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朝食から始めましょう

 昨夜閨でのお務めが無かったから、私は朝から元気一杯。昨日は執事さんに挨拶しただけだから家の中を見て回ろうと決めた。

 貧乏だった我が家の朝は早かった。食事を自分達で調達しないといけなくて、朝は鶏から卵を分けてもらう事から始まる。朝食の用意を母として、家族と数人の使用人全員で食事を取る。その後は領民達と一緒に畑仕事。王都に来るなんて初めてでわくわくしていたけど、楽しかった気持ちは厳しい現実で吹っ飛んだ。


「奥様、おはようございます。…どちらへ?」

「おはようございます、モールスリーさん。お家の皆さんにご挨拶をしたいんですけど、良いですか?」


 自分で身支度を整えて部屋を出たら執事のモールスリーさんに捕まった。あまり表情の変化が無そうな顔を私に向けて、微かに片方の眉毛が上がる。


「敬称は不要です。モールスリーとお呼び下さい。挨拶は後ほど、旦那様からご紹介があるでしょう。」

「そうなんですか?旦那様はどちらでお休みになってますか?」

「…自室にいらっしゃいます。ご案内致しましょう。」

「いえ!多分嫌がられると思います。それより、旦那様の朝食、私がご用意しては駄目でしょうか?」


 メラーズ家の執事は気の良いおじいちゃんだったんだけど、モールスリーは少し怖いおじ様って感じ。なんだか緊張しちゃう。

 私の申し出にモールスリーはまた眉毛をぴくりと揺らして、だけれどご案内しますって歩き出した。どうやら、許してくれたのかな?


「私は給仕を娶った覚えはありません。」


 厨房の人達は優しく気さくで、仲良く朝食の用意をさせてくれた。だけれど旦那様は私の姿に不満顔。初めて会ってから、不機嫌顔しか見ていない。この人、笑うのかしら?


「食事は一日の基本ですわ。貴族といえど、夫の食事の用意は妻の仕事の一つとわたくしは考えましたの。味は確かですわ。さぁ、冷めない内に召し上がって?」


 私だってね、令嬢なんだから令嬢らしい話し方も出来るんですよ。内心ふふんと胸を張りながら、旦那様に朝食の皿を差し出した。彼はまた不機嫌そうな顔。だけれど食べてくれるみたい。


「そんなに見ずとも食べます。貴女も、食べて下さい。」

「カトリオーナですわ。」

「……………。」

「カトリオーナ。わたくしの名です。そうお呼び下さい。」

「………………カトリオーナ、貴女も食事を。」

「はい、イライアス様。」


 溜息吐かれたけれど、名前を呼んでもらえた。政略結婚でもこうして交流していけば、実家の両親や兄夫婦のようになれるよね?冷たい家庭なんて、絶対嫌!


「料理をするなど、何処かの誰かのようですね。」

「あら、どなたですか?」

「……王妃です。」


 びっくり。王妃様が料理するだなんて…貴族の令嬢が厨房に立つ事だって、本当は有り得ない事なのに。


「王妃様は料理がお上手なんですの?」

「えぇ。焼き菓子は、不味くは無かったです。」

「イライアス様、わたくしの手料理は如何ですか?」

「……不味くは無いです。」


 この人、可愛いかもしれない。

 なんとなく、不機嫌顔が拗ねているように見えて来たのは気の所為かな?


「ライオネル陛下と王妃様は仲睦まじいそうですわね?イライアス様も王妃様と仲がよろしいんですの?」

「仲良くは無いです。」

「あら、王妃様がお作りになったお菓子を召し上がったのでしょう?」

「それも、陛下の為のおこぼれです。」

「では、わたくしがイライアス様の為にお菓子を焼きますわ。何がお好きですか?」


 微笑んで見つめる先で、旦那様の不機嫌顔が更に顰められる。


「甘い物はお嫌いですか?」

「……あまり、甘い物は好みません。」

「あら、では何がお好きですか?」


 大きな溜息を吐かれた。

 失礼しちゃう。そんなに不快そうにしなくたって良いじゃない。


「カトリオーナ、特に交流は求めていません。妻の"仕事"だと考えて下さい。」

「あら、妻の仕事は夫との対話も含まれると思いますわ。」


 鋭い緑の瞳が私を睨み付けてくる。だけどそんなの、怖くなんて無いんだから。飢えた泥棒と対峙した事だってあるんだからね。そっちの方が何倍も怖かったわ。


「これだから女は面倒だよ。」


 小声で呟いて、舌打ちをされた。

 良い性格の旦那様みたい。

 面白い。

 離縁なんて公爵で宰相である彼が簡単に出来るとは思えない。私は私のやり方で、妻の仕事をやってやるって決めた。

 不機嫌な旦那様の世話を嫌がられながらも焼いて、私は彼を送り出す。これで旦那様は夜まで帰らない。まずは公爵家の妻のお仕事をしましょう。

 貴族の妻は家の事の一切を任される。旦那様はご両親共に亡くされている為に、全て私のお仕事。朝食の後で旦那様から使用人達は紹介してもらった。贅沢さえしなければ家の事は好きにして良いとも言われてる。

 だからまずは、お屋敷探検よ!

 ここはグルーウェル公爵家の王都の別邸。領地には本邸があるみたいだけど、宰相である旦那様は王都からあまり離れられない。だから領地の管理を主にしているのは旦那様の部下の人みたい。その内に領地も見に行きたいな。


「奥様、そちらのお部屋には近付いてはなりません。」


 また出たモールスリー!私、見張られてるのかしら?


「ここはなんのお部屋かしら?」

「旦那様の私室です。」

「あら、何か秘密の香りね?」


 にっこり笑った私に、モールスリーは表情を変えずに近付くなと繰り返す。そんなに断固拒否されると、何があるのかすっごい気になる。それでも夫婦にはある程度のプライバシーも必要よね。旦那様が帰って来たら聞こうと考えて諦める事にした。

 探検した結果、秘密の私室発見以外は特に成果は無かった。使用人達が優秀らしくて全部整ってる。特に手を入れる必要なんてなさそう。強いて上げるなら、庭の一角に畑を作る事を許されないかなぁ?退屈で死んじゃうよぅ…。


 冷酷な旦那様でも、流石に新婚一日目は夕食の時間に帰って来てくれた。自分で作った夕飯を一人で食べなくて済んでほっとした。


「食事の支度は貴女の仕事ではありません。」

「カトリオーナです。」


 無視された。


「お屋敷は既に整っておりますし、無駄に手を入れる必要は御座いません。それに本来であれば蜜月のわたくし達。他のご婦人方と交流するには邪推される可能性が御座います。」


 まだ新婚一日目だよ。奥さんが元気一杯だったら、夫婦仲が早速冷え切ってるって宣伝して歩く事になっちゃう。そんな事、流石に私も出来ない。


「今夜はどちらでお休みになりますか?」

「自室で休みます。」

「そうですか。何も無ければ跡継ぎも産めませんよ?」


 また無視。

 こいつ…なんなの?!


「昼間お屋敷を見て歩いたのですが、秘密のお部屋があるそうですわね?」

「そこには入らないで下さい。流石に新妻を殺したくはない。」


 さらっと、表情を変えずに物騒な事を言われたよ!

 旦那様は冷酷な上に怖い人のようです。

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