1話 いつもと変わらない朝 ★【第一部】☆
エンジェル
【1話】いつもと変わらない朝
ジリジリリリリーー!!
物凄く頭に響く時計が、3度目の音を鳴らし、必死で手探りをしながら布団の中から手を伸ばし、時計の叫びを手のひらで止めた。
そして、数秒のうちにまた眠りへと落ちていこうとして、びっくりして飛び起きた!
「わぁー!!いま何時よ?!・・・」
7時45分、この時計は決して狂ってる訳でも、仕事をさぼったわけでもなく、時計は頑張って寝ている花を起こそうとしたのだが、健闘むなしく、その役目を全うすることが出来なかった。
花は、目をこすりながら、ドタバタと一階へと降りて行った。
「おはよう。花」
「お姉ちゃんは?!」
「瑠里はもうだいぶ前に学校に行ったわよ。」
「どうして、お母さん起こしてくれないの?!」
「だって、わたしが起こしたら、時計さんの仕事なくなっちゃうでしょ?そんな可哀そうな事、わたしにはできないわ・・・」
≪何を言ってるんだ・・・この親は・・・・こどもが学校に遅刻しても良いと思ってるのか・・・≫
花は、食パンに何もぬらずに、口に銜え、自転車に乗りこんだ。すると、隣の家のおばさんが玄関先で、植物に水を挿していた。
「夏沢さん。おはようございます。ふうりちゃんは、もう学校に行きましたか?!」
「ふうりなら、もう行ったわよ。」
「はーい。分かりましたー。行ってきまーす!」
物凄い勢いで、自転車を走らせて、慣れた毎日の道のりを進む。
【わたしの名前は、井田中花14歳中学2年生。わたしを起こさずに、薄情にも先に学校へ行ってしまったのは、姉の井田中瑠里。隣に住んでるのは、とても可愛いけどちょっと雰囲気がある幼なじみの夏沢ふうりちゃん。今日この日も、いつもと変わらない日常のはじまりだった。だから、終わりも、もちろんこのまま終わるのだと思っていたけど、今日から平凡で、誰とも違わなかった人生があんなに変わってしまうとは、それまではまったく分かって無かったと今になってそう思います。
坂の上の住宅街を抜けると、その先には海が見える。海と道路との間には線路があって、もくもくと煙を出して走るSL汽車が海を横にして走る光景はとても心ひかれる。汽車は一日2回しか走らない。一緒に競争するように、ふうりちゃんと自転車をいつもなら走らせるんだけど、今日は汽車の姿はもちろんないから、本当にやばい・・・。海外線沿いに自転車を走らせて行くと、いつものようにジャージ姿の女性が体操をしたり、体を動かして運動をしています。そして、道路を進むと途中で、この街で唯一の駅が見え始めるわけ。大きくも小さくもない駅で、これぐらいの時間だと、出勤する大人や高校生の方々が、ぞろぞろと駅の中に入って行く。最近だけど、そんな通勤時に20歳前後の男のひとが、ギターを持って、朝から歌ってるの。こんなに人が多い場所で、人前で歌を披露するなんて、すごいなーって思いながら走って行くんだけど、今日はもうその曲は聴こえない時間みたい・・・。
海岸線沿いの道は、風景も道路も変わらないから、走ってる間になんだか気が遠くなった様に感じて、同じ場所をずーーーっと走ってる錯覚さえしてくる。そう思えたぐらいに、やっと学校が見えてきた。】
≪や・・・やばい・・校門・・誰もいない・・学校の先生すら、姿が見えないなんて・・・。≫
花は、自転車置き場に衝突するように突っ込み、まだその衝撃が残っている間に、自転車のカゴに手を伸ばして、チェーンを取り、すばやく鍵をかけた。走って校舎に入り、自分の教室へと向かうが、どの教室ももうホームルームの最中だった。教室の前で深く深呼吸をしてから、ゆっくりとドアを開けた。
すると、ちょうど先生は黒板に何か書いている最中だった。クラスの後ろの子たちはみんなして、花をみていたけど、花は先生に見つからないように、静かにすばやく動きながら自分の席に、何もなかったように座った。
前の先生をみたら教頭先生だった。
≪やったー!・・今日、教頭じゃん。何も気付いてないよw≫
それもそのはず、教頭先生は今年で60を超えたご老人。しかも、中国人よりも細い?と思わせるその目は、たぶん現実の物体を把握できないほどの視力だとみんなから、うわさされている。ラッキー。
教頭は、ゆっくりとホームルームの最後に言ってきた。
「では、今日の日直は、井田中さんですね。」
「あ。ハイ!」
「1時限目が、はじまる前までに、この黒板を消しておいてください。」
「あ。ハイ!」
ホームルームが終わると、花はほっとしながら、教壇の前に黒板を消しに行った。すると、教頭が横から声をかけて来た。
「もう遅刻しないようにね。井田中さん。」
≪うわ>< この教頭。ちゃんと見えてるじゃん!!・・・≫
「はい。分かりました。もうしません!」
花は、申し訳なさそうな顔で、教頭先生をみたけど、やっぱり先生の目は細すぎて、瞳の影すらみえなかった。あれで、本当に見えてるんだろうか・・・花はそう思いなおした。
≪でも、この教頭のおかげで、なんとか無事に、学校生活が送れる。あれ・・・でも・・・そういえば、清水先生は今日どうしたんだろ・・・?≫
「ねー。今日、清水先生はどうしたの?」
「あー。清水先生ね。お子さんが体調を崩したからって今日は欠席みたいだよ。」
【清水信子先生。先生のお子さんは、白血病で入院しているらしい。だから、たまに欠席することがある。いつも笑顔で、それでいて厳しい先生、それが清水先生だ。】
【1話】完