第4話
「へ〜、沙耶ちゃんが振られるなんてねぇ」
朝の登校時間、たまたま朱里と一緒になったあたしは、昨日の出来事を彼女に話した。
撫然とした表情のあたしを見て、朱里はさも面白そうに笑う。
「そんなに面白い?朱里」
あたしは笑顔で朱里にそう問いかけたつもりだったけど、自分でも笑顔がひきつっているのが分かる。
「そりゃあも〜、沙耶ちゃんが振られたんだよ?もうなんて言うか、わたし的には笑いを噛み殺すのに必死みたいな?」
あぁ神様、願わくばこの女にものすごい天誅が下りますように。
「あたしからしたらこんな屈辱ないから!ものすごい美少年に振られたならまだしも、なんで玉山なんかに……」
昨日の光景を思い出したあたしの体は、怒りと屈辱でわなわなと震えた。
「仕方ないんじゃない? 確かに沙耶ちゃんはわたしの目から見てもすごいキレイだしなんなら愛してるしあわよくば抱かれたいけど、人には好みってものがあるんだから」
「いや、そりゃそうかもしんないけどさぁ、相手が玉山っていうのはなぁ……」
って、ん?
この子、今サラッととんでもないこと言わなかった?
(……あたしは何も聞いてない、うん)
自分にそう言い聞かせ、あたしは心を落ち着かせる。
「そのことはもうこの際、さっさと忘れちゃいなよ」
朱里はそう言うが、残念なことにあたしの頭の中には消しゴムはついていない。
現在の医療技術をもってしても、頭の中に消しゴムの移植手術は出来ないだろう。
出来ないだろう、っていうか、もしかしたら出来ることは出来るかもしれない。ただ単に、やったら民事訴訟が起こるだけで。
「いやでもほら、沙耶ちゃん、勉強は出来るけど、結構頭はよろしくないというか単細胞というか、まぁバカなんだから、すぐに忘れられるでしょ」
あぁ神様、願わくばこの女の家が火事にあって全焼しますように。
教室についてからも、授業が始まっても、あたしはどうやって玉山を落としてやろうか、そればかり考えていた。
おかげで授業はうわのそら、内容なんてほとんど覚えちゃいない。
自分で言うのもなんだけど、あたしは普段の授業態度は真面目だから、先生方には『具合が悪いのか?』なんて心配されたりした。
先生、ごめんね。あたし、男のこと考えてたの〜☆
何て言ったら多分教室中が静まりかえるだろうな。
さて、授業中に『どうやって玉山を落としてやろうか』なんて考えてた訳だけど、よく考えたらあたしは彼のクラスすら知らない。
同じ2年生っていうのは分かってるんだけど、何組なのかは見当もつかない。
ま、あいつ有名人だから、誰かに聞けばソッコーで分かるんだろうけど、なんだかそれはあたしのプライドが許さない。
変に誤解されて妙な噂がたっても困るしね。
ということは、やっぱり自力で見つけるしかない、っていうことか。
ま、いいや。放課後の校舎をブラブラしてたら、そのうち会うでしょ。
……。
……。
いや、さっぱり見つからないんですけど。
ちょっとどうなってんの、そこのキミ?
いや、キミよキミ。今この小説を気持ち悪い顔で見てるそこのキミ。
玉山はどこにいるの?
え? 知ってるはずないだろって?
使えねぇ。
あぁ、ウソウソ! ウソだから戻るボタン押さないで!
あたしをもっと見て! もっとあたしのことだけ見ててよ!
いや、傷つくからそんな汚物を見るような目で見るのやめてくれる?
別に好きでもなければ格好いいわけでもないヤツを一時間以上探すハメになってるんだから、そりゃ現実逃避もしたくなるってもんでしょ?
そりゃ掟破りの読者とのトーキングタイムも設けたくなるってもんでしょ?
なに? そんなの自分には関係ない?
コロス。
あぁ、ウソウソ! ウソだからお気に入りリスト開いてどっか行こうとしないで!
あたしのそばにいて! ずっとあたしのそばから離れないでよ!
……。
[不適切な内容がありましたことをお詫びいたします。申し訳ありませんでした]
さて、冗談はこのくらいにしてそろそろ本気で玉山を見つけないと、日が暮れてしまう。
というかもうこの時点で日は大分暮れていて、辺りは相当暗くなっていた。
ところどころ電気のついた教室もあるのだけれど、廊下は電気がついておらず真っ暗だった。
(経費削減だかなんだか知らないけど、勘弁してよ。可愛い生徒が階段から足を踏み外したりしたらどうすんのよ)
学校のシステムに悪態づいても仕方がないことは分かっているんだけど、あたしからすればそんな気分にもなる。
人気のない校舎を延々と歩いていた影響か、あたしはだんだん不安になりはじめていたのだ。
我ながら臆病とは思うけど、夜の校舎内ってすごい気味が悪い。
というか、そもそもあたしは元来、人一倍怖がりな性格なのだ。
情けない話だけど、本当に怖いホラー映画を観たあとなんかは、明かりを点けていないと眠れなくなったりする。
そんなあたしが人気のない夜の学校を1人で黙々と歩いてるわけだ。怖くない訳がない。
それを意識しはじめた途端、恐怖が次から次へとあたしの中に湧き上がってくる。
大げさだと思うかもしれないけど、本当に怖い。
怖い怖いってしつこいかもしれないけど、本当に怖い。
あたしは、玉山なんかを探すためにこんな時間まで学校に残っていたことを後悔し始めていた。
(ていうか、どう考えても玉山だってもう帰ってるよね)
どうしてそんな当たり前のことに今まで気が付かなかったのか、自分でも疑問だが、こんな真っ暗な校舎内に残っているのなんて教師や部活動をしている生徒、それに用務員のおじさんくらいだろう。
(……帰ろう)
あたしはそう決めると、小走りで玄関に向けて走り出す。
あ〜、ちょっと本気で怖い〜!
と、慌てすぎて足がもつれ、あたしは階段から転げ落ちそうになる。
──やばっ、落ちる……!
その後に襲いかかってくるであろう衝撃を予期して、あたしはぎゅっと目を瞑った。
しかしその一瞬後には、あたしの全く予期しない事態が起こっていた。
あたしの右手を、何かがものすごい勢いで後ろに引っ張り上げたのだ。
その何かとはどうやら人だったらしく、その相手とあたしは階段の踊り場に思いきり尻餅をついた。
(た、助かったぁ……)
どうやら、助けてもらっちゃったらしい。
あたしは尻餅をついた痛みも忘れて、もしこの階段から落下していたらと考えてぞっとしていた。
鼓動がまるで早鐘のように高鳴るのを何とか押さえ込み、あたしはほっと安堵の溜め息を吐いた。
あたしを助けだしてくれたその相手は、地面にうずくまって『いつつつ…』と言いながらお尻をさすっている。
「ご、ごめんなさい!大丈夫ですか」
ってあれ?
あたしは妙な既視感を覚えた。
──この構図、どこかで……。
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◇有村沙耶の裏事情ファイル・その4◇
・小学生並に怖がり。
・行き詰まると読者との会話をはじめる(?)