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プロローグ

 突然ではあるが俺の身の上話に付き合ってほしい。


 俺の名前は海堂銀夜。


 歳は、まあ、享年でいうならば四十そこそこ。立派なおっさんだ。


 死因は交通事故という、君たちにしてみれば見飽きたものだろう。特にこういった小説の始まりとしては平凡すぎる。


 ただ、その人生は、特に青春時代はそれなりに波乱万丈だったと言っても差し支えないだろう。


 高校に進学し、しばらく経ったある晴れた日、俺は異世界に迷い込んだ。


 異世界といっても別の自分がいるような平行世界的なものではなく、剣と魔法のファンタジー的な異世界だ。


 異世界の名前は《ディオール》。


 俺が迷い込んだ時、その世界はまるで舞台を用意していたといわんばかりに魔王による大陸侵攻によって危機を迎えていた。


 そして、誰の脚本か俺は魔王を倒すために召還された勇者として扱われた。


 そこからの展開はまあ、数多の異世界の物語を読んで来た君たちには退屈なものかもしれない。


 魔王を倒すために仲間達と旅に出て、時に助け合い、時にぶつかり合いながら、苦難の果てに聖剣を手にして、魔王に挑み打ち勝った。


 今時、まずお目にかかることの無いような王道ファンタジーだ。


 それでも、詳細を書き出すと、長編になってしまうので割愛する。


 魔王を倒した俺は当然、ある選択を迫られる。


 その世界に留まるか、元の世界へ帰るのか。


 ちなみに、その世界に留まる以外に選択肢がないほど、勇者というのは特権の多い役職ではなかった。


 むしろ、有事の際の兵器として利用しようとする高官がいたことを考えるならば、魔王を倒している頃が絶好であろう。


 生憎と俺は様々な異性たちに言い寄られるようなフラグを立てることは出来ず、果ては共に旅した仲間達はそれぞれに想い人が存在し、俺の入る隙間など存在しなかった。


 まあ、ハーレムなんぞ無理でも、想い人は居た。


 俺の若さゆえの自惚れでなければ、相手もこちらを想ってくれていただろうと思う。


 彼女が俺がその世界に残るか悩む最大の理由であり、元の世界へ帰ることを決意した一番の理由であった。


 彼女と俺では色んな意味で住む世界が違っていた。


 あまりにも二人を隔てる壁は大きすぎて、気まぐれな神々によって勇者なんぞに祭り上げられただけのガキだった俺にはどうすることもできなかった。


 だから、俺は彼女の元を離れることにした。


 これが最善であったかを判断するのは、倍の年数を生きた今でも難しいが、若い2人がもっと良い相手を見つけられない可能性は無いに等しいと思うので、最善ではなくとも、悪手ではなかったと思う。


 今は元の世界に帰るときに彼女が見せてくれた笑顔を信じる他無い。


 さて、勇者としての栄光と淡い恋心を置いて帰還した俺はそれから平凡な日常を過ごす。


 確かにあの世界での経験は人生の糧となったが、例えばその経験を小説におこして大ヒットなんてことにはならなかった。


 俺に待っていたのはただ平穏な日々であり、少なくとも俺はそれを退屈には感じなかった。


 恐らく、平穏な日々の大切さを教えてくれた仲間のお蔭だろう。


 平凡な高校生活を卒業した俺はとある工場に就職した。


 そして、妻となる女性と出会い、付き合い始めて数年で結婚した。


 異世界の思い人を忘れた訳ではないが、その頃には彼女の幸せをただ望むだけになっていた。


 よくも悪くも大人になったという訳だ。


 その頃には余り他人に語る事を避けていた自らの旅の物語を娘の寝物語に語って聞かせた。


 あの時の旅のような奇想天外で興奮するような出来事のない平凡な日常であったが、これが幸せなんだと理解しながら過ごしていた。


 しかし、どれだけ平坦な道だろうと、凹凸ばかりのけもの道だろうと終わりというは案外突然訪れるものだ。


 別にその日は特別なものじゃなかった。


 異世界を巡り、あまたの強敵たちと戦ってきた経験やそれによって得た直観などはすでに錆びついたのか、終わりを告げることはなく、ただ俺は道路を横断している時に信号無視の車に跳ねられて死亡した。


 自分で言うのも何だが、異世界を救った勇者の最後としてはあまりにも絞まらないものだ。


 未練がないと言えば嘘になる。


 娘の晴れ姿だって見てみたかった。


 しかし、振り返ってみれば良い人生だった。


 人並み外れた体験もしたし、平凡な幸せも享受した。


 だから、この胸の内にある未練にも、まあ仕方ないと諦めることも出来た。


 これが海堂銀夜という男の身の上話だ。


 当然、これで物語は終了ではない。


 そうでなければ、長編などにカテゴリーされていない。


 しかし、主人公は俺ではない。


 これはなんの不幸か、俺の記憶を持って生まれてしまった青年の物語だ。

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