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勇者の学び舎 4

 城門の向こうの世界は、学園というよりもまさしく都市という呼び方がふさわしいものだった。


 そこは街並みと呼ぶにふさわしいだろう。


 城門からまっすぐにのびる道はかなり広く、大通りとなっているようで、道の両側にみっちりと様々な店が並び立っている。


 人通りは海堂銀夜の記憶にある、王都の大通りと遜色なく、違いがあるとするならば全員が先ほどの少女と同じような紺色の制服を身に纏っているということか。


 そして、それらの視線はただ僕にひたすら集中していた。


 普段閉ざされている城門が開いて、そこを潜って入ってきた僕に対して視線が集まるのは不思議なことではないように思えるが、彼らの驚愕ぶりは異常にすら思える。


 それに、さっきの少女の言葉からすると、ここ最近は僕以外の入学希望者がやってきているようだから、今更珍しくもないような。


「入学手続きはこの大通りをまっすぐ行った、あの塔の中ね。入学式までは時間があるから街をブラブラしていても良いけど」


 僕と一緒になって、城門の中に入って来た少女が大通りの先に見える、馬車の中からも見えた塔を指差して言う。


 中に入ったら誰に聞いたものかと考えていたので、非常に助かる。


「私は業務があるから、戻って門を閉じちゃうよ。ちなみに、入るのは出来ても出るのは難しいからね」


 まるで、僕がここから出たがっていることを知っているかのような言葉だ。


 実力もそうだけど、この人は何を考えているか全く理解できない。


「そうだ、私の名前を…… と、思ったけど教えない方が面白そうだからやめとくよ。それじゃあ、頑張ってね」


 言いたいことだけ言い切ると、少女はさっさと城門脇の扉の中へと帰って行ってしまった。


 そした、しばらくすると再び轟音を響かせながら城門が閉じていく。


 逃げ出すならば今ということなのだろうが、さっきの口ぶりからすると城門の外に出た瞬間に斬りかかってきそうな気がしなくもない。


 別に、理由もなく自分よりも強い相手に斬りかかっていくように狂犬じゃあない。


 それにだ、あきらめはついている。


 ため息を漏らしながら、閉じ行く城門に背を向けて歩き出した。


 来るまでは何だかんだと思っていたが、美しい街並みを眺めていると案外、胸の中に興奮が生まれてくる。


 この学園の創始者である魔導士の夢に対する熱意と想いは海童銀夜の記憶を通して知っている。


 この街並みは彼女の夢の叶った証なのだから、直接関係なくとも何かを思わずに居られるわけがない。


 僕ではなく、海童銀夜もこの風景を眺めたかっただろう、なんたって、この学園の名付け親な訳だし。


 どうやら、この大通りに面している店の多くは武具を扱っているところが大半のようだ。


 まあ、売っているのは学生らしく、数打ちの剣や防具ばかりで、流石に一点物の業物は置いていない。


 店の中で忙しそうに働いている人影にも大人の姿は見えず、ほとんどが僕と同い年から数個ほど上に見える。


 学園都市国家という名に偽りはなく、この街自体が生徒たちで切り盛りされているのかもしれない。


 だとすれば、店先の商品にケチをつけるのも野暮というものか。


 言っても、僕の愛剣も数打ちの代物だし、店を切り盛りしているのは少なくとも僕よりも年上の先輩だったりするんだけど。


 時折、向けられる多くの視線を無視しながら、店を眺めながら歩いていると目的の塔にたどり着いた。


 大通りの喧騒も中々だったが、ここに来るとそれは更に増した。


 塔の入り口の周囲には人だかりができていた。


  服装は完全にバラバラで、良いとこの出なんだろうと思える高価な礼服やドレスを身に纏ったのもいれば、所々に傷のある革鎧を着込んでいる人もいる。


 その統一感のない服装から、おそらくは僕と同じように、入学希望者たちなのだろう。


 なるほど、見渡せば勇者候補なんて呼ばれ方も頷けるような実力者も居ることが分かる。


 場違いなんて、自嘲するつもりもないけれど、僕ごときじゃあこの中では霞んでしまうのも仕方ない。


 むしろ、目立つ心配がないから、ちょうどいいともいえる。


 塔の中に入らずに、彼らがたむろしているのは入学式まで時間があるからか。


 ならば、少しばかり品定めでもしておくか。


 僕の目的を考えれば、この中から勇者として大成させる相手を見つけなければならない。


 それに、この学園についてほとんど情報を持っていないので、集めたいというのもある。


 ライルから概要こそ聞いているけど、なんせ入学案内のパンフレットも届かないうちに拉致当然でここまで運ばれたのだから仕方あるまい。


 詳しい内容は入学式でも語られるかもしれないけど、時間があるならさっさと集めておきたいというのはある。


 そうと決まれば、集団に中に向かって歩き出す。


 当然、無駄に絡まれたくないから貴族連中には近づかないでおく。


 貴族というのも十人十色だし、母さんもある意味じゃ元貴族であると言っても良いのだけど、面倒な相手に絡まれると厄介でしかない。


 しかも、こちらは田舎者丸出しの服装だから、こっちから話しかけてもまともに取り合うとは思えない。


 まあ、田舎者ってレベルじゃないんだけどさ。


 集団と称したけれど、ただ人が集まっているだけで、その中でも数人にグループを作っている人もいれば、僕みたいに1人でいる人もいる。


 勇者になんてなりたいという変わり者だけあって、グループを作っている人よりも孤立している人のほうが多そうだ。


 集団の中を目的地もなく、無作為に歩き回りながらすれ違う人たちの様子を観察する。


 ちらちらと、僕なんかじゃ及ばないような実力者が目につく。


 僕にだって、自分より強いか弱いかの判断は見ただけでも出来る。


 しかし、その実力を正確に推し量ることは出来ない。


 この世界で相手の実力を示すモノ、それは当然、《スキル》だ。


 どんなスキルを持っているかを知ることが出来れば、相手の戦い方や特徴を理解することが出来てしまう。


 だけど、他人のスキルを覗くという行為は簡単なものじゃあない。


 自分のを確認するぶんにはあくまで技術の範囲であるけれど、他人のソレを確認しようとするならば《心眼》というスキルを必要とするからだ。


 たとえば、ただやみくもに剣を振うこと自体は《剣術》のスキルを必要とはしないのと同じこと。


 ある程度、秘匿された技術であるとはいえ、誰もがスキルを自由に見ることが出来るならば、戦う前から相手の手の内を知ることが出来てしまう。


 これはこの世界のバランスを保つために神が設けたシステムの1つと言える。


 そして、本題だ。


 僕は自分のスキルを確認するために、その練習を積んできた。つまりは、スキルを観れるように努力してきたということ。


 ゆえに、持っているのだ《心眼:B》というスキルを。


 もちろん、このスキルも別に相手の手の内がすべてわかってしまう万能な代物じゃない。


 これを用いてスキルを確認されていると、強烈な視線を感じることになる。


 それは神官に自分のスキルを確認してもらうことを嫌悪する人が居るぐらいのもので、バレないようにこっそりと行えるものじゃない。


 当然、戦闘の直前にそんなことをされれば、相手が読み切れる前に斬りかかるだろうし、命を狙われるような冒険者は視線というものに過敏になるものだ。


 幸い、ここにいるのは実力はあれど、そういった常識に疎いであろう人達だろうし、僕が目を付けるような実力者たちはこの集団の中ですでに多くの視線にさらされている。


 絶対に気づかれることがないとは言わないけれど、この中で気づくほどに鋭いというならばそれも判断材料だろう。


 さっそく、目星を付けた1人へと視線を向ける。


 そこに立っていたのは、精悍な体つきをした青年だった。


 僕だって小柄だけど、森の中で生活してきたのでそこそこ筋肉もあると思っているのだが、彼のそれは生きるためというよりは戦いのために鍛え上げて来たように見える。


 肌が褐色なのも、地肌の色というよりは日に焼けるような訓練の結果だろう。


 ふと、閉じられていた瞼が開き、鋭い視線で周囲を見渡しだす。


 猛禽類を連想させるそれは見抜かれただけで、心臓が数秒止まってしまうかもしれない。


 ともあれ、気づかれてしまわぬように、そっと視線を逸らす。


 全部を把握できたということはないが、主だったものは確認できた。


 特出すべきは、《剣術:A》の存在だろう。


 Aランクの《剣術》ともなれば、一国の騎士団長と渡り合えるとすら言っても過言ではない。


 騎士団の任務で旅慣れている彼相手だと、すぐに気づかれてしまいそうで、はっきりと確認こそしていないが、ライルもまた《剣術:A》の持ち主だったと思われる。


 更にもう一つ、《水霊の加護:B》も有しているようだった。


 水霊、魔力が意識を持った結果生まれた精霊と呼ばれる存在のことであり、水霊ということは水の魔力から生まれた存在だ。


 この加護を受けていれば、水の魔術を使用する際により強力になり、加護を受けていなければ使用できない魔術だって存在する。


 これを含めた精霊の加護は《無冠の才能:-》を持ってしても、手に入れることが出来ないスキルの一種だ。


 精霊の加護の上にあるのが、神々の加護であり、歴史に名を残す英雄の中にも神の加護ではなく、精霊の加護のみを受けて生まれた者も存在する。


 こういったスキルは基本的に、先天的なもので、後天的に得ようとするには精霊や神の与える試練を乗り越えて認められるほかない。


 そのほか、確認することが出来たスキルのほとんどが戦闘に特化した内容であり、実力は申し分ないと言える。


 うむ、彼は是非ともマークして起きた逸材だ。


 そのためにも、今、彼に怪しまれる訳にもいかないので、そっとバレないようにその場を去る。


 そして、そのまま新たなターゲットを求めて人の海を掻き分けてゆく。


「やめてください!!」


 そんな僕の耳にそんな声が聞こえて来た。


 これで、こう叫んだ声が野太い野郎のそれであるならば、無視を決め込むのだが、少女のそれであっては騎士の息子として見過ごすわけにもいかない。


 声の主を求めて、進んで行くと塔へと入る大きな扉の前で三人の男子と二人の女子が揉めていた。


 まあ、もめていた言い方には語弊があるだろう、状況は明らかに一方的だ。


 当然、女子の方が不利である。


 理由として、男と女では力の差があるし、相手が三人であることだってそうだ。


 だけど、一番の理由は男側が貴族であり、女子たちが平民であるからだ。


 貴族なんてものが存在するこの世界では、生まれた家も一種のスキルとも言えるかもしれない。


 貴族と平民の差というのはそれだけ大きいということ。


 三人の貴族のリーダー格らしき金髪の少年が一方的に責め立てている内容を聞くと、どうやら先ほど声をあげたであろう涙目で必死に謝っている少女が彼にぶつかってしまったらしい。


 内容としてこんなもんでしかないのだが、蟲の居所が悪かったのか、そもそも短気な気質なのか彼はどうやら彼女の謝罪では満足いかないらしい。


 そして、腕を取って裏路地へ引きずり込もうとしたところを必死に振りほどかれて、更に大激怒といったところのようだ。


 学園側が用意したとしか考えられないような分かりやすいシチュエーションなのだが、少女の涙は嘘には見えない。


 嘘だとわかっていても、拭わずにいられないのが男ってもんなんだけどね。


 厄介ごとに関わりたくないのは誰だって同じで、彼らが揉めている周囲は人がおらず、周囲の人間は遠巻きに囲んで眺めているだけだ。


 とりあえず、無駄だとわかっていても平和的に解決しようとはしてみるか。


「お兄さん方、その辺にしときましょうよ。それ以上、泣かせてもなんも得ないでしょ」


 出来る限りの営業スマイルを顔面に張り付けて、そんな心にも思っていない戯言をほざきながら、縁の中へ入って行く。


 当然、貴族三人組は突如として割って入って来た僕に怪訝な表情を浮かべている。


 僕の服装は正直、泣いている少女なんかよりも田舎者にしか見えないだろう。


 それで割って入って来たのだから、バカにしか思えないのも仕方あるまい。


「なんだね、君は。平民が貴族の要件に割って入ってくるなんて、無礼にもほどがあるんじゃないかい?」


 言葉こそは上品を気取っているけど、表情はどう考えても怒髪天であることは間違いない。


 怒りの対象が僕に向いてくれたならありがたい。


 ひとまず、ヘイトをこちらに向けることに成功した。


「いえいえ、ひ弱そうな女の子を捕まえて、泣かせて悦に入っているのは、貴族以前に男としてどうかと思ったまでですよ」


 まだまだ、煽る。


 相手が武器を抜いてくれないと、後々、貴族じゃない僕に不利になってしまうからだ。


 他の大都市でこんなことをすれば、どうあがいても有罪を免れることは出来ないだろうが、こうして平民と貴族を一緒に入学させている学園ならば、チャンスはあるかもしれない。


「君はよほど、命知らずらしい。まあ、安心したまえ、この学園の治癒魔術師は優秀らしいからね、命ぐらいは助かるんじゃないかな」


 次の煽り文句も考えていたのだけど、必要なかったらしく、貴族の少年は腰に差していたレイピアを抜き放ってくれた。


 この集団で武器を携帯しているかいないかはまちまちで、彼らは携帯している方だった。


 持っているかいないかだったら、持っていてくれなかった方が簡単に片付いたんだけど。


 構えを見ても、三人相手でも相手出来そうだから問題はないか。


 そして、僕もロングソードを抜き放とうとした瞬間。


 一陣の風が上空から薙いで、僕と貴族三人組間に割って入った。


 結果、境界を作り出すかの如く、石畳が切り裂かれた。


 発動を感じさせず、ここまで鋭利な傷跡を残すとは、そうとう上級な風魔術だろう。


 術者を探して、周囲を見渡すと、正解を示すかのように人込みが勝手に割れて、1人の人物がその先に居た。


 現れた人物を端的に言うならば、鎧を身に纏った少女であった。


 鎧と言っても、ごつい騎士甲冑じゃなくて、胸部と脚部腕部だけに装甲を付けた機動力重視のものであった。


 それでも、少ない装甲の硬さは陽光を反射するその煌びやかさで理解せざる負えないというものだ。


 いったい、この中の何人があれがミスリル銀でできていると気づくことが出来るのやら。


 かくゆう僕だって、海童銀夜として見たことがなければ気づきはしなかっただろうけど。


 鎧に見とれていると、少女の鋭い視線が僕に突き刺さった。


 美少女、そう呼ぶにふさわしい顔立ちをしているというのに、しかめっ面をしているのは実にもったいなく思う。


 まあ、そんなことをこの状況で話せば、長い髪と同じ燃えるような緋色の瞳が更に鋭く僕を突き刺すことになるだろうけど。


 正直、ミスリル銀の鎧の輝きも彼女の美貌よりも視界に入った瞬間、目を引かれてしまうものがあった。


 それは彼女が腰に差す、一振りの剣。


 抜き身じゃなくても、その柄に施された装飾に見覚えがあった。


 しかし、それが僕の思っている剣であり、彼女がそれを得た方法が予想通りであるならば、彼女の容姿に辻褄が合わない。


 緋色の瞳と髪なんて。


「貴族としての心得がなっていないわね、シャゴット」


 僕の疑問なんてよそに、貴族のリーダー格の少年に鋭い視線を向ける。


 シャゴットと呼ばれた少年に先ほどまでの余裕は存在していない。


 彼女はそれほどの相手ということなのだろう。


「ルーキス君、これは僕の問題なのだから口を出さないでもらえるかい」


 それでも、彼は引くつもりはないらしい。


 その点に関しては、評価してやっても良いかもしれないな。


「そう、だったら、私も混ぜてもらうわ。まあ、彼なら貴方たち三人相手でも問題なかっただろうけど。貴方みたいに数をそろえればなんとかなると思っている連中が一番むかつくのよ」


 やれやれ、僕だって当事者のはずのなのに、気づけば完全に蚊帳の外だ。


 過大評価するのは構わないけど、それこそ君ひとりで十分なんだろうから、僕を巻き込まないでほしいものだ。


 まあ、言ったところで無駄なんだろう。


 シャゴットをどうこう言っているが、彼女だって人の話を聞かないように見える。


 貴族なんてこんなものだとは思うけどね。


「大丈夫、貴方たちが仕掛けてくるまで剣は抜かないわ。むしろ、抜く必要があるのかしら?」


 流石にこの言葉にはシャゴットもカチンと来たらしく、ついにはその刃をルーキスに向けて振り上げた。


 やれやれ、それこそ僕が手を出すまでもないのだろうけど、目の前で女性が剣を向けられている現実を無視するわけにはいかない。


 ため息を漏らしながらも、ロングソードを抜き放ち、振り下ろされた刃へ斬撃を叩き込む。


 海堂銀夜の記憶の中で、共に旅した騎士の妙技の1つ、それをあえて彼女の前でやってみせた。


 相手の刃を叩き折ることで無力化する、《牙折り》と呼ばれる技だ。


 刀身の一点に全力を集中させる技量と、弱い個所を見抜く目が必要なこの技。


 完全に再現するには《剣術;A》ぐらいのスキルが必要であるが、シャゴットの持っていた剣は装飾に凝った耐久力の高くないものであったから、《剣術:B》である僕でも再現することが出来た。


 僕によって叩き折られた刃はそのまま、宙を舞い、シャゴットの後方へ落ちる。


 シャゴットは何が起きたのか分からずに呆然としている、そして、ルーキスは何が起きたか分かったゆえに呆然としていた。


 ふむ、あまり目立つつもりはなかったのだけど、調子に乗るとすぐこれだ。


「次に剣を叩き折られたいのは誰?」


 剣を突きつけながら、問うてみるけれど、他の二人の武器はそこそこに硬そうなので先ほどみたくうまくいく保証はない。


 ゆえにこれはハッタリなのだが、これで引いてくれなければ普通に戦うだけだ。


 僕からすれば、コレは曲芸的な剣技であって、用いていた騎士も率先して実戦で使ってはいなかった。


 刃だけじゃなくて、心まで折ることが出来れば幸いといったところだ。


「なるほど、口先だけではないということか」


 しばらく、折られた自分の剣を眺めたあと、シャゴットは諦めたように一息吐いたあと、そう呟いた。


 そこに驚きという感情はすでになく、むしろ先ほどと同じ人物とは思えないほどに落ち着いていた。


「君ら二人では分が悪すぎるようだ。大人しく引き下がることにするよ」


 そう告げて、僕らに背を向けてシャゴットは落ちていた自分の剣の先を拾い上げる。


「そういえば、名前を聞いていなかったね」


 思い出したように振り返った彼の表情は先ほどまでの見下したそれではなく、城門で会った少女の浮かべていたような興味津々といったもの。


「人に名乗らせたいなら、自分からちゃんと名乗ったらどうですか?」


「言ってくれるね。……カロル・シャゴットだ」


「シルバ・ラスノーツ」


 本当はシルバとだけ名乗るつもりだった。


 母さんの旧姓ほどじゃないけど、父さんの名も知られている可能性があるかもしれないから。


 一応、森の外の世界についての知識はあるとはいえ、それも20年前のそれであって、現在の情勢にかんしては完全に世間知らずと言って良い。


 学園までの道中、ライルから情報を得られない者かと試行錯誤したが、相手は王国所属の騎士であり、僕は罪人に子であるので、うまくいかなかった。


 単純に彼が堅物という可能性も捨て難いが。


 ともかく、いい機会なので父さんの姓まで知られているのかを調べてみることにしたという訳だ。


「そうか、まあ、君とはこれからも関わることがありそうだね」


 僕の名を聞き、満足したようにカロルは取り巻きを連れて去って行った。


 とりあえず、ラスノーツという名前は知られてはいないようだ。


 まあ、元々、名のある家名という訳じゃないから、当然と言えば当然か。


 貴族であれば、知られている可能性もあると思ったんだけど。


「ごめんなさいね。平民差別がなければ、優秀な奴なんだけど」


 僕が考察していると、少女がため息交じりに漏らした。


 彼女の方も僕の名前に対して、反応なしか。


「優秀ねえ、確かに」


 確かに、剣を折られた後の雰囲気はその前とは比べものにならないほどに洗練されていた。


 激情する訳でもなく、驚愕するでもなく、ただ僕の見せた技を解析していたように見えた。


 やはり、もう少し、人を見る目を鍛えるべきかな。


「ところで、さっきの技。どこで習ったの?」


 さて、少女の問いかけに棘が載って来た。


 彼女にとって、本題に入ったという訳だろう。


 むしろ、そんな問いかけをしてきてくれると信じて、あの技を披露したのだから。


 彼女には聞きたいことが山ほどあるのだ。


「昔、王国騎士団に所属していた人に剣を教えてもらってね。一度だけ見せてもらったことがあって、見よう見まねで必死に練習したんだよ。うまくいってよかった」


 あながち間違ってはいない。


 剣を教わったのは元騎士団の父さんだし、僕は剣を教えてくれた人と同じ人があの技を見せてくれたとは言っていない。


「それで習得できるなら、貴方は随分と優秀ね。天才とでも呼ぼうかしら」


「完璧に使いこなせている訳じゃないからね。うまくいくかは、五分五分だったよ、本当に」


「そんな技をわざわざ使ったわけ? 私の前で」


 そんな問いかけの時点で彼女の正体について大体予想が付いた。


 それが意味することも、理解できてしまった。


「名前、聞いていなかったね」


 だけど、あえて問いかけよう。


 今更、僕の名を名乗る必要はないだろう。


 僕の問いかけに、少女は緋色の髪を靡かせ、同じく緋色の瞳で僕を射抜きながら答える。


「ルーキス、ルーキス・トワイライトよ」


 海堂銀夜の最高の仲間であり、最後に裏切った騎士と同じ姓を名乗り、彼の愛剣を携えた少女がそこにいた。


 っと同時に塔の上部から、鐘の音が鳴り響く。


 固く閉ざされていた塔の扉が鈍い音をたてながら、開かれて行く。


 なんの心構えもないままの僕を向かい入れるかのように。

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