21話 その存在 ★【第一部】完☆
【21話】その存在
ガブリエルの姿は、花のまわりには1週間なかった。それは、花の心がガブリエルのことを拒否していたからなのか、ガブリエルの従う計画からなのかは、分からなかった。
月曜日になり、いつもと変わらない時間に起きて、いつもと変わらない通学路を使うけれど、あの浜辺で毎朝のように、ジャージ姿で体操をしている女性はやっぱり見当たらなかった。自転車をこぎながら花は思った。
≪当たり前だ・・・。自分の息子だろう子が、交通事故でなくなって、生活が変わらないなんてことあるわけないよね・・・。≫
前はそんな心の声を受け止めてくれていたガブは、今は近くにいない。少しだけ、ガブリエルのことが心配にも思えてきた。
花は、ふうりのおかげなのか、水族館へいくことによって、気持ちが少し晴れた気分にはなっていた。でも、花も先週はあまり元気がなかったが、もうひとり元気がない子が同じクラスにいた。それは、あの二ノ宮麗だった。今日の麗は、何か先週、夜も頑張っていたのか、目にクマができているようにも見えた。そんな麗が、花に何気なく近づいて来た。
「花ちゃん、今日の放課後とか時間あるかな?」
花は、ドキっとした。また、前みたいに麗と話ができるかもしれないと思ったからだった。
≪でも、今日は、ガブリエルがいない・・・。本当のふたりっきりだ・・・!。≫
花は、すごく慌てた。
「え!?・・・・う・・うん!大丈夫・・・放課後は何も無いよ!」
「じゃー。また放課後、理科室でね。」
花は、喜んで答えた。
「うん。」
そんな麗の誘いを花との席に近い、ふうりとヒロシにも聞こえていたのだった。
そう、麗は何故か花に惹かれて、前回も放課後に花と話をすることを望んだ。それは、花が清水先生の息子の病院へ行った日の前日だった。あの事故の前日・・・。花は、その時の麗との時間を思い出すと顔が赤くなる想いにかられた。
そして、放課後また、麗とふたりっきりで、話をするために、花はうれしい気持ちで理科室へと向かった。ドアを開けると、今回は先に、麗が花を待つように、理科室でひとり、夕日の光が照らしている理科室の中で立っていた。
麗は、その夕日のせいか、どことなく暗い雰囲気をかもしだしながら、花に声をかけた。
「ありがとう。花ちゃん、座ってくれる?」
麗は、理科室の長い長方形テーブルの反対側に手で花を招いた。花は、どことなく自分が想像していた空気とは違うのを感じて、麗に招かれた席に座りながら自然に質問が出てきた。それは、今できる花の麗に対する思いやりからだった。その質問になってしまったのは、その時の花にはしょうがないことだった。
「麗くん、何かあったの?」
麗は、その質問を聞いて、少し花を睨んだ後、花のその目が本気で”どうしたのか”を聞いていると自覚して、自分が1週間思い悩んでいたことを花がなんとも感じていなかったことを理解した。そして、バカバカしさからなのか、笑みを浮かべながら顔を下にうつむけて、テーブルの表面にある傷をみつめ話はじめた。
「花ちゃんは、ぼくが14年間、どんな想いで過ごしてきたのか、わかる?」
花は、麗がどうしてそんな質問をしてきたのか理解できなかったから、なんだか、思いつめている麗の前で、黙ったままになってしまい、そのまま少し沈黙が続いた。その沈黙に耐え切れずに、花は恐る恐る聞いた。
「・・・ごめん・・・。わからない・・・。」
「ぼくの小さい頃に、母は病気で入院することになったんだ。母が入院することで、父の仕事量はもちろん増えた。」
花は、どうしてそんな話をするのか、分からなかったけど、うなずくことだけはした。
「うん・・・。」
「そんな両親が、ぼくに言い聞かせてきたのは、”世の中のためになる人間になりなさい”ということだった。」
「うん・・・。」
「ぼくが両親に出来ることは、ふたりに納得してもらえるような、人間に1秒でも早くなることなんだ。ぼくの父は、弁護士で、ぼくが小さい頃から英才教育を受けさせてきたし、ぼく自身も色々な知識を得ることを受け入れていた。でも、このジパングという国が、自分のことしか考えない賄賂とかをする政治家などによって、色々な問題をかかえてることに気づいたんだ。」
「うん・・・。」
「だから、ぼくは、病気の母の分も頑張ってこの世の中を変えるような人間になろうと思ったんだ。そして、まずは知識を得て、どんな人の質問にも答えれるように成りたいと思った。」
「そうなんだ。」
「そして、最年少で”キング”になることで、まずはテレビの影響力を利用していく事がぼくのプランだったんだ。」
「キングってジパングでは物凄い人気があるからね。麗くんすごいと思うよ。」
花は、裏表なしに麗がすごいとおもって言ったが、それが気に入らなかったのか、麗は悔しそうな顔をして、両手で強く握りこぶしを作った。
「君がそんなことをいうなんて、皮肉かい?!」
「え!?ひ・・・皮肉って?・・・」
「はぁー・・・・。」
麗は、花のその様子をみたからなのか、深いため息をついたあと話始めた。
「ぼくらは、1週間前この場所で討論をしたよね。」
「と・・・討論って!?・・・」
「君からしたらあれは討論にさえ、なっていないということかい?」
花は驚いた。花の中では、1週間前の麗とこの理科室で話をしたのは、麗が何も隠さずに素直に話してほしいと言ってくれて、ただうれしさのあまり、ガブの言葉をそのまま伝えていただけの認識だった。何を話したのかさえ覚えていない。それをまさか、麗にとっては、あれが討論としてとらえてるとは、まったく思っていなかったからだ。
黙ったままの花に麗は続けて話した。
「ぼくは、あの時の君の話が本当だったのかを帰ってから調べてみたんだ。」
「ごめん・・・。どんな話だったっけ・・・?」
「ビックバン理論・進化論・そして、このジパングのマスコミは、アメリヤによって統制されていること。また、ジパングの古来より歌われてきた”君が代とカゴメカゴメ”は、ユダヤ人が昔つかっていたヘブライ語でやっと意味が通じるという内容だったね。それらのことを、ぼくは調べたんだ。君の言うこれらの話が事実なのかを調べれば、調べるほど、事実が表へと飛び出してきて、ぼくは理解した。君の話したそれらのことは、本当のことだったよ。」
花は、ただガブが話していた言葉を通訳のように、麗に話していただけだったから、その内容をまったく理解していなかった。本当にそんな話をしたのかさえ、覚えが無い。
「ぼくの家には、著名人たちがよく来ている。そして、そのみなさんの知識をぼくは吸収していった。でも”キング”になろうとして、努力してきたぼくを君は討論で勝ったんだ。そんな君をこの1週間ぼくは、見続けたんだ。君は、事実によってぼくにも知らないことを知っていた。君の態度は、オドオドしていたけど、その内容には真実味があった。あのオドオドした態度はぼくらを騙す為なの?」
「だ・・・騙すって!・・・そんなこと全然考えたこと無い!」
「でも、この1週間君を見続けたけど、君の才能はいたって普通にみえた。運動でも特にこれということをみせるわけじゃない。オドオドした態度は、何度か見せた。でも、そんな君がぼくに討論で勝った事実は、変わらないんだよ。その変わりようが、ぼくらを騙してないとしたら他にどんな理由があるっていうんだよ。」
花は気づいた。麗が聞こうとしているのは、ガブの存在のことなんだということを・・・。花は、1週間前の理科室では、ガブリエルが目にみえているし、隠し事ができない性格だから、ガブの話した内容をそのまま、素直に話してほしいという麗の言葉で、何も考えず開放してしまった。自分の気持ちを麗には、隠さずに話せると思って、心が舞い上がってしまっていた。そのオドオドした態度とガブの話の内容は180度、真逆のもの。他人からみたら、それは不自然に写っていたんだ・・・。
「それとも君は、二重人格者なの?」
麗の疑問は、口に出せば出すほど、深まっていった。その様子を花は、痛々しいほど感じていた。痛切な麗の質問は、花の心をどうしようもなく追い詰めた。もう・・・頭が混乱して、どうしていいのか分からない状態になって、あのワードを口にしてしまった。
「て・・・てんし・・・」
「ん?天使?」
「天使なの・・・天使がわたしの近くにいるの・・・。」
麗は、IQ130ある天才児だ。その花の言葉を聞いただけで、全ての疑問が開放された。天使という存在が花ちゃんの側にいる!そして、天使がいるのなら・・・。そう理解した瞬間、麗の目に映って来たのは、驚く光景だった。
【ここは、夕方の薄暗くなってきた理科室だったにも関わらず、麗の目に飛び込んできたのは、遥か壮大な蒼い空だった。目の前にいるはずの花の姿すら消え、自分の体もここにはない。理科室も一瞬で消えた。麗にみえていたのは、大空だった。目は確かに同じように開いている。あまりの驚きに、目をつぶることさえ出来ないほど、その空は壮大で、麗に飛び込んでくるようだった。その空には、大きな白い雲が壮大な空をかもしだしていた。その壮大な空全体が、時速1000kmほどなのか、ものすごいスピードで、麗の方角へと移動してきている。それは空が迫っているのか、それとも自分がそのスピードで動いているのか、それすら分からなかった。その存在は、圧倒的だった。その圧倒的な存在は、壮大な大空すべてが、”あの存在”だと理解した。大空なのに意思のある存在。】
そして、麗は、理科室へと戻ってきた。麗は、顔を横に振って、自分がみたあの壮大さは、何だったのか、そして、現実の理科室とのギャップを埋めるように頭を整理した。麗のその体感時間は、ものすごく長く感じたが、はたして花には、どれぐらいの時間だったのだろうか。14年間、努力し悩み悩みぬいたその答えが、一瞬に頭に入ったことで、脳内分泌ホルモンが急激に広がり、アハ効果(目が開らかれる瞬間)を生み出したのだろう。花は、実際にガブリエルをみることができてもそれを色々な意味で理解できなかったが、麗には違っていた。今までの14年間の努力の積み重ねが、一瞬で全ての謎を解き明かしたのだった。仏教でいうところの”悟り”なんていうただの哲学という生易しい体験どころではなかった。実際にそれは人間がどうこうできるレベルを遥かに超えていたからだ。それを理解できたひとつの理由としては、著名人による洗脳ではなく、何の裏表もない単純な花がきっかけとなったことで、真実味が増すのだった。
でも、麗の心に沸いてくる気持ちと言葉は、花の気持ちとはまったく逆だった。麗は、口を開いた。
「どうして・・・。どうして、君なんだ・・・。」
花は、驚いた。そして、花の心に突き刺さった。麗の言葉にも驚いたが、花の心を刺したのは、麗の目から出る涙だった。麗は、下唇を噛むようにして、言った。
「どうして、ぼくじゃなく、君のような子を天使は選ぶんだ!ぼくは、この14年間ずっと努力してきた。なのに、どうして・・・・花ちゃん・・・君なんだ・・・・。君なんかが選ばれるんだ・・・。」
花は、夢にまで出てくるほど、麗のことが好きだった。そんな彼が涙を流しながら花に向けた言葉をきいて、花は顔を両手で覆った。そして、大量の涙が花の目から流れた。その花の涙は、花の心が麗の言葉によって、傷つけられたよりも、好きだった麗の心を自分が傷つけたことの方が花の心を突き刺したのだった。
花は、涙を流しながら、立ち上がり理科室を飛び出した。
花と麗が、放課後、ふたりっきりで会うことを知っていたヒロシは、こっそり理科室の外の廊下で様子をうかがっていた。そうしたら花が涙を流しながら急に、走っていくのを見て、驚きヒロシは声をかけた。
「おい!花。どうしたんだよ?」
声をかけられた花は、少しヒロシを真っ赤な目でチラっとみたけれど、そのまま走っていってしまった。ヒロシは、そんな花を心配して追いかけていった。
その様子を影でみていたのは、ヒロシだけじゃなかった。ヒロシにも気づかれずそれをみていたのは、ふうりだった。ふうりは、花が泣いて走り出して行きヒロシがそれを追いかけるのを見ると、笑った。
もう薄暗い、放課後の学校には、ほとんど人がいない。そんなところを花は、口に手を押さえて、泣きながら走った。ヒロシは、そんな花に、1階の中庭の渡り廊下で追いつき、無理やり後ろから肩を掴んで、花を止めた。
「おい!どうしたんだよ!」
花は、うつむきかげんでそのまま泣いているだけだった。ヒロシは、花が麗にフラれたんだと思った。泣いている花にヒロシは言った。
「おれ・・・・花のこと好きなんだ。」
花は驚いて、泣いている目で、ヒロシの顔をみた。
「おれは麗みたいに、頭よくないし、ほんとバカだけど、お前にどれだけ、けなされても、ずっと嫌味を言われても、それでもお前の事、好きなんだ。これからも、花が何があっても好きでいられるとおもう。お前が今みたいに辛い思いをしてるの、嫌なんだ。麗みたいにおれは、お前を悲しませない!お・・・おれじゃーダメか?・・・。」
花は、右手を握り締めて、柔道をやっているヒロシの厚い胸をドンドンと叩いて言った。
「今、わかんないよ!・・・。わかるわけない!」
花は、ヒロシを突き飛ばして、そのまま走った。運動場のさらに裏には、もう誰もいないテニスコートがあった。そこで、花は叫んだ。
「ガブ!ガブお願い!ここへ来てよ。」
すると、もうほとんど暗くなった空の遥か上から、ガブリエルがその大きな翼を羽ばたかせ、どんどん花へと近づいてきた。花の場所に来るまでの時間はものすごく短かったけれどその動きはゆっくりに見えた。そして、小さいこどものようなガブリエルが花の前に来ると、花は泣きながら謝った。
「ガブ。ごめん。本当にごめん。わたし、ずっとガブの事ゆるせなかった。ガブがどうして、交通事故の子を助けなかったのか、ずっと責めてた・・・。でも・・・、ガブなんかより、わたしのほうが、もっとひどい。わたしは、14年間何もしてこなかった・・・。ただ、笑顔で楽しく過ごしてればいいと思って生きてたよ。でも・・・そのことで、他の人が傷つくなんて、思っても見なかった。しかも、14年間努力してきた麗くんを・・・。傷つけたのは、何もしてこなかったわたしが選ばれたことだったの・・・。ガブが何もしなかった事を責めてたのに、わたしなんて14年間なにもしてこなかった・・・。何もしないことで、人を傷つけることがあるっていうことを知ったよ・・・。」
泣きじゃくる花の頭をガブリエルは、優しくやっぱり縦になでて言った。
「能力によって、人は”ある方”から選ばれたわけじゃないんだ。花ちゃんがそうやって成長していく姿をみて、喜ばれてるだろうし、ぼくもうれしいよ。」
花は、強い意思を持ってガブリエルに言った。
「わたし努力する。麗くんみたいには、なれないだろうけど、今まで、すこしでも努力してる姿をみせていたら麗くんだって、傷つけることなかったんだもん。」
ガブリエルは、優しくうなずいた。
【21話】完




