絶世の美女と出会いました
朝はまた、イライアス様の腕の中から抜け出す為にちょっとした戦いが巻き起こった。だけど今日は私の勝ち!二日もさぼっちゃったから、働くのです!
「それは君の仕事ではないけどね?」
「でも、うちはずっと自分達で食事の支度も洗濯もしてたから、何もしないのは落ち着かないの。」
「働き者の奥さんだね?……でも知ってる?新妻の一番の仕事は、夫に愛される事だよ。」
「たくさん、愛されてるもの…」
「うん。愛してるよ。」
幸せで溶けてしまいそう!
たまに意地悪になる笑顔も、とろとろに甘い笑顔も、無邪気な笑顔も、全部好き。
大好きって気持ちを込めてキスをしたら、深くなって、なんとか逃げ出して来た。イライアス様は、焦る私を見て楽しそうに笑ってた。
「おはよう、メリルさん!」
「あら奥様、今日は良いのかい?」
「うん!ご飯、また作っても良いですか?」
「構わないよ。旦那様も喜ぶでしょうね。」
今日はお城に行くからご飯の後は着替えないといけないの。どういうドレスにしたら良いのかわからなかったから、侍女の人にお願いしておいた。
幸せ一杯で鼻唄歌いながらご飯を作って、イライアス様の所へ運ぶ。そしたら捕まってキスをされて、もう!幸せで顔が蕩けっぱなし!
「今日も美味しい。…夕飯は城で食べるからね。」
「そうなの?」
「うん。王妃とライオネルが是非そうしろって。ロトがさっき手紙を持って来た。」
「イライアス様はお仕事が早いね?」
「これは、王妃の耳が良いからだよ。」
ご飯の後はドレスを着せてもらって、髪もちゃんと結った。お化粧もほんのりした。荒れた手はイライアス様がくれた軟膏のお陰で大分良くなってる。だけど王妃様に見せられる物ではないから、手袋で隠す事にした。
「綺麗だよ、カトリオーナ。」
とろり微笑んで、イライアス様が頬にキスをくれた。
馬車に乗る時にも手を貸してくれて、とっても優しい。いつもはイライアス様一人だから馬で行くんだけど、今日は私がいるから馬車にしてくれたんだって。
お城はグルーウェル公爵家からそんなに遠くないからすぐに着いた。
お城って、大きい!
まず門が立派!
「おいで、カトリオーナ。」
イライアス様の手を借りて馬車から降りてまたびっくり。歴史を感じる重々しさのあるお城。どれだけ広いんだろう?
間抜けな顔にならないように気を付けながらお城の中を歩く。
「ゆっくり見る?」
「だ、大丈夫!お仕事でしょう?」
「また後で、案内してあげるよ。」
「良いの?」
「良いよ。多分これからは、良く来る事になる。」
「どうして?」
「君はきっと、王妃と仲良くなるからだよ、カトリオーナ。」
私が王妃様と仲良くなんて、恐れ多い!お会い出来るだけでも凄い事なのに!
心臓が口から飛び出そうなくらいに緊張しながら歩いてる私を見たイライアス様は、優しく微笑むだけで何も言わなかった。
連れて行かれたのは、騎士が扉の両脇に立って警護している場所。騎士はイライアス様に気が付くと扉を開けてくれた。私もこのまま一緒に入っても良いみたい。
部屋の中には、ライオネル陛下と美女と、子供が二人。
シャツにスラックスと膝下丈ブーツっていうラフな服装なのに、ライオネル陛下はとても素敵。子供は男の子が二人。陛下の腕に抱かれているのは、金茶の髪に赤紫の瞳が綺麗な一歳くらいの子。多分、第二王子のダスティン様。
ソファの上で良い子に座っているのはプラチナブロンドの髪に碧い瞳の、二歳の第一王子フェリクス様。そして、フェリクス様の隣で彼の髪を優しく撫でている女性が王妃様だ。プラチナブロンドの髪は日の光を受けて煌めいていて、赤紫の瞳は甘い果実のよう。絶世の美女が、目の前にいた。
「お前はまた子供と遊んでいるのかい?」
イライアス様が呆れた顔で話し掛けた相手は我が国の国王陛下。そんな口調で良いのか心配になっちゃう。
「可愛くて仕方が無いんです。」
「シルヴィア様はなんだかずっと妊娠している気がしますね?」
「ライの所為だ。加減をしてくれ。」
「貴女が愛しいからですよ、私のシルヴィア。」
王妃様に向けるライオネル陛下の瞳はとろっとろに甘い。シルヴィア様も、優しく笑ってる。なんて美男美女!!
「それで、イライアス。上手く行ったようだな?」
王妃様の赤紫の瞳が私に向けられて、緊張してしまう。
「まぁ、お陰様ですと言ってやらない事もないです。カトリオーナ、彼女がシルヴィア様。あそこで子供にデレデレなのがライオネルだよ。」
「拝謁賜り恐悦至極に存じます。カトリオーナ・グルーウェルと申します。」
噛まなかった!淑女らしく礼をして顔を上げたら、赤紫の瞳が興味津々っていう感じで細められた。
「会えて光栄だ。どうぞ座って、紅茶でも。イライアス殿、毒無しで頼めるかな?」
「我が妻の為に淹れましょう。」
ふん、って鼻を鳴らしてるけどイライアス様!相手は王妃様です!
ハラハラしてたら、王妃様が笑った。
「彼はいつも私にはあの調子だ。きっと私がライを取ってしまったから悔しいんだろうよ。」
「カトリオーナのお陰で丸くなると良いですね?」
王子二人を膝に乗せたライオネル陛下は、王妃様の隣に座って微笑んだ。
「大丈夫。そうだろう、カトリオーナ?」
王妃様に問われ、私は満面の笑みで頷く。
「はい。イライアス様はとてもお優しいですわ。」
「貴女に賭けて良かった。ありがとう。」
ふわり、王妃様は笑う。美女の笑みって心臓に悪いかもしれない。
「王妃様、お尋ねしたい事があるのですが、構いませんか?」
「いいよ。だが、その話し方は疲れるだろう?普段通りで構わない。気楽にしてくれ。」
「で、ですが…」
国王もいる場所で、それは流石にまずいよねって迷っていたら、イライアス様が紅茶を机に置いて微笑んでくれる。妊娠してる王妃様のは、紅茶じゃない別の物みたい。さりげない気遣いが素敵だな。
「気にしないで平気だよ。ここにいる誰も気にしない。」
「イライアスの妻となった人です。私達も仲良くなりたいですから、気にせず気楽にして下さい。」
ね?とライオネル陛下に微笑まれて、私は従う事に決めた。
「では、お言葉に甘えます。」
流石に敬語にはなっちゃうけど、令嬢らしい話し方はやめる事にして、質問を口にする。
「王妃様は、どうして私をグルーウェル公爵家に?」
赤紫の瞳に宿るのは優しい色。真っ直ぐに見つめ返していたら、彼女は笑みを浮かべて答えてくれる。
「貴女は賢い。この短期間で得た少ない情報で、彼の抱える闇、隠された過去に気が付いた。その上で、包み込む器の大きさも持っている。貴女なら、イライアス殿を救ってくれるのではないかと思ったんだ。そしてその通りとなった。」
ライオネル陛下とイライアス様は似てるんだって、王妃様は言う。
二人とも、人の為ならどんな努力も惜しまない。だけど自分の事になると一気に無頓着になってしまう。人の幸せの為なら必死になるのに、自分の幸せからはむしろ、逃げ出そうとしてしまう所があるんだって。
「私はライしか救えない。だけど、ライの大切な存在である彼にも、幸せを掴んで欲しいと思ったんだ。…勝手にな。」
ふふっと、少し自嘲気味の笑み。
だけど王妃様がそう望んでくれたから、私はイライアス様に出会えた。今とても幸せだってお礼を伝えたら、王妃様は嬉しそうに微笑んでくれた。
「あともう一つ、王妃様は、私を知っていたんですか?」
会った事は無いと思う。こんなに綺麗な人なら忘れないと思うんだ。
「直接は知らないよ。私は良い耳を持っているんだ。それで相応しい人を探した。それが貴女だったんだよ、カトリオーナ。」
王妃様の情報収集能力って、凄いのかもしれない。悪い事出来ないなって、思った。
「意地を張ったイライアスが式に出る事を許してくれなくて、やっとお会い出来て嬉しいです。イライアスを、よろしくお願いします。」
「そんな!国王陛下からそのようなお言葉を賜り、光栄で御座います!」
思わず深々と頭を下げてしまったら、苦笑を向けられた。国王様に気楽にって、難しいよ。
「ヴィーの言う通り素敵な人のようで安心しました。何より、イライアスの表情が柔らかくなってますからね。」
「お前だって、結婚してから顔が溶けっぱなしじゃないか。」
「貴方もきっとそうなります。……幸せですか?」
「……そうだね。幸せ、かな。」
どうして二人の口調が逆なんだろう?ライオネル陛下の方が口調が丁寧で、イライアス様の方が偉そう。だけどそれも、仲良しの証拠なのかな。
柔らかく微笑んだイライアス様が私の頬を優しく撫でて、王妃様へ目を向けた。途端に不服そうな表情になったのが、面白い。
「シルヴィア様、ありがとうございました。」
「不服そうだな。勝手な事をしてすまなかった。こうでもしないと、貴方は一生一人を選んだだろう?」
「そうですね。結婚せず、その内養子でも取るつもりでしたから。」
「愛する人との子供は、最高に可愛いですよ。」
とろり微笑んだライオネル陛下は、王子達の頭を優しく撫でて、王妃様を抱き寄せ口付ける。
微笑み合う二人は羨ましいくらいに仲良しで、愛し合っているのが伝わって来る。王子達も、ライオネル陛下の膝の上で両親を見上げて楽しそうに笑ってる。
絵に描いたような幸せな家族が目の前にいて、私もこうなりたいなって、憧れた。




