第3話
100人目のターゲット云々を置いといたにしても、あたしは放課後の学校をブラブラするのが好きだった。
音楽室や各教室からは軽音楽部の演奏が聴こえてくる。グラウンドを見下ろせば、サッカー部や野球部が寒空の下で声を張り上げながら走っていた。
(ん〜、なんとなく優越感)
同じ学校の人間があくせく運動やら楽器の練習にいそしんでいる時に、あたしは自分の意思で悠々と校内を徘回している。
それが、自分でもよく分からない優越感を自分に与えていた。
そんなことを考えながら校内を歩き回っていると、突然廊下の陰から何かが飛び出してきた。
あたしは為す術もなくそれと激突する。反動で、その場に思いきり尻餅をついてしまった。
「痛ったぁ〜…」
「いつつつ…」
あたしとぶつかった相手は、痛みのせいかその場で座り込みながらうつむいてしまっていた。
そのため、顔を見ることは出来そうもないが、どうやらこの高校の男子生徒らしい。
しかも、どうもあたしと同学年のようだ。
どうしてそんなことが分かるかと言うと、豊南高校では学年ごとに上履きの色が違うのだ。1年生は赤、2年生は緑、3年生は青、といった具合に。
「ごめんなさい、大丈夫?」
あたしは痛むお尻をさすりながら、激突した相手に言葉をかけた。
「あぁ、こっちは大丈夫。そっちは大丈夫?」
「うん、大丈夫」
「そう?悪いな、ちょっと急いでたんだ」
そう言って顔をあげる彼。あたしは少しワクワクしながら彼の表情を覗き込んだ。
なんでワクワクしてるんだって? 決まってるじゃない。少女漫画なんかでは昔からこういう展開の時は、ぶつかった相手は美少年だったりするのがセオリーでしょ? なんなら法律で義務づけられていると言っても過言じゃない(過言)
だから彼もきっと、すごい美形な男の子…の…はず…?
「あ」
思わず声に出してしまっていた。そこにいたのは絶世の美少年でもなければ、ワイルドで男らしいイケメンくんでもない。
学校中で『変人』との呼び声が高い、玉山新その人だった。
ちなみに『たまやましん』ではなく『たまやまあらた』と読む。あ行の母音しか使われていないという、地味に舌を噛みそうな発音の名前だ。
もちろん、ルックスの方も10人並。取り立ててセンスがいい訳でも、運動が出来る訳でもないらしい。あくまで噂だけど。
「しまった。少女漫画じゃなくて、少年漫画の方だったか」
そう独り言を言うあたしに対して、玉山は不思議そうな視線を投げ掛ける。
少女漫画のセオリーでは、廊下で主人公の女の子が激突する相手は例外なく美少年。
では、恋愛系の少年漫画では? というと、冴えない主人公の男の子と絶世の美少女が激突して恋に落ちるのがセオリーなのである。
「主人公はあたしのはずなのに…なぜか玉山にとって都合のいい話になってる…」
「…あの?」
「実はこの冴えない男の子が主人公だったとか…?あぁ、でも名前とか出て来ちゃったし、この子との絡みで結構行数も使っちゃってるし、実はものっそい主要キャラくさい…」
「もしもし?」
「ってことは、恋愛系のストーリーのセオリーとして、いろいろ紆余曲折あった後に、あたしはこの男の子と結ばれちゃうのかも…」
「これコメディーだから大丈夫だと思うけど?」
「はっ」
玉山の言葉で、あたしは自分が一人の世界に入り込んでいたことに気付いた。
一人の世界っていうか、裏の事情に首を突っ込んじゃった気もする。
「有村さんは漫画の読みすぎで頭が可哀想な人になっちゃったんだね」
玉山もまた、初対面の相手に対してとんでもない名誉毀損発言をするもんだ。毒舌では朱里といい勝負かもしれない。
どちらにしても、次に彼とあたしが会うのはきっと家庭裁判所だろう。弁護士を呼べ。彼を告訴する。
…ってアレ? なんで玉山があたしの名前を知ってる?
あたしが不思議に思って玉山を見つめると、彼はこともなげに答えた。
「有村さん、有名だから」
なんと、あたしの疑問は3秒で解決してしまった。そうか〜、あたし有名なんだ。へ〜。74へぇ。
「トリビアネタはもう若干古いと思うよ?」
地の文にツッコミを入れるのはやめてほしいもんだ。っていうか思ったことに対してツッコミを入れられるなんて、もしかしてあたしはサトラレなのだろうか。
「違うよ、俺がサトリなんだ」
「あら〜、そうなんでちゅか〜?偉いでちゅね〜、よちよち」
「…ごめんなさい、もう言いません」
ま、さっきからバカな話しかしていない気がするが、ここで彼に出会ったのも何かの縁なのかもしれない。
100人目のターゲットは、彼に決めてしまってもいいかもしれない。
──よし、決めた!玉山新を100人目のターゲットにします!
となれば、善は急げ。早速玉山があたしに好意を持つように仕向けなくちゃ。
自分から好意を持たれるように仕向けてる時点で、なにかが根本から破綻してるような気もするけど、自己満足ってそういうものでしょ?
「ねぇ、玉山く〜ん」
「ん? なに? っていうか有村さんも、なんで俺の名前」
「そんなこと気にしないの。それより〜、こんなところで話すのも何だし、せっかくだからカフェでも行かない?」
そう言ってあたしは、例の自慢のスマイルを玉山に向ける。このナウいヤングにもバカウケなスマイルで彼はメロメロのイチコロなはずだ。
「あ、ごめん」
──…ごめん? そんな告白あったっけ?
「俺、これから家に帰って『暴れん坊代官 〜越後屋、そちもワルよのう、いえいえお代官様ほどでは〜』を見なきゃいけないんだよね」
──…暴れん坊代官? 越後屋? そちも? ワル? よのう?
…はぁ!?
「じゃ、そういうことで。バイバイ」
……。
……。
そして一人残されるあたし。
玉山はすでに後ろ姿すら見えない。
これって…フラれた…んだよね?
しかも生まれて初めてフラれた相手が、あの『変人』玉山新?
さらにさらに、その理由が『暴れん坊代官〜越後屋、そちもワルよのう、いえいえお代官様ほどでは〜』?
あ……。
なんかすっごい屈辱感。
ていうか、ものすご〜くムカついてきた!
こうなったら、もう意地だ。 100人目のターゲットはアイツ! もう絶対に変えない!
絶対にアイツがあたしを好きになるように仕向けてやる!
見てろよ、玉山新!
──こうして、あたしは玉山新に雪辱を誓うのであった。
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◇有村沙耶の裏事情ファイル・その3◇
・『暴れん坊代官〜越後屋、そちもワルよのう、いえいえお代官様ほどでは〜』が理由でフラれる女。
苦情やダメ出しも含めて、ご意見やご感想をお待ちしております。