二人きりの街歩き
貴族街の居住区を抜けると貴族御用達の店が並ぶ商業区に出た。彼があまりに楽しそうに私の涙を食べるから、恥ずかしくてあっという間に涙は引っ込んだ。
「値段が、怖い…」
王都の貴族街、恐るべし!
高い!高級!煌びやか!
こんなの買うくらいなら、領民のみんなにもっと良い物食べさせてあげられるよ。
「欲しい?」
「い、いらない!こんなの怖くて付けられないよ!」
聞かれて、私はぶんぶん首を横に振る。
彼が示したのは鉱山の国グラインの宝石で作った宝飾品。バークリンの北にある国で、宝石が有名なの。確かにキラキラ綺麗だけど、これは見るだけで良い。手に入れる物ではない。
「グラインは宝石が有名だけどさ、毒の石があるんだよ。一度成分を調べてみたいんだけど、断られてるんだよね。」
赤い綺麗な石で、宝飾品として身に付けているだけで石が発する毒素が体に蓄積されて、死に至る石なんだって。そんなの、宝石に向けるよりもキラキラした顔で語らないで欲しい。………笑顔、可愛いけど。
「イライアス様は薬草だけじゃなくて、毒も詳しい?」
「薬を知るなら毒も知らないとね。」
「石もそう?その石も、使い方によっては薬になる?」
「可能性はある。だから一度調べてみたいんだ。だけど調べるのは危険だって。グラインから運ぶのも難しいし、私があちらに行く訳にも行かない。」
グラインの王妃様が調べてくれれば良いけど、彼女は医学の知識は無いんだって。グラインの医者達も興味を持ってるけど、グラインの王様が、民に危険な事をさせたくないって渋ってるらしい。
「だからね、グラインの医者達とやり取りをしてゴーセル王を説得しているんだ。だけどあの人、中々頑固でさ……ごめん、つまらないよね。」
キラキラ楽しそうに話していたイライアス様が、突然ばつの悪そうな顔で謝って来た。
「楽しいよ?」
貴方の事を知れるのは、楽しい。興味を向ける対象がなんなのか、教えてもらえるのはとても嬉しい。
「毒の話しだよ?」
「でもそれは、人の為になる事だよね?」
「………うん。廃棄された石がたくさんあるんだ。多分まだ土の中に眠ってる物もあると思う。それが薬になるのであれば、今まで助からなかった命が、助かるかもしれない。」
この人はやっぱり、あのライオネル陛下のすぐ側で働く事を許された宰相閣下。人の為に自分を犠牲にして頑張っていて、だけどその過程で為した事を自分で許せなくて、歪んでいると思ってる。
あの革命が無ければ、民は辛く苦しいままだった。
「イライアス様の毒は、優しい毒。」
「何、それ?」
「弱い人達を助ける為の毒。…後悔は、していないんでしょう?」
「……してないよ、必要だったから。…誰かに、何か聞いた?」
不安気に揺れた緑の瞳、見つめ返して、私は首を横に振る。
「なんとなく、そうかなって。」
薬にも、毒にも詳しいイライアス様。革命の途中で悪い貴族達が死んだのは、この人の毒が原因の物もあったのかもしれない。薬を作れるこの人は、毒だって作れてしまうだろうから。そして多分、ご両親も…。
「シルヴィア様が無理矢理勧めた訳だ。…ねぇカトリオーナ。君に、毒石ではない宝石を贈りたいな。」
「高価な物はいらないよ。ここで売ってる物は私には勿体無い。」
「欲が無いなぁ。」
困ったように微笑んだイライアス様に抱き寄せられた。そのまま額に口付けられて、彼はまた、甘く蕩けるように笑う。
「宝石よりも、貴方の笑顔が良い。イライアス様の瞳は、どんな宝石よりも綺麗。」
泣きそうに彼が笑うから、私は背伸びをして彼の唇に自分のそれをそっと押し付けた。
出会ったばかりの私は、イライアス様が抱える悲しみを共に背負うなんて出来ないかもしれない。だけど、空いた心の隙間を、埋めてあげる事は出来ると思う。……なんて、図々しいかな?
「知ってる?革命の前と後では、みんなの笑顔が違うの。明るくなった。飢えなくなった。外で眠らなくて良くなった。理不尽に、家族を奪われなくて良くなった。貴方達が為した事を、みんな感謝しているよ。だから、見に行こう。」
「……何処に?」
「あまり街に出られないんでしょう?変化が、貴族街よりもわかり易い場所。」
手を引いたら、ついて来てくれる。
何かを考えるような顔をして、彼は口を開いた。
「昔は、ライオネル達と出歩いた。あいつはよく、実際にそこに行かなければ、見なければ、問題は見えて来ないって言っていたんだ。」
「なら、その歩いた場所に連れて行って。私、王都初めてだから道がわからない。」
「引っ張って行くからわかってるんだと思った。……こっちだよ。」
呆れた顔で笑って、彼は私の手を引いて歩いて行く。
向かうのは庶民の生活の場。昔は貧民街もあったって聞いたけど、ここも整備されたみたい。
「来て良かったな。」
呟いたイライアス様は、目を細めてほっとした顔をしてる。
「メラーズの領地もね、四年で大分変わった。国を変えてくれて、みんなを助けてくれて、ありがとう、イライアス様。」
「うん。……やっぱり、後悔なんてしないな。」
やり方が正しかったのかどうかなんて、私にはわからない。でも結果は、良かったと思うんだ。確実に、みんな、幸せになってる。
「私も、これからはたまに抜け出そうかな。その時は一緒に行ってくれる?」
「もちろん!連れて行って!」
賑やかな通りを手を繋いで歩く。
お店を見て回って、彼が歩いた昔との変化を教えてもらう。王都の区画整理は前王時代、今は王太后になったルミナリエ様が指揮してやっていたんだって。整うまで彼女が責任持って最後までやったから、イライアス様は案や予算の相談を受けたりするくらいだったらしい。
「ルミナリエ様は流石だな。」
「大分変わった?」
「そうだね。明るく、綺麗になった。昔は路地裏は、地獄みたいに見えた。」
なんとなく、わかる。暗い時代のこの国を私も知ってるから。
「昔はさ、あそこに店があって、ライオネル達と刺繍を売りに来た事がある。」
「刺繍?」
「そう。あいつ、上手いんだ。生活費の足しにしてた。」
「生活、苦しかったの?」
「まぁね。あいつの家、孤児院みたいだったから。」
「えぇ?!王太子だったのに?」
「ルミナリエ様が子供を拾って集めて暮らしてたの。隠れてたから、食費の足し。」
「そういう事をしていた人だから、民の気持ちがわかるのかな?」
「そうかもしれない。あいつも今、幸せそうだよ。もう一人産まれるしね。」
「そうらしいね。三人目はどっちかな?」
「シルヴィア様は姫が産まれるって言ってる。王子が二人続いたから、ライオネルは姫も欲しいってさ。」
「子供、可愛いよね。」
メラーズの領地では、畑仕事の合間に子守もしてた。乳飲み子もふにふにで可愛いかったなぁ。
「私の子を、産んでくれる?カトリオーナ?」
「あ、当たり前です。それが妻の務めです。……それに、イライアス様がお父さんになるのも、素敵。」
彼の唇が三日月みたいに笑って、耳元で囁かれる。
「好きだよ、カトリオーナ。」
最悪な初夜から始まった新婚生活だったけど、私達も、幸せになれそうです。