二重人格の受難
俺はお前を守るために生まれてきたと言い切れる。
お前の痛みを肩代わりするために、お前の笑顔を守るために生まれてきたのだ。
しかし、敵はあまりにも強大過ぎて俺はどんどん膨れ上がり、そのせいでお前もどんどん壊れていった。
お前は俺を知らなかった。それでも守り続けた。お前のことが大好きだから、守ることができたのだ。
ーセンパイー
崖っぷちのところでお前が俺に気づいてくれた。
嬉しかった。
俺を認めてくれた。もう一人の自分なんだと、大切なものなんだと、抱きしめてくれた。
ー好きです、付き合ってくださいー
互いを認め別人格の同一人物として、一個体の別人として俺たちは手をとり歩き出した。
暗い水の中に落ちて行くと、仄暗く淡く光る一点が見える。
そこに向かって落ちて行けば、お前がいる。
俺を生み出した、お前が待っていた。
「おかえり。ごめんね、明日はちゃんと学校に行くから」
「構わん。なんだ、その小さな脳みそで何か考え事か」
「わたしの脳みそが小さいならあなたの脳みそも同じサイズだよ」
彼女の気分が乗らなければ俺が代わりに学校へ行ったりするのは恒例行事だ。
保健室登校とはあまりいいイメージがないが、こいつの身体を考えたら仕方が無いだろう。
おかげで俺が彼女の代わりに学校に行っても咎められることはない。
こいつの貧相な身体で男装すれば別人にも見える。
「ねぇ」
「なんだ」
「女の子に告白されてたよね」
「されたな」
「なんで断ったの?」
……こいつは、馬鹿だろうか。いや、馬鹿だった。どうしようもない馬鹿だから俺を生み出したのだった。
確かに後輩の女子から告白されたが、断った。理由はたった一つしかないじゃないか。
「俺と付き合っても幸せにはなれん」
ーすまんが、お前とは付き合えんー
「そんなことないと思うよ?」
ーどうしてですかー
「お前は阿呆か、大前提を忘れているぞ」
ー俺は他人を幸せにはできんからだー
「いくら俺が男でも、肉体は女だからだ」
世界の大半は異性を愛する人間だろう。
たまに好きな人がたまたま同性だった、または魅力を感じるのは同性だけな人間もいるが、俺に告白してきた女はそんな人間には見えなかった。
「愛に性別など関係ないなど言える神経を持ち合わせてはいなさそうだったしな」
「そっか……じゃあ、あなたは一生恋もできないの……?」
「できんな。さらに言えば明日消えるかもしれん身だ、別に色沙汰には興味ないとは言えんが覚悟はある」
こいつが心を守る盾も鉾ももう必要ないと思ったとき、俺は消える。
それでも構わない。
俺はこいつの幸福のために生きているに過ぎない。
人生の酸いも甘いも経験させ、世界に馴染ませるために生まれたのだ。自分を嫌悪するあまり生まれた存在ではなく、守ってくれる騎士として生み出された。
それがたまたま強大な人格を持ってしまったに過ぎん。
「あの身体はお前のものだ。お前が俺を生み出したのだ。お前にはまだまだたくさんの幸せを見つけてもらわねばならん。茨の道も歩いてもらわねばならん。俺はお前を甘やかすだけではいかんとわかった。お前が絶望や痛みのどん底に落ちた時、少し引き上げ自分で登り始めるよう仕向けるのが俺の役目だ」
同じ瞳に宿る光は違っても、俺はお前が望むなら喜んで盾になり心に突き刺さる言葉の刃の痛みを軽減しよう、鉾になり心に覆いかぶさってくる闇に穴を開けよう。
「お前はまだ見ぬ相手と幸せになり、いつか俺のことを綺麗さっぱり忘れ去ってくれれば俺はそれでいい。女も恋もいらん」
まろい頬は柔らかく、少し熱を持ち俺の冷たい手に存在を主張した。
「それでいいの?」
「いいと言えば嘘になる。俺は人間の自我の模造品だから、本物のようになりたいとは思うさ」
「なら、わたしも、恋なんてしたくない……男の人なんて、知りたくない……!」
ポロポロと真珠のような涙を流し、訴えるその姿。
男など汚いと彼女は知っている。肉欲に溺れた先に何があるか知っている。
俺に性欲はないと言い切れないが淡白な方だ。ゆえに、こいつは俺以外の男に触れられるのがたとえ精神的でもひどく恐怖する。
だが、そこからさらに進んでしまえば人間は終わりだ。
「わたし、あなたを切り捨ててまで幸せになんかなりたくない……っ」
情が移ってしまえば、なおさらなのか。
「聞き分けの悪い女だな。そんなだから誰もがお前を理解することを放棄するのだ」
「い、いひゃいよ……!」
よく伸びるモチモチの頬を引っ張る。
「恋は何度もやってくる。それを知るときお前の心に俺はいない」
「にゃんでひょんなのわはるのひょ……」
「阿呆、俺はお前の分身ではなく自立した意思を持つ人格だ。知識量に違いがあってもおかしくはない。感受性にズレが生じるのも当たり前だ」
……しかし、よく伸びる頬だな。そして間抜け面。もし俺が頬をこうされたら俺もそんな顔をしてしまうのだろうか。
「まあ、お前に恋人ができたら全力で今まで育ててやった父親役をしてやるから安心しろ」
「ふみゅっ?!」
「精々俺に勝てる様な男を連れてくるんだな」
今この瞬間にも消えるかもしれない。それはこいつが俺から卒業するときで、喜ばしいことなのだ。
いつか崩れる関係でも、忘れ去られる存在でも死ぬのは怖くない。怖いのはそれがどんなときであるか。良い形で終わればいいが、最悪なビジョンは拭いきれない。
酸いも甘いも体験して強くなれ。
強くなるあと少しの間だけそばにいさせろ。
俺が消える最後のとき、お前の心を一押し出来る様に。
・fin