第6話
朝の登校風景。
ある者は友人との会話に華を咲かせ、ある者は参考書片手に通学路を急ぎ、またある者は自転車で颯爽と道を駆けていく。
まあ、つまりは至って普通の朝だ。
でも、その普通のはずの朝に、ただ1つだけ普通じゃない光景があった。
あたしと新が2人で登校しているという事実がそれだ。
と言っても、別に待ち合わせの約束をした訳ではない。
何のことはない、たまたま朝の通学途中で一緒になったから、こうして一緒に登校しているだけ。
昨日あんなことがあった翌日の朝にたまたま出会っちゃうなんて、小説って便利!(禁句)
でも、そのたまたまのせいで周りからえらく奇異な目で見られているのを強く感じる。
「あれ、玉山だよな?」
「なんでアイツが有村さんと一緒に登校してんの?」
「うっそ、あの2人って付き合ってんの?」
「いやいやいやいや、ありえないから。絶対にありえない」
そんな感じで、周りは好き勝手なことを言っている。
「なんか周りから言われてない? ていうかすごい視線を感じるんだけど」
これは新の言葉。
あたしは他人の視線に晒されることには慣れている。
でも新はそうじゃない。
……大丈夫かな? 新。
「あ、でもこのみんなからの視線がちょっと快感になってきたかも……」
変態かよ。
気持ちわりぃよお前。
「あっ、沙耶ちゃ〜ん」
突然の背後からの呼び掛けに、あたしは振り返った。
声の主は、もちろん朱里。
彼女はあたしを見つけるといつもこうやって走ってあたしの所まで来る。
人懐っこい猫のようで可愛らしい。
「朱里、おはよ」
「も〜に〜ん。ってあれ?」
新の存在に気付いたのか、朱里は彼の方を見つめて声をあげた。
「玉山くん……?」
突然名前を呼ばれた新は、どうも、と一言だけ呟いて小さく頭を下げた。
当の朱里は、訝しむような視線をあたしと新に向ける。
昨日あたしから新の罵倒を散々聞かされておきながら、あたし達が2人で登校しているのが不思議なようだ。
そして、朱里はあたしに向かってゆっくりと口を開いた。
「まぁ別にどうでもいいや。それより沙耶ちゃん」
別にどうでもいいのかよ。
めちゃめちゃ大袈裟な前ふりしちゃったよ。
「……なに?」
予想外の展開に勢いを削がれたあたしは、それだけ聞き返すのが精一杯だった。
「噂で聞いたんだけどさ、今日転校生が来るらしいよ」
「……え? ホントに? こんな中途半端な時期に」
またベタな展開だな、と思った。
「あ、その噂、俺も聞いた。なんかすごい人が転校してくるって」
新が会話にそう口を挟む。
なんかすごい人? またそんな抽象的な。
新の言葉を受けて、朱里がさらに続けた。
「そうそう。聞いた話によると、オプションとして猫耳と尻尾が付いてきて、体重がりんご3個分で、常にオーバーオールを着てるらしいよ?」
うん。それ某ミス・キティキャットだよね。肖像権の侵害だよ?
「え? 俺が聞いた話では、お腹にポケットがついてて、たまに頭に変な物体を付けて空を飛んでたりする猫型ロボットだって」
うん、それ某未来型ドラキャットだよね。そろそろ訴えられるよ?
余談だが、もしネズミに噛まれてなくなった耳が彼に残っていたとしても、あたしには彼が猫には見えない。
というか、この子たちは何でそんなにまで猫にこだわるんだろうか。
噂がこんなにも逸脱したところまで飛躍しているとなると、転校生が来るという噂自体が疑わしく思えてくる。
「いや、沙耶ちゃん。転校生が来るのはホントらしいよ」
とうとう朱里まで、あたしの地の文に反応してくるようになってしまった。
もう好きにしてよ……。
「あっ、じゃあ逆にさ、沙耶はどんな転校生に来てほしい?」
「あっ、それ聞きたい! 玉山くんナイス♪ さっすが、伊達に変な顔してないねっ☆ よっ、失敗ヅラ!」
「うん。じゃあ話は弁護士さんを通してしようか柴田さん」
2人はまるで畳み掛けるように言った。地味にコンビネーションばっちりな気がするのはあたしだけだろうか。
「う〜ん……どんな転校生に来てほしいか、ねぇ……。あんまり希望はないんだけど」
「まあ、些細なことでもいいからさ」
「聞かせてよ、沙耶ちゃん」
じゃあ、と一言だけ前置きして、あたしは自分が思う理想の転校生像を2人に話し始めた。
「まず男の子の2人組ね。そんで、俺たちはいつでも2人でひとつだったとか言っちゃうような地元じゃ負け知らずのイケメンくんで、昔からこの街に憧れてて、故郷を捨て去ってデカイ夢を追い掛けて笑って生きてきた2人かな。で、名前はシュ○ジとア○ラね」
「冷静になれよ。ミ・アミーゴ」
朱里から補足説明的なツッコミが入る。
「長いし分かりづらいし、ファンの人に怒られるぞ?」
少し呆れたような新の言葉。 だって、最近好きなんだも〜ん。
ちなみにあたしはシ○ウジ派で、朱里はアキ○派だ。
「大体、転校生が来るって行っても、どのクラスに来るか分かんないぞ」
言われてみればその通りだ。
別に『ウチのクラスに転校生が来る』って言われた訳じゃないし、そもそも新はクラスが違う。
ここで勝手に転校生について盛り上がっていたところで、実は全然違うクラスに来るかもしれない。
ま、どっちでもいいけど。
さっき言った理想の転校生像は、それこそあくまで理想であり、本当にそんな人が来るなんて思っちゃいない。
というか、本気でそんなことを考えちゃうような人は多分病気だと思う。
と、そんなことを考えている間に、あたし達はいつの間にか学校に着いていた。
あたしたちは玄関で靴を上履きに履き変えると、クラスの違う新とは途中で分かれて、教室の中に入った。
「はい。みんな、ちょっと聞いてくれ。転校生を紹介するぞ」
うちの担任教師が、教室に入ってくるなりそう言った。
あ、来ちゃった。やっぱりうちのクラスに来ちゃった。
死ぬほどベタベタな展開じゃないっすか。
あたしは、作者の展開力の乏しさに頭を抱えた。
「はじめまして、七海千帆と言います。みなさん、よろしくお願いします」
そう言って軽く頭を下げる彼女。
担任は彼女の名前を黒板に書き記した。
七海千帆。七つの海に千の帆と書いて七海千帆。
何やら壮大な名前だ。
少なくともコメディー向きではないな、と思ったけど。
その時、あたしは周りの男子がやけに騒がしいということに気が付いた。
そして、その理由はすぐに分かった。
七海千帆という転校生の、透き通るような白い肌と肩で切り揃えられていて、ふわくしゅって感じにウェーブした綺麗な黒髪。触れたら折れてしまいそうなほど華奢な体。そして何より、全体的に小作りで整った顔立ちの中でも一際目を引く、少し切長な目に長い睫毛。
神秘的な雰囲気を称えた彼女は、相当の美人だった。
そりゃクラスの男子も騒ぐ訳だよね。こんな綺麗な子が転校生として現れたんだから。
この中の何人が『何とか彼女と親しくなって、あわよくば付き合いたい』という、トランプタワーより儚い望みを抱いたことだろう。
「ライバル出現かもね、沙耶ちゃん」
前の席に座る朱里が、そう耳打ちしてくる。
あたしにはいまいちその言葉の意味が分からない。
「つまりね、あんな綺麗な子が現れちゃったら、沙耶ちゃんのアイドルの座も危ういかもねってこと」
あ……なるほど。
そういう意味でライバルか。
でもまあ、学校中のアイドルなんて肩書きはいいことばかりじゃない。
だから、言うならば痛み分けじゃないだろうか。
……ちょっと違うか。
「じゃあ、七海さんは……そうだな、窓際の一番後ろの席に座ってくれ」
あ、あたしの隣だ。
でも、その場所にはどう見ても机と椅子なんかない。
「あ〜、しまった。七海さんの分の机と椅子を用意しとくのを忘れてたわ、はっはっは」
いや、忘れてたって。はっはっはじゃないよ先生。
転校初日にして転入生に空気椅子でもさせるつもりだろうか、この教師は。
そりゃまた随分と陰湿で遠回しないじめだこと。
「悪いけど男子のうちの誰か、視聴覚室に行って使ってない机と椅子を取って来てくれないか」
担任教師がそういうと、クラスの半分近い数の男の子たちが、一気に凄い勢いで立ち上がった。
その表情は、何だか殺気立っているようにすら見える。
「せっ、先生! 俺が行ってきます!」
「あっ、てめえ抜け駆けすんじゃねぇよ」
「じゃあ俺が行ってきま〜す」
「待てやこのハゲデブメガネコラァ!」「うっせえこの××××が!てめえなんか×××の××でも××××してろや!」
(自主規制)
うわ、この子たちもチョイ役のクセにまたものすごい暴言を吐くもんだ。
どうやら、転校生に優しいところを見せて、得点稼ぎを狙っているらしい。
……誰でもいいから早く行ってくんないかなぁ。
そんなあたしの願いも虚しく、結局、誰が机と椅子を持ってくるか決まったのはホームルームが終わる頃になった。
「あ、有村。今日は七海さんに教科書を見せてやれな」
担任教師は教室を出ていく直前に、思い出したようにそんなことを言った。
「あ、はい」
あたしは素直にそれに従う。というか、断るような人はきっとそうそういない。
「ごめんね」
と、七海さんは申し訳なさそうにあたしに言う。
転校生なんだから仕方ないだろうに、随分と律儀な女の子なんだなぁ。
「あ、いいのいいの。気にしないで」
あたしは笑顔でそう言って、自分の机を七海さんの机の方に寄せた。
普通は教科書を見せてもらう方が机を寄せるのが当たり前だが、別に七海さんが教科書を持っていないのは彼女に落ち度があった訳ではないし、転校生に多少優しくしてあげても罰は当たらないだろう。
「あっ、あたし有村沙耶っていうの。沙耶って呼び捨てでいいよ。よろしくね、七海さん」
こんなような言葉、確か昨日も新に言ったなぁ、と心の中で苦笑を浮かべる。
少し馴れ馴れしいかとは思ったけど、それと同時に転校生には馴れ馴れしいくらいの方がいいか、と無理やり自分を納得させる。
まだこの学校のこと右も左も分からなくて不安だろうし、七海さんにもひとりくらい親しく話せる相手がいた方がいいだろう。
「うん、よろしく。 有村さ……じゃないや、沙耶」
そう言ってニコッと笑う七海さん。
その笑顔は同じ女のあたしから見ても、とても綺麗なものだった。
「じゃあ沙耶、あたしのことも千帆って呼んで」
「うん。分かったよ」
「ふふっ、いきなり友達が出来ちゃったな」
そう言って、千帆は嬉しそうに微笑んだ。
それにつられて、あたしも思わず頬が緩む。
「あ〜、いいないいな〜。わたしだって沙耶ちゃんのこと沙耶なんて呼んだことないのに〜」
朱里だ。相変わらず上手いこと会話の流れをブチ壊してくれる。
朱里のいきなりのハイテンションに、千帆は困ったような驚いたような笑顔を浮かべた。
「千帆。紹介するね。この子は柴田朱里っていうの。あたしの友達だよ」
「うっす、千帆ちぃ!朱里だよっ☆ わたしのことも呼び捨てか、もしくは魅惑のジャイアントデスストーカーAKARIって呼んでね☆」
なんだそれ。
あたしにはさっぱり意味が分からなかったが、千帆は声をたてて笑っているので、まあよしとしよう。
それにしても、あたしよりもよっぽど馴れ馴れしいヤツがいたよ。
ちなみに、ジャイアントデスストーカーとは、砂漠に棲息する、凶悪なほど凄まじい猛毒を持つサソリの名前らしい(朱里談)。
妙に意味深な気がするのはあたしだけだろうか。
まあ何にせよ、千帆が仲良くやっていけそうな子でよかった。
これからの学校生活が、更に楽しくなりそうな気がしたあたしは、2人の(というか朱里の)バカな話を聞きながら、いつの間にか笑顔になっていた。
……ってあれ? てっきりホームルームが終わったら千帆は男子に質問責めにあうものと思ってたけど、男子がやけにおとなしい。
どうしたんだろう……?
[ちなみに、舞台裏の男子どもの会話]
「七海さんと有村さんが一緒にいたら、緊張して話かけられないよなぁ」
「いや、つーかさ、俺的には朱里ちゃんも可愛いと思うんだよね」
「あ〜、分かる分かる! あの天真爛漫さがいいよな! ちっちゃくて可愛いし」
「でも転校生の七海さんも、すごいきれいだよなぁ。クールビューティーって感じ?」
「いや〜、でもやっぱ有村さんもすごくいいよ。その2人の可愛さときれいさを兼ね備えた感じ?」
「あの3人が一緒にいるんじゃ、誰にアピールしていいか分かんないよな」
「うちのクラスにこの学校のきれいどころが揃ったのは嬉しいけど、誰かひとりに絞んなきゃいけないのが辛いよな」
「しかもあの3人、この短時間で友達になっちゃったっぽいしな。誰か1人にアピールしたら、他の2人に伝わっちゃうぞ、多分」
「1人に絞んなきゃダメかぁ、やっぱ……」
「あ〜、あの3人のうちの誰でもいいから俺と付き合ってくんないかなぁ」
「ホントなぁ」
[男どもの会話なんて、こんなもんです。※管理人談]
※※※※※※※※※※※※
◇有村沙耶の裏事情ファイル・その6◇
・主人公なのに濃いキャラに押されて、最近陰が薄くなりがち。
・ここに書く内容もそろそろ苦しくなりがち。
こんな駄文をいつも読んでくださっているみなさん、本当にありがとうございます。