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彼女の裏事情  作者: CORK
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第5話

 今回、いつもと比べると少し長いですが、最後まで読んでいただけたら幸いです。

 勘のいい読者の方ならすでにお気付きのことだろう。

 そう、あたしを助けてくれた相手は、他ならぬ玉山新その人だったのだ。


「あ〜〜っ!玉山!」


 あたしは思わず大声をあげる。もう校舎内にはいないだろうと思われた玉山が、今こうしてあたしの目の前にいて、しかもあたしを大参事から救ってくれたのだ。

 なんか……嬉しい。よく分かんないけど。


「こんなに暗い階段を走って降りたりしたら危ないよ」


 ……返す言葉もない。

 何だか気恥ずかしくて、とても玉山と目が合わせられなかった。

 助けてもらったお礼を言わなきゃいけないのに、言葉が出てこない。

 人前では素直で可愛いはずの有村沙耶は、玉山の前だとやけに意地っ張りで可愛くない有村沙耶になっていた。

 あたしの考えをよそに、玉山はさらに言葉を続けた。


「ところで右手は大丈夫か? とっさのことだったから思いきり引っ張っちゃったけど」


 そう言えば凄い勢いで引っ張り上げられたもんなぁ。

 肩を脱臼とかはしてないみたいだけど……。

 あたしは軽く右腕の肩や肘、さらに手首を動かしてみる。

 痛みはまったく感じない。


「……大丈夫みたい」

「そっか。それはよかった」


 あたしの無事を確認すると、そう言って玉山は壁に手をついた。

 何をしているんだろう? と思って様子を見ていると、急にパッと廊下が明るくなった。 どうやら玉山は、壁についている電気のスイッチを入れたらしい。


(眩しい……)


 暗闇にすっかり目が慣れてしまっていたあたしは、急に点灯した蛍光灯に思わず両目を瞑った。

 玉山も、よくこんな暗闇の中であたしの右手を的確に掴めたもんだ。

 感心を通り越して少し不思議だったが、まぁ彼も暗闇に目が慣れていたんだろう。そうでもないと説明がつかない。

 そんなことを考えていると、玉山がきょとんとした表情であたしを見下ろしていることに気付いた。


「なに? どうしたの」

「いや、いつまでも足広げたまま尻餅ついてるから、パンツ見えないかな〜と思って」


 玉山の言葉の意味をあたしは一瞬理解しかねた。

 しかし、その直後、自分の体勢が正に玉山の言うそれになっていたことに気付く。

 焦ったあたしは、慌てて足を閉じて両手でスカートを抑えた。


「……痛っ」


 とっさにスカートを抑えた左手から、あたしは激しい痛みを感じた。

 どうやら、玉山に右手を引っ張られて思いきり尻餅をついた時に左手首を捻ったらしい。

 まさか右手じゃなく左手が怪我しているとは思わなかった。

 あたしは少し他人事のように自分の左手首を眺めていた。


「どうした?」


 あたしの異変に気付いた玉山が、心配そうに駆け寄ってくる。


「いや、右腕は何ともなかったんだけど……さっき手をついた時に左手首を捻っちゃったみたい」

「痛むのか?」

「ちょっとね」


 玉山にはそう言ったが、実はかなり痛い。正直、あたしは痩せ我慢をしていた。

 でも、これ以上玉山の前で醜態は晒したくなかった。

 ついさっきまで心の中であんなに罵倒していた玉山に助けられた。

 それだけでなく、あたしは無様に怪我をして、それを玉山に心配されている。 あまりにも惨めじゃないか。

 あまりにも立場がないじゃないか。

 あまりにも……玉山に対して悪い気がしてくるじゃないか。


「仕方ない。保険室はもう閉まってるだろうから、とりあえず水で冷やそう」


 そんなあたしの考えに気付いた素振りもなく、玉山はただただあたしのことを心配してくれている。

 理由の分からない涙が出そうになるのを必死に抑え込む。

 それからあたし達は玉山の言葉に従い、水飲み場に向かうことにした。

 たった50メートル足らずの距離を歩きながら、あたしの心の中は自己嫌悪でいっぱいだった。



 玉山に付き添ってもらい水飲み場に着いたあたしは、蛇口を捻り水を流すと、その水で手首を冷やした。

 ひんやりとして気持ちがいい……って言いたいところだけど、この時期に延々と手を冷やし続けなければならないのは少し辛い。

 自業自得なんだから仕方ないって言っちゃえばそれまでなんだけど。

 もう、いっそのこと手の感覚がなくなるくらい冷やしてやろうかな。


「ねぇ有村さん。ハンカチ持ってる?」


 玉山からの突然の質問。あたしにはその意図が分からないけど、ハンカチなら鞄の中に入っているはず。

 あたしは訳が分からなかったので、ハンカチなら鞄の中にあるけど、と事実だけを伝えた。


「ちょっと貸して」


 ……本当に突然だな。何に使うつもりなんだろう。

 でもまぁ、玉山には大きな借りがあるし、ハンカチくらい貸してあげてもいいか。

 女の子からいきなりハンカチを借りようとするそのデリカシーのなさに少し呆れつつも、あたしはハンカチを探すべく右手で鞄の中をあさった。

 が、ない。鞄にあるはずのハンカチがなくなっている。

 でもあたしはいちいち大袈裟に驚いたりはしない。 そんなことはもう慣れっこになってしまっていたから。


「あ〜……、落としたか、そうじゃなかったら盗られちゃったみたい」

「は? 盗られた? ハンカチを?」


 玉山は、何を言ってるのか分からない、とでも言いたげだ。

 まあ、気持ちは分からないでもない。

 もしあたしが玉山と同じ立場でも、同じようなリアクションを取っただろう。


「信じられないでしょ? でもたまにあるんだよね。鞄の中身を確認したら、何かがなくなってること」

「……」

「携帯のストラップにキーホルダー、筆入れ。あ、一番笑ったのは、お弁当箱から箸だけ抜き盗られてた時。あれはびっくりしたなぁ」


 そう言ってあたしは無理やりあははと笑ってみせた。


「笑ったって……」


 玉山は反応に困ったようにそれだけ呟いた。

 話すべきじゃなかった。いきなりこんな話を聞かされても、相手だって対応の取りようがない。それくらいのことは自明の理なのに。


「……それ、先生にはちゃんと言ったのか?」


 玉山はしばらくの沈黙のあと、そう言葉を繋いだ。

 少し表情がこわばっている。


「ううん、もしも大問題になってホームルームの議題とか全校集会とかになっちゃったら恥ずかしいじゃない?」


 有名税みたいなもんだから、と笑って、気にしていない風を装う。

 これ以上玉山に心配されたり優しくされたりするのは、ちょっと耐えられそうにない。

 気付くと、冷たい水に晒し続けた左手はすでに感覚をほぼ失いかけていた。

 このままでは凍傷になってしまうかもしれないと思い、あたしは蛇口を捻って水を止める。


「……誰がそんなことを」


 犯人の予想はついている。

 多分、あたしのファンを名乗っている人間のうちの誰か。

 でも、あたしはこれ以上この会話を続けるつもりはなかった。

 だからあたしは、半ば強引に話題を変えた。


「ところで、ハンカチなんて何に使うつもりだったの?」


 あたしの言葉を受けて、玉山は思い出したようにああ、と呟いた。

 質問には答えず、自分の鞄を物色しはじめる彼。

 そしてその数秒後、鞄から取り出された彼の手には、ハンカチが握られていた。

 淡い青色をした、清潔感漂う花柄のハンカチだ。

 ……っておい。


「持ってるんだったら最初から出してよ」

「ん?」

「ハンカチ」

「ああ。だってほら、有村さんにわざわざ洗濯して返させるのは偲びないと思ったからね」


 あたしが玉山の言葉の意味を図りかねていると、彼は蛇口を捻って水を流し、豪快にハンカチを濡らしはじめた。


「お〜、冷て」

「な、何してんの?」

「ん? 見れば分かるだろ? ハンカチを濡らしたの」


 おどけた口調でそう言い放つ玉山。

 これは俗に言う『馬鹿にされている』というやつだろうか。

 と、突然玉山の手が伸び、あたしの左手肘間接の少し下辺りを掴む。


「きゃっ!」


 あたしは驚いてそんな声をあげてしまった。

 なぜか玉山があたしの左腕をしっかりと握っている。

 認めたくはないけど、あたしはその玉山の行動を不快にも思わなかったし、嫌悪感も覚えなかった。


「な、なに?」


 戸惑うあたしの左手首に、玉山は濡れたハンカチを巻きはじめた。

 あ、これは本当にひんやりして気持ちいい。

 ……じゃなくて、え? これ、このハンカチ、これはどういう意味?


「応急処置。いつまでもここで手を冷やしてる訳にはいかないだろ? そろそろ帰らないとマズイんじゃないの?」


 玉山にそう言われてはじめて気が付いたけど、室内だけじゃなく窓の外までもうすっかり真っ暗だ。

 携帯電話を取り出して時刻を見てみると、液晶には20:42と表示されていた。 ウチの学校は午後9時で全校生徒を強制的に帰宅させるので、猶予は事実上あと17分ちょっとしかない。

 確かに、部活もしていないあたしがこれ以上校舎に残るのはさすがに体裁が悪いし、遅くなるに連れて帰り道を歩くのが怖くなっていってしまう。


「……ごめん、じゃあこのハンカチ借りるね」

「どうぞ」


 そう言う玉山は笑顔だった。

 なんとなく安心する笑顔だった。

 念のために言っておくが、相変わらず、あたしの中には彼に対する恋愛感情なんか一切芽生えていない。

 それだけははっきりと断言できる。

 でも、もしかしたら、玉山となら友達ぐらいにはなれるかもしれない。

 というのも、実はあたしには、今の今まで男友達が出来たことがない。

 同級生、先輩、後輩、出会いだけを見たら数はそんなに少なくない。

 でも周りの男の子達はいつも、あたしを妙に神聖視してくるか、何でか必要以上に警戒してきた。 そんな環境の中で男友達なんか出来るはずもない。

 でも玉山なら、とあたしは思った。

 玉山なら、あたしを特別扱いせずに、

普通の女友達として付き合ってくれるんじゃないだろうか。


「家は近いのか? 途中まででも送るよ」


 そういう玉山の声は、すぐ隣から聞こえてきた。

 今までみたいに遠くない、すぐ隣から聞こえる声。

 ま、悪くはないかもね。


「有村さん」


 玉村があたしに話しかける。


「沙耶でいいよ」


 あたしの口からは、やけに素直にそんな言葉が出てきた。

 ……うん。悪くないよ。

 玉山は、少し恥ずかしそうに

「分かった」

と頷いた。

 そして彼は、じゃあ俺も新でいいや、と照れ臭そうに言った。

 その仕草が妙に面白くて、自然と笑みがこぼれた。


「じゃあ、新。なに?」

「ん?」

「さっき有村さん、って呼んだじゃない?」


 ああ、と言いながら新は頭を掻いた。

「これちょっと重要な話なんだけど」

「? なに?」


 一呼吸置いて新は続けた。えらく真剣な表情で。


「今回の話、ちっともコメディーっぽくないよ」

「……」


 真顔でこんなことを言えちゃうコイツにちょっと感心する。

 真剣に話を聞こうとしていた自分が可愛く思えて、何だか笑いが込み上げてきた。


「……沙耶、なに笑ってんの?」

「うん。新って面白い顔してるなぁと思って」

「パールハーバーに沈めるよ?」

「冗談は顔だけにしてよ」

「そっか。死にたいんだな」


 馬鹿な会話だな、と思った。

 それがやけに面白くて、あたしは笑いが止まらなかった。

 辺りはこんなに真っ暗なのに。

 気付くと新も笑っていた。


「新も、何笑ってんの?」

「いや、階段でのあり……沙耶の顔が面白かったなぁと思って」

「あ、喧嘩売ってる?」

「もうあの時の表情と言ったら……アイドルって言うよりも、害毒? みたいな」

「いや、別に上手くないし。顔面が害毒って意味分かんないし」


 しばしの沈黙のあと、新がぷっと笑いを吹き出す。

 あたしも堪えられずに笑いだしてしまう。

 たまらずあたし達は爆笑する。

 アイドルと呼ばれているあたし。

 みんなの前では素直で可愛らしいアイドルのあたし。

 そんな有村沙耶の、本当の顔を知ってる人がいてもいいよね。

 それがものすごい美少年でもワイルドなイケメンくんでもないのがちょっと不満だけど。

 この日、学校中のアイドルであるあたし、有村沙耶と、学校中で変人と呼ばれている玉山新に、深い関わりが出来たのだった。



※※※※※※※※※※※※



◇有村沙耶の裏事情ファイル・その5◇


・コメディーの主人公のくせに笑いがなくても気にしない(致命的)。



 コメディーなのに、非常に笑いが少ないですね(笑)それを楽しみにしていた方は申し訳ありません。

 あと、名前は出していいものか分からないので伏せますが、感想をくれた方ありがとうございました。今回、アドバイスを受けて書いてみたのですがどうでしょう?

 それでは、これからも楽しんでいただけたら幸いです。お目汚し失礼しました。

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