの言葉に、ジークベルトはいつものように気障ったらしく髪をかき上げた。



「死霊術で僕に挑もうなんて千年早かったな、エミリア・ギーゼン」



 そこにいたのは、紛れもなく「支配者」の顔をしたジークベルトだった。

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