3
数日後、非番だったので、文吾は役宅の自室で書物を読んでいた。そこへ、
「文吾!文吾!」
と大声で呼ばれ、文吾は呆れ顔で振り向いた。
「何事ですか。母上。騒々しい。」
見ると、母親のお勝が瓦版を手に満面の笑みである。
「お前っ。よくやった!」
「はぁ?」
「これを見な。」
お勝は、水茶屋の看板娘だったが、五年前の流行り病で亡くなった、文吾の父に見初められて立田家に嫁入りしたのだった。そのためかちょっと乱暴な口のきき方をする。
差し出された瓦版には
(同心小町の恋。思い人は南町の与力立田某。)
などと書いてある。雪乃は小町娘として江戸で有名なのだった。
「これ、お前のことだろ?南町の与力に立田なんて、お前だけだろ?噂によれば器量だけじゃなくて、気立ても大層いい娘みたいじゃないか。お前、この娘をお貰い。」
「お貰いって、俺が妻をめとる気はないと、母上だってご承知でしょうに。」
「お前そんなこと言ってると、あっちの方だと噂されるよ。」
お勝は右手を左の頬に充てる仕草をした。
「大丈夫ですよ。しょっちゅう女と遊んでるんですから。」
「お前、まさかあのことで自棄になってるんじゃないだろうね?藪の言うことなんかあてにならないよ。」
文吾は黙り込んだ。
お勝は顔を知りもしない雪乃を気に入ったと言う。文吾だって、雪乃を憎からず思っている。
しかしどうしようもないのだ。