艦長日誌1のおはなし
「学年でもトップレベルの美人とか可愛い女性ばかりと、突然一つ屋根の下・・・っていうか宇宙船の下?にいるような状況になってしまって・・・」
いかにもアメリカの精神カウンセラーが居そうな落ち着いた部屋で、一人の地球人男性10代後半無職童貞は背もたれのあるソファにゆったりとした姿勢で座っていた。
背もたれが非常にゆったりとした角度であったため、座っているよりは寝ているという方が正しい。
男はたいした特徴も無い一般的な地球日本型の顔体(よりやや低レベル)であったが、まぁあまり地球日本型女性にはモテないだろうなぁということは察せられた。
「なるほど、それでその・・・ラノベとかいう架空のお話が書かれた文章の集合体の主人公みたいになったと思ってしまったわけですね~。分かりますよ。分かります。」
静かな声で、非常に胡散臭い優しい口調で返答する生命体は、一見地球人的であり
服装も青みがかったスーツをしっかり着こなし、地球人男性にもそうだと思わせることは出来ていたが、厳密には3つの点に置いて地球人ではまったくなかった。
惑星間ハイパースピード通行許可証ブルーカードを所有し、手足の指が4つしかなく、地球からはるかに離れたダイオウイカ星系のルエゴという小惑星で生まれ、障害者を差別していたからだ。
彼は続けた
「突然宇宙に飛び出してしまって、不安になられる方は大勢いらっします。しかし!我々のラットマウス教に入りさえすれば大丈夫です!必要なのは貴方の脳の10パーセントと1隻の船だけ!それで貴方の魂は永遠に救われるのです!」
ルエゴ星出身の男は、突然テンションを上げて、会話の本題を切り出した。
「我々の神、ねずみ様に全てを捧げ、精神の安寧を成就しましょう!」
「ちょ、ちょっと待ってください、これって宗教の勧誘だったんですか!?」
マヌケな顔で驚く地球の男。
「宗教と申しましてもそんな堅苦しいものじゃないんですよ~ホントよ~」
どこからかもう一人ルエゴ星系の女がやってきた。
「すみません、そんなことだとは分からなくて本当に今日は色々勉強させて頂いて・・・それじゃっ」
勢い良くソファから飛び起き、目の前のスライド隔壁ドアがロックされていないことを祈りながら走る。
ルエゴ星人達は追いかける素振りも無く、なんだか落ち込んでいるから、別にそこまで走らなくても良かったはずなんだけども、男は全力で走る。
「ガンッ!!」
良い知らせと悪い知らせが1つづつある。良い知らせは、この物語の主人公はドアにぶつかってしまうほど間抜けではないということだ。悪い知らせは、もしかしたらドアの向こう側から自分を助けに来た人が同じくダッシュでこちらに向かってくるんじゃないかと予想できるほど賢くはないということだ。
「痛-っ!何やってんのよこのバ艦長!ゴミ!食糧!」
いつもより罵倒語が1つ増えている声の主は、勝気な口調と裏腹に背の低い小柄な少女だった。
髪色は校則でギリギリ許可される程度の金髪で、長さも校則でギリギリ許可される程度の長さ
爪は先生方がまぁこれぐらいなら良いよといいそうなレベルの可愛い黒猫のネイルが施され
制服の着崩し方もギャルとまでは言えない程度であることから、案外小心者なのかもしれない。
華奢な体は衝撃に耐えられず、ぺたんと床に倒れこんでしまって、後から入ってきた2人の女性から介抱を受けていた。
「痛いのはこっちも同じだ!」
男もしりもちをつきながら反論する。
厳密には痛みは同様とは言えなかった。物理的衝撃は双方に生じたが、男はその際に小ぶりながら二つの柔らかい脂肪による感触を腹部にて得、その精神的癒しが痛みを感じるべき脳をピンク色に汚染していたため
である。
しかし、自分を救いにきたはずの女性の誰もが自分の方に介抱しに来てくれたり、大丈夫ですかの優しい言葉すら掛けてくれない現状に精神ダメージは倍加した。
「あちゃ~痛そうですね~大丈夫ですかぁ?」
ルエゴ星人の女すらも、声を掛けるのは洋孝の方ではなかった。
先ほどはよく見ることが出来なかったが、非常に美人で整った顔つきをしていることに驚く。もちろん艦長は一目惚れし、この優しそうでのほほんとした口調で、おねーさん的で、甘えられそうで、地球でも絶滅危惧種なタイプの異星人を、どうすれば自分の船にお持ち帰りできるかという議論が脳内を駆け巡った。
「あんた達、こいつをどうするつもりだったの!?もう何かしたの?」
完全に艦長を無視して、小柄な少女がルエゴ星人に喧嘩腰で話を切り出す
「いやぁ~なんかすごく珍しい船だったからさぁ、もしかしたらいけるかなぁ~って。そしたら地球人さんが乗ってらして。これは大もうけできるべって思ったんですがねぇ。やっぱりダメだったねぇてへぺろ!」
ルエゴ星人の男はやけに呑気に答えた。
「へ?」
きっと戦いになると思ってやってきたのに、拍子抜けしてしまった。
「あ、御存知ないですか?今流行ってるんですよぉ宗教の営業。これ成功報酬がでかくてねぇ、地球人さんの脳味噌なら超高額になったんですけどねぇ。私ももういい年だし娘も大きくなってきたし、お金稼がないといけないんですけどねぇ。でもやっぱりダメですよねぇ。私もこれ無理じゃないかなぁって思ってたんですよ。」
「だからもっと地に足つけて清掃業から始めようっていったでしょ~今回も地球人向けの室内ホログラムとか日本語データのダウンロード料金だけで大赤字だよ~あ、その地球人さんには何もしてないですよ~ちょっとカウンセリング形式でお話しただけで~」
どうやらこのルエゴ星人は親子だったようである。そして双方ともニートみたいに仕事に対して熱心でなかったことが、地球人たちには幸いした。
「は、はぁそうだったんですね。なんだか却って申し訳なくなっちゃった。うちのバ艦長でよかったら、ちょっとぐらい使ってもいいですよ?」
小柄少女の鋭利なジョーク。ジョークだと思う。
「ちょっと待てよ!冗談きついよ!」
バ艦長はわめく。
「いやぁ、もういいんですよ。どうやら我々にはこの仕事向いて無いみたいですし。この脳味噌吸い取り機とかも貰ったはいいけど、グロテスクなんですよねぇほんと。説明書にはクロミリディアン星人の例とか載ってるんですけどねぇこれ緑色の血液してるんですよ?怖い怖い。どっちにしてもこんな気持ち悪いこと出来ませんよ。それよりこんなに地球人がいらっしゃるなんて珍しい。せっかくだからお話を聞かせて下さいよ」
これまで部屋一体を覆っていたホログラムは停止され、無機質な白い室内と窓には漠とした宇宙空間が現れた。
それは、地球人たちが一時忘れることの出来ていた厳しい現実を思い出させるのに十分だった。
長円の机と丸椅子が地面からゆっくりとせり上がり、ルエゴ星人と地球人は向かい合って腰を落ち着けた。