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彼女の裏事情  作者: CORK
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第8話

今回、ちょっと笑いは少なめです。それを楽しみにしている方は申し訳ありません。

 千帆の部屋は、清潔で適度に女の子らしい部屋だった。

 どうやら引っ越し後の荷物の整理はすでに終わったらしく、暖色系でまとめられたベッドカバーやカーテンにより、部屋には明るさと温もりが感じられた。

 ベッドの脇や棚の最上段には可愛くて癒されると評判のぬいぐるみ達が所狭しと自己主張していて、部屋中に彩りを添えている。

 それに負けないほどの存在感を示すセンスのいいインテリア達も、それに一役買っている。

 そしてそんな部屋の中央には綺麗なガラス製のテーブル。ともすれば下品になってしまいがちなその凝ったデザインと大きめのシルエットは、部屋の雰囲気と絶妙にマッチしていて、部屋のイメージや華やかさを壊すことなく、むしろより一層それを引き立てていた。

 派手過ぎず地味過ぎずでセンスのいいその部屋に、あたしは『千帆らしいな』という感想と、少なからずの好感を抱いた。


「可愛らしくていい部屋だね、千帆」

「ふふ、ありがと」


 率直な感想を述べると、千帆は嬉しそうに微笑んだ。

 今日の彼女は、片側の縦一直線にだけついたフリルが可愛らしい、胸元の開いた白いロングスリーブのシャツ、さらにそれの裾と胸元からインナーの黒をポイントとしてチラ見せ。開いた首元をカーキ色っぽいストールで上手い具合に装飾し、パンツにはいい感じに色落ちした細身のデニムを合わせている。

 いつもは下ろしていることが多い緩やかなウェーブを描く髪は、今日は後ろでまとめられていた。本人曰く『勉強用』らしい髪型は、ただでさえ大人っぽいその雰囲気を更に大人びたものにしていた。


「ホントホントっ☆ わたしもこんな部屋にしよっかな」


 セリフで分かると思うけどこれは朱里の言葉。

 朱里は、白を基調としているが袖の黄色い、いわゆるラグランの7分丈Vネックシャツを着ている。かすれた灰色のような文字で描かれた英語のロゴが印象的だ。カモ柄のショートパンツは目に鮮やかで、その下にくるぶしまで届くほどの長さの黒いスパッツを穿いているようだ。頭には暖かそうなファーと綺麗な装飾が施されたキャップを被っている。奔放な彼女を表しているような元気いっぱいのファッションだ。

 補足説明をしておくと、部屋の中は暖かいのでみんなアウターは脱いでいる。


「そんな、大したことないってば」


 誉められて恥ずかしいのか、照れたように手を振る千帆。う〜ん、同じ女としてムカつくほど可愛いなコイツ。


「謙遜することないよ。確かに可愛いしお洒落な部屋だし。沙耶にも見習わせたいね」

「あんた、あたしの部屋入ったことないでしょ」


 このムカつく言葉を吐いてくれた相手は新。

 ロングスリーブの青いニットからインナーの白いシャツの襟元だけを出し、首からは大きな十字架のついた銀のネックレスと、それより一回り短い麻のような素材のネックレスを二重に下げている。そのキレイめな雰囲気を崩したようなダメージデニムは不思議とコーディネイトにマッチしており、あたしには彼が噂ほどセンスのない人物には思えなかった。まあ実際は、巷で変人と呼ばれている彼の誹謗中傷の噂が、尾ヒレ背ヒレのおまけ付きで学校中に知れ渡っただけの話なんだろうけど。


 さて、当のあたしはというと、ファーのついたデニム素材のジャケットを脱いで、素肌が肩まで見えるほど前が大きく開いた白のロゴ付きの黒いセーターに、股下くらいまでの長さがあるショッキングピンクのタンクトップを合わせている。その色の組み合わせは、例えるなら某音楽ショップのHM○のロゴをイメージしてもらえると分かりやすいと思う。合わせた細身の灰色のショートパンツの下には黒のストッキングを穿いている。


「さて、キャラ紹介も終わったところでそろそろ帰るか」


 何でだよ。

 まだ1ミクロンも勉強してないから。


「てゆーかキャラ紹介が長いっつーの☆」


 いいでしょ。

 登場人物の服装とかが分かった方が読者も映像を思い浮かべやすいじゃない。


「あ、でもあたしは沙耶に賛成かな。著者の力量不足は認めざるを得ないけどね」


 出会ってからまだ2週間の千帆があたしの一番の理解者というのが何だか悲しい。あたしが今まで築いてきた友人関係なんて、所詮こんなもんだ。


「さて、それじゃ勉強はじめますか」


 千帆の言葉を合図に、全員が鞄からノートや参考書の類を取り出す。まさに鶴の一声だ。2週間前に転校してきたばかりの子に一番リーダーシップがあるって言うんだから情けない話だ。

 それからあたしたちは、互いの欠点を補うように勉強を始めた。英語が得意なあたしは、それが苦手分野だという新に教え、逆にあたしが不得意な数学は千帆に教えてもらう。科学が苦手な千帆は朱里からそれを教わり、朱里は新から国語を教わっていた。

 見事にお互いの得意な教科と苦手な教科が噛み合ったわけだ。まさに奇跡的というか願ってもない偶然だったけど、当然と言えば当然だよね。だってこれ、小説だも〜ん。フィクションの世界なんて得てしてそんなもんよ。


「さて、じゃあちょっと休憩にしようか」


 勉強が一段落ついたところで千帆がそう言った。時刻は16時45分。見ると、ここに来る前に買ってきた1.5リットルのジュースがすでに底をついていた。


「あ、じゃあ俺買いに行ってくるよ。そんな軽い買い物でもないしな」


 女ばかりとは言っても、さすがに1.5リットルのジュースくらいなら誰でも持てるだろうに、新は変なところだけフェミニストだ。


「あっちん、一人で行くつもりなの? わたしも付き合ってあげようか、べいべ?」


 これは朱里の言葉。朱里はいつの間にか新のことをあっちんと呼ぶようになっていた。

 あたしと千帆は、2人の好意に甘えることにする。


「じゃあ、悪いんだけどお願いできる?」

「オッケー☆ あっ、ついでにお菓子も買ってきていい? いいよね? やったぁ、ありがとう♪ みんな大好き☆」


 朱里は一人で暴走をはじめた。こうなると彼女は止められない。


「あ〜も〜はいはい勝手にすれば。じゃあ飲み物とお菓子の代金は、2人が帰って来てから割り勘ってことでいい?」


 朱里の暴走を軽く流して、あたしは新と千帆の2人に問いかけた。


「ああ、俺はそれでいいよ。ちょうど小腹も空いてきたとこだし」

「あたしも構わないよ」

「わぁ、やったね♪ それじゃあっちん、早く行こうすぐ行こう今行こう☆」


 2人の答えを聞くと同時に一層瞳の輝きを増す朱里。こういうところは純粋に可愛いと思う。いくらなんでも普段は破天荒に過ぎるが。


「ちょっと待てって、朱里。沙耶に千帆ちゃん、じゃあ行って来るな」


 ドタバタと騒がしい2人──騒がしいのは主に朱里だけだけど──が部屋から出ていく。


「本当、3人とも賑やかで楽しい人だよね」


 千帆は本当に愉快そうに笑った。あたしからすればあの2人と同類扱いされるのは心外なんだけど……まぁいいか。


「そういえば千帆、こんなにうるさくして家族の方は怒らないの?」


 あたしは不意に疑問に思ったことを千帆に尋ねた。


「あ、大丈夫。姉妹はいないし、親は仕事で遅くまでいないから」


 そういえば、最初にこの家に上がった時も、他に誰かがいるような気配はなかった。

 テレビもついていなければ音楽も聴こえず、もちろん微かな話し声さえも聞こえない空間に、千帆には悪いけどあたしは少なからず寒々しさを覚えたほどだ。


「じゃあ、千帆はご両親と3人暮らしなんだ?」


 何気なく、本当に何気なくあたしはそんな質問をした。

 返ってきた答えは、あまりに突拍子もなく、あまりに予想外のものだった。


「……いや、2人暮らし。うちって母子家庭なんだ。あたしが中学生の時に父親が愛人を作って家を出ていっちゃったからさ」


 ……マズイことを聞いてしまった、と思った。


「あっ、でも全然気にしないでよ? あたしはもう慣れちゃったし、父親のことはあんまり好きじゃなかったし、それに……えっと……」


 言葉に詰まる千帆。今の彼女の少し困った寂しそうな笑顔は、しばらく忘れることは出来なそうだ。下手したら夢に出てきちゃうかも。

 しかし同時にあたしは、不謹慎ながら千帆がこの話をしてくれたことを少し嬉しく思った。父親が愛人を作って云々の下りは、千帆の考えひとつでいくらでも隠すことが出来たはずなのだ。それを隠さずに話してくれたことが、嬉しかった。


「ありがとう」

「え?」


 あたしは自分の気持ちをそのまま千帆に伝えた。

 案の定千帆は、あたしの言葉に驚き、戸惑っていた。


「いや、そんなに言いづらいことを話してくれてありがとう。千帆があたしのことを友達だと思ったから、話してくれたんでしょ」

「あ……。う、うん」


 笑顔のあたしとは対称的に、千帆は呆然とした表情。まるであたしが言った意味を噛み締めてるみたいに。


「あはっ、千帆からしてみたら、お前何言ってんのって感じだよね」


 あたしは自嘲気味にそう言って、小さく笑った。


「千帆、寂しかったでしょ? 今まで一緒にいた父親が急にいなくなって、学校から帰るといつも一人なんだもん」


 あたしは割と家庭には恵まれている方だから、正直彼女の寂しさは想像がつかない。

 単なる平凡な学生であるあたしに、彼女をどうこう出来るとも思わない。

 でもだからこそ、傷の舐めあいなんかじゃなく、本当に彼女の寂しさを埋めてあげることが出来ると信じたい。

 だから──。


「だから寂しくなったらいつでもあたし達に言ってね。そしたら寂しいって感じる暇もないくらい、バカ騒ぎしてあげちゃうから。そういうの得意だしね」


 少しだけおどけて、あたしは言った。

 相変わらず千帆は、先程の表情のまま固まっている。

 しかしそれは、程なくして少しずつ笑顔に変わっていった。


「……ありがとう」


 とても心のこもったありがとうだと思った。

 千帆がそうであるように、あたしも自分の表情が満面の笑みに変わっていくのが分かる。


「あたしさ、前の高校でもこの話を友達に聞かせたことがあったんだ」

「え?」


 突然千帆がポツリポツリと話し始めた。


「親友だと思ってた子。あたしが前に住んでた家にその子が遊びに来た時にね、今の話をしたの」


 淡々と話す千帆。

 あたしには言葉を発することが出来ない。千帆がやけに神妙な面持ちだったからだ。


「あたしは彼女のことを信用してた。だからこの話をしたの。でも彼女、すごい困った顔してたなぁ」


 その子の気持ちは分からないでもない。多分、あたしも最初はそんな表情をしていたと思うから。

 そんなあたしの考えを知ってか知らずか、千帆は小さく乾いた笑い声をあげ、先を続けた。


「1週間後にはもう学校中に広まってたな。その子以外はだれもあたしの父親のことは知らないから、その子が話したんだろうね。前の学校、内申にしか興味のないような真面目な人ばっかりだったから、それからはいっつも皆に白い目で見られるようになったな」


 ひどい……。

 そんな言葉しか頭に浮かんでこない自分が悔しかった。

 彼女の悲しみや心の痛みを共有出来ない自分が悲しかった。


「沙耶、そんな顔しないで。沙耶がああ言ってくれて、あたし本当に嬉しかったんだからさ」


 そう言って気丈に笑う千帆。


──彼女は、なんて強い子なんだろう。


 思い出したくもない辛い過去を思い出し、まだ会って間もないあたしにその話をしてくれただけでなく、そのあたしが悲しい顔をすると慰めの言葉さえかけてくれる。

 そして何より、以前学校中に白い目で見られるきっかけになってしまった、彼女にとってはこれ以上ないくらい辛い話を、今あたしに話すことが出来た勇気。


──彼女は、なんて強い子なんだろう。


 あたしはそう思わずにはいられなかった。

 しかし、この後の千帆の言葉の内容は、あたしの考えを微妙に否定するものだった。


「この話をしたのはね、実はちょっと沙耶を試そうと思ったの。沙耶には悪いけどね」


 ──…は? 試す?


 あたしには最初、さっぱり意味が分からなかった。

 混乱するあたしをよそに、千帆は続けた。


「いや、今の話は嘘じゃないよ? ただ、早い段階でこの話はしちゃいたかったの。いつまでもこんな話を一人で心に秘めてるのは嫌だし、もしも沙耶がそのことであたしと友達でいられないと思うなら、あたしもそんな子と友達でいられる自信がないからね。そんな薄っぺらい友情にいつまでもしがみついていたくないってのもあるけど」


 千帆は一呼吸でそう言い切ってみせた。

 あたしはというと……頭の中で言葉を形作ることが出来ず、すっかり固まってしまっていた。

 したたかと言うか頭の回転が早いと言うべきか、彼女の考えはあたしのそれを遥かに凌駕したのだから。


「そして何より──なんとなくだけど、沙耶は信用できる気がしたからね」


 付け加えるようにそう笑う千帆。

 まるで犬が家族に対して優劣をつけるように、あたしは千帆に対して思った。

「絶対に敵わない」

と。


「じゃあ、これからも友達付き合いよろしくねっ」


 そう言う千帆の表情は、今まで見た彼女の笑顔の中でも一番きれいなものだった。


──彼女は、なんて強い子なんだろう。……色んな意味で。


 ニコニコと笑い続ける彼女に、あたしはただただ圧倒されるだけだった。



[12月3日(土) 晴れ]

 今日は沙耶、朱里、新くんの3人と勉強会をした。

 途中からあんまり勉強会って雰囲気ではなくなっちゃったけど、とにかく楽しかった。

 言葉や行動がとにかく面白くて可愛らしい朱里に、ひたすらマイペースな新くん。

 それを少し呆れつつ、暖かい目で眺めている沙耶。まあ、ちょっとツッコミが過激だけどね。

 なんだかバラバラな3人だけど、一緒にいるととっても楽しくて、勉強会なのに笑いが絶えなかった。

 それはそれで問題な気もするけど、やっぱ楽しいのが1番だよね。


 それと……あの話を沙耶にした。

 前の学校であんなことがあったから、友達っていう存在が懐かしくて、浮かれていたのかもしれない。

 でも、少なくとも沙耶ならみんなに言いふらしたりはしない、と思えた。

 正直怖かったのは確かだけど。

 ひかれるかな、って思ったけど、沙耶はとっても素敵な笑顔であたしのことを友達だと認めてくれた。

 照れ隠しで色々言っちゃったけど、本当は涙が出そうなくらい嬉しかった。

 沙耶の気持ちや言葉が、本当に暖かくて。


 あたしは今日、確信した。

 この学校では、きっと上手くやっていける。

 だってあたしには、こんなにも暖かい友達がいるんだから。



P.S

 買い物から帰ってきた朱里ちゃんは何故か怒っていて、新くんは苦笑いをしていた。

朱里ちゃん曰く

「わたしの出番がちょっと少ないんじゃないのぉ? 絶対近いうちにわたしが主役の番外編を書かせてやるんだから♪」

ということなんだけど。

意味は分からなかったけど、覚悟はしておいた方がいいかも。



※※※※※※※※※※※※



◇有村沙耶の裏事情ファイル・その8◇


・計算高いようで実は情に脆く、情にほだされると騙されて怪しい壺とか買っちゃうタイプ(長ぇよ)。

 ちょっと長かったですが、楽しんでいただけたでしょうか。

 要望があれば、朱里が主役の番外編も本当に書いてみたいと思います。

つまり、いつまで経っても番外編が始まらなければ、一切要望がなかったと思ってください(笑)

 でもまあ、朱里は自分的にも書きやすいキャラクターなので、もしかしたら要望がなくても書いちゃうかもしれませんが(笑)

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