箱を飼う少年(箱物語1)
夏休み、家庭教師のバイトを始めた。
相手は小学五年生の男の子で、なにやら事情があるらしく、しばらく学校に通っていないそうだ。
父親は海外で仕事をしているらしい。
お屋敷ともいえる立派な家には、少年と病気がちな母親、それに通いの家政婦がいた。
勉強は少年の部屋でやる。
教えるのは楽だった。
少年の性格は素直でおとなしい。
それに待遇もすこぶるいい。勉強のあいまには、家政婦がコーヒーやケーキを運んできた。
そして部屋には……。
昆虫やカエルなどの入った虫カゴや水槽が、ところせましと置かれてあった。生き物を飼うことで、少年は学校に行けない心の傷をいやしているのだろう。
はじめて会った日。
「ねえ、見て。すごいでしょ」
少年はじまんげに言った。
腕を引かれ、それぞれの容器をのぞく。
トンボやカブトムシなどの昆虫以外にも、亀やトカゲといった爬虫類もいた。
正確には数えなかったが、そうした生き物を入れた容器が二十はあっただろう。
一週間も過ぎたころ。
私はひとつの奇妙な箱に気がついた。
その箱だけが黒いシートでおおわれており、容器の中になにが飼われているのか見えなかった。
なにより日ごとに大きくなっている。
はじめて見たときは十センチほどの高さだったはずだが、それが今は五十センチほどもある。
私は気になって聞いてみた。
「これにはなにがいるの?」
「名前、ボクも知らないの。お父さんが仕事先で買ってきてくれたものなんだ」
父親は長いこと日本を離れ、東南アジアあたりで会社をやっているという。
「じゃあ、外国の生物なんだ」
「そうなの。それでね、日光にあたったら死んじゃうんだって」
「それで黒いシートを……。でもこの箱、前はもっと小さくなかったかい?」
「エサ、いっぱい食べるんだ。だから、すぐに大きくなってね」
――それでか……。
生物が成長するのに合わせ、少年は容器を大きなものに取り替えていたのだ。
少年は採集することも好きだった。
勉強のあいまには、少年にさそわれて昆虫採集につき合った。
このことに母親はいっさい口を出さなかった。少年に遊び相手ができたと、むしろよろこんでくれているようだった。
週に三度ほど。
少年と近くの森や川に虫捕りに出かけた。
私も子供にかえった気分になる。
採集した昆虫やカエルなどは、それぞれ専用の容器に移されており、少年はこまめに世話をしているようだった。
ある日。
黒い箱が消えていることに気がついた。
最後に見たときはずいぶん大きくなっていたはずだ。
「あの黒い箱はどうしたの?」
それとなく聞いてみた。
「大きくなり過ぎたんで地下室に移したんだ。シートをかぶせるの、苦労するから」
「そんなにでかくなったの?」
「うん。毎日、エサやりがたいへんなんだ」
たいへんだと言いながら、それでも少年の目は輝いていた。
「なにを食べるの?」
「なんでも食べるよ。でも生きてなきゃあ、すぐに吐き出すんだ」
少年がまわりの容器を見て言う。
「じゃあ……」
この部屋で飼われている生物はソイツのエサになっていたというのか。外で採集していたのはエサの確保のためだったのだ。
「アイツ、いっぱい食べるんだ。ここにいるのだけじゃ、そのうちたりなくなりそう」
――大きな爬虫類なのだろうか。
私は大型のトカゲを想像しながら聞いた。
「どんなヤツ?」
「灰色で……見る? 地下室だから、シートはいつでもとれるの」
少年がさそうように言う。
たしかに見た方が早いというものだ。
「そうだな」
「じゃあ、ついでにエサもやろうかな」
少年は部屋を出るとき、カエルの入った水槽を小脇にかかえた。
――これほどまでとは……。
私の想像をはるかに超えていた。
高さも横幅も、最後に見たときの倍以上ある。生き物の成長に合わせ、毎度それに見合う入れ物を調達してきたのだろう。
「ここからエサをやるんだ」
少年が指さした側面上部に十センチほどの丸い穴がある。
「エサをやるんで見ててね」
少年はカエルを一匹つかむと、穴の口から上手にほうりこんだ。
一瞬、穴が閉じるように動く。
「いま、穴が閉まらなかった?」
私はおもわず少年の顔を見た。
「うん、ああやって食べるんだ」
「だけどな、動いたのは箱の穴だよ」
「そうだよ。コイツが食べてるんだ」
少年がいとおしそうに箱をなでる。
するとなんとしたことか、ソイツは体をくねらせるように動き始めたではないか。
ソイツがボロボロの布切れを吐き出す。
その布の模様に見覚えがあった。
家政婦が着ていた服だ。
そういえば……。
今日は家政婦を見ていない。さらに母親は、一週間ほど前から姿を見ない。
「コイツ、おなかをすかせてるんだ」
少年が私を見てニコリと笑った。