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数日後、文吾は出会い茶屋で、あだな商家の後家さんとよろしくやろうとしていた。
抱き合って口を吸いあっていると、絹を裂くような悲鳴が聞こえてきた。
「あれ、誰かが無理やり娘を連れてきたのかねぇ?」
後家さんは特に驚く様子もなく言う。
ところが文吾はその声に聞き覚えがあった。
(雪乃!?)
「今日はすまん。また今度っ。」
文吾は慌てて後家さんを放すと、部屋を出ていく。
「ちょいと!旦那っ。ほっときなよ!」
後家さんの言葉は文吾の耳には入らなかった。すぐに声のする方へ飛び出してゆく。
一部屋隔てたところから声が聞こえてくる。
「やめてください!放してっ!いやぁっ。」
間違いない、雪乃だ。文吾は襖を勢いよくあけた。
雪乃に抱きついている男を引きはがすと、思い切り殴りつけた。男は部屋の隅に転がるように倒れた。
「何をするか!貴様!何者だ!?」
男は喚いた。
「南町奉行所与力、立田文吾でござる。生娘を手籠めにするなどとは、お家に疵がつきますぞ。」
文吾は激しい怒りを抑えつつ男を睨みつけた。
「くっ。」
男はそそくさと逃げて行った。
「た、立田さまぁ!」
雪乃が抱きついてきた。文吾はその体を力いっぱい抱きしめた。
「ごめんなさいっ。ごめんなさいっ。やっぱりわたし、立田さまじゃないと駄目ですっ。」
雪乃は泣きじゃくっていた。
「すまねぇ。あいつ、俺が選んだ縁談の相手だな?変なの選んじまってほんとにすまねぇ。それにしてもなんで二人きりでこんなとこに来た?ここは出会い茶屋だぞ。」
「え?じゃぁ立田さまもどなたかと?よろしいんですの?」
「俺のことはどうでもいい。どうしてこうなったんだ?」
雪乃は仔細を話し始めた。
兄とともにこの近くの料理屋で縁談の相手方と一席設けたという。
酒肴を出され、兄は強か酔わされた。そのうち、相手方の付添人が俊也を連れて帰ってしまった。場所を変えようと言われ、何もわからずついてきたらこうなったと。
「俊也の馬鹿め。」
文吾は唇をかんだ。
雪乃は文吾が己を抱きしめる手を緩めないのを訝った。本当はずっとこうしていたかったのだが。
「・・・立田さま?」
「雪乃。話がある。そこへ座ってくれ。」
ようやく腕を放して文吾は言った。雪乃はきょとんとして、訝しげに座る。
「実はな・・・。ほんとは誰にも言いたかねぇんだが。言わなけりゃ始まらねぇからな。」
文吾はしばしの間考えこんでいる風だったが、雪乃の目を見て話し始めた。
「ガキの頃、高い熱を出したことがあってな。医者から、大人になったとき、子種ができなくなるだろうと言われたんだ。」
雪乃は黙って真剣に聞き入っている。
「だから妻を娶っても、子ができねぇ。その妻は世間からうまずめと後ろ指を指されるだろう。俺に子種がねぇのを知ってるのは、俺と母だけだ。親戚もやかましく妾を持てと言ってくるだろう。妻をそんな目に合わせるのは忍びねぇ。だから妻を娶らねぇんだ。」
それを聞いた雪乃は両手で口を覆い、涙を流していた。
「なんてお優しい・・・。」
それ以上は何も言えなくなってしまった。
「恥ずかしくて今まで誰にも言わずに来たが、雪乃だけには言う。何故かといやぁ、自分がお前に惚れてるってさっき痛ぇほど実感したからよ。」
「え・・・?」
雪乃は目を見開いた。
「お前が他の奴に触れられるってだけでこんだけ腹立つんだからよ。他へ嫁に行ったらどんな気になったことか・・・。」
文吾は苦笑した。
「雪乃。俺と一緒になってくれるか?」
その問いに雪乃は言葉が出ず、涙を流しながら首を小さく何度か縦に振った。