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彼女の裏事情  作者: CORK
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第26話

 それからあたしと剛は、デートに明け暮れた。

 剛の勤めているバーにも何回か行ったし、映画や食事、遊園地、水族館、クラブ……。それこそ一分一秒を惜しむかのように、あたしたちはいつも一緒にいた。

 幸せだった。不満は何もなかった。

 ──ただ。

 剛は、たまにすごく寂しそうな顔をしている。

 一瞬後にはすぐに笑顔を作るので、ともすれば見逃しかねないその表情。

 でも、そのたった一瞬が、あたしの胸をひどく締め付けた。


 ──剛は、あたしと一緒じゃ楽しくないの?

 ──無理して楽しそうな笑顔を作っているだけなの?

 漠然とした不安。でもそれは、押し潰されそうなほど大きな不安。

 その表情の意味が分かったのも、ある日のデート中のことだった。



「東京に、行くんだ」

 あたしたちは、初めて出会ったカフェに来ていた。待ち合わせ場所で会った時から、剛はずっと深刻そうな顔をしていた。

 いくら尋ねても剛は何も答えてはくれず、あたしが諦めかけた頃、蚊の鳴くような声でポツリと彼は言った。

 「……え」

 あたしは聞こえない振りをした。そうすれば、たった今聞いたばかりのその言葉が、嘘に変わるような気がして。

 でもそれは所詮淡い期待に過ぎなかった。

 繰り返すように言う剛の口調は、今度はハッキリとした力強いものだった。

「東京に行く」

 あたしはしばらく何も言えなかった。言葉を探していた訳ではない。頭が真っ白で何も考えられなかった。

「あ、観光でも行くの? 行ってらっしゃい」

 そうやって冗談にするつもりが、あたしの声は明らかに震えてしまっていた。それでもあたしは続ける。

「あ、それともディズニーランド? いいなぁ、あたしも行きたい。あ、でもディズニーランドは千葉か。あはっ」

「沙耶」

 剛は強い語調であたしの言葉を遮った。その声には強い意思が感じられて、あたしは泣きそうになった。

「俺はこれから、東京で暮らすんだ」

 あたし達の住む街から、東京は遠い。学生のあたしにおいそれと行き来できるような距離じゃない。

 だから、剛に何とか冗談だと言ってほしかった。あたしがおどけていれば、剛はそのうちその真面目な表情を崩して

「冗談に決まってんじゃん、バーカ」

とか言ってくれそうな気がした。

 でもその一瞬後の剛の言葉によって、それはあたしの勝手な幻想に過ぎなかったんだということを思い知らされる。

「店長に誘われた。東京で、本気でバーテンダーの勉強をしてみないかって」

「……」

「俺は、行ってみたい」

 あたしは何も言えない。

 言葉が、出てこない。

 行かないで、とも言えない。

 あたしも連れて行って、とも言えない。

 ただ呆然と剛の言葉を聞いているだけだった。

「すぐ、帰ってくるんだよね?」

「……いや。少なくても3年は向こうにいることになると思う。下手したら、ずっと帰って来ないかもしれない」

 大げさに聞こえるかもしれないけど、その時のあたしはまさに絶望のどん底に突き落とされたような気分だった。

「ここからが本題だ」

 そう言うと、剛は一層表情を引き締める。

「沙耶も、一緒に来ないか」

「えっ」

 正直に言うと、それは予想出来ない展開ではなかった。恋人からそんな話を真剣にされるなんて、そういう話か別れ話くらいしかあたしには思い浮かばない。

 あたしは、正直戸惑っていた。

「もちろん、すぐにとは言わない。でも、急な話なんだ。出来れば3日以内に返事をもらいたい」

 剛の話はそこで終わりらしかった。


 3日。

 これからの運命を託すにはあまりにも心許ない時間だ。

 それでも、考えるしかないことは分かっていた。

 剛と東京に行くか。

 こっちに残るか。

 あたしは、何故だか分からないけど、泣きだしそうになる自分を抑えるのに必死だった。



 家に帰っても、しばらくは頭が真っ白。

 茫然自失でベッドに寝転んで、目を閉じた。

 眠るつもりはない。ただ、疲れたのだ。

 言葉って人を疲れさせる力もあるんだな、なんてあたしはどうでもいいことを考える。

 ふと、誰かの声が聞きたくなった。

 相談がしたい訳ではない。ただ、何だか無性に寂しかったのだ。

 なので、あたしはケータイを手に取った。

 剛には電話出来ない。じゃあ誰に──。

 考えるより先に、あたしのケータイを持つ手は動きはじめていた。



「沙耶? どうした」

「……」

 あたしが電話の相手に選んだのは、新だった。

 何故そうしたのかは分からない。陳腐な言い方だけど、手が勝手に動いたとしか言いようがない。

「……新」

「沙耶? 泣いてるのか」

 新に言われて、あたしははっとして頬に手をあてた。涙は流れていない。

 ドラマなんかではこういう時、登場人物が無意識に泣いてしまっているパターンが多い。

 だけど大丈夫。

 あたしは泣いてなんかない。

「泣いてる訳ないじゃん! なんであたしが泣くの? ちょっと暇でさぁ、仕方なく新にでも電話してやろうかと思って」

 自分でも分かる。空元気。

 心配をかけまいと振る舞った明るさは、逆にどこか不自然なものになってしまっていた。

「泣けば?」

「え?」

 突然の新の言葉に、あたしは面食らった。

「泣けばいいじゃん。楽になるらしいよ? ドラマとかで観た」

 あっけらかんとした新の言に、あたしはむしろホッとしていた。

 いつも通りの新。表には出さないけど、あたしを心配してくれている新。

 何だか、安心する。

「だからぁ、なんであたしが泣くの? 楽になるもなにも、あたし、辛くもなんともないんだから」

 だけどあたしの口から出た言葉は、驚くほど気持ちとは裏腹な物だった。

 新は優しい。

 あたしが悩んでいるなんて知ったら、それこそ自分のことのように考え込んでしまうだろう。

 新は優しい。

 だからこそ、心配をかけちゃいけない。

「……そっか」

 新は、それ以上はあたしに何も訊かなかった。

 ただ、最後に一言だけこう告げた。

「沙耶は、どうしたいんだ」

 簡潔な言葉。

 でも、意味深長な言葉。

 それから、あたしは適当な相槌をうって電話を切った。

 清々しさと、少しのしこり。晴れ晴れとした気持ちもあり、心に陰を残した部分もある。

 あたしは、どうしたいんだろう。

 結局その晩はずっと答えが出ないまま、やきもきとした時間を過ごした。



 いつの間にか朝日が顔を覗かせている。

 一睡も出来なかった。

 とても学校に行くような精神状態ではない。

 なのでその日、あたしはママに無理を言って、学校を休ませてもらった。

 要は仮病である。

 心の中でママに謝りながらも、あたしは自由に考えごとが出来るこの時間を、存分に活用しようと思っていた。

 かと言って、一晩考えてもまとまらなかった問題が学校を休んだからと言って解決する訳もなく、あたしはいつの間にか深い眠りに落ちていた。



 目が覚めると、辺りはすっかりと夕闇が支配していた。

 時刻にして16時半。もう学校は終わっている時間だろう。

 あたしは電気を点ける気力もなく、そのままベッドに横になっていた。

 仮病を使って休んだ訳だけど、本当に知恵熱を出してしまいそう。

「ふぅ、しっかりしなきゃ」

 あたしはゆっくりと深呼吸をして、心を落ち着かせた。

 そしてその時、あたしはケータイが鮮やかな光を放っていることに気付いた。

 見てみると、メールが届いていた。

 剛からだ。

 あたしは高鳴る胸を必死に抑え、メールを開く。



 3日後に東京に行くことになった。

 答えは直接聞かせてくれなくていい。

 ただ、俺と一緒に来てくれる気があるのなら2日後の土曜日、14時頃にあのカフェに来てくれ。

 俺とお前が初めて会ったカフェだ。

 沙耶がいなかったら俺はお前のことをスッパリ諦めて一人で東京に行く。

 こういう大事なことは直接会ってか、最低限電話で話すべきだと思うけど、俺と話せば沙耶が情にほだされて、本心ではこっちに残りたいと思ってるのに着いてくるって言っちゃうかもしんないからさ。

 多分ないと思うけど、100%有り得ない話じゃないだろ。

 こんな大事なことをメールで伝えることを許してほしい。



 あたしは決断を迫られた。

 1ヶ月ちょっとしか付き合いのない彼に東京で一緒に暮らそうと誘われ、本気で悩んでいる。

 あたしがもし第三者であったならば、なんて馬鹿げた悩みだと吐き捨てていたかもしれない。

 でも、いざ自分がその立場になってみると、その悩みはあまりにも深くあまりにも重いものだった。

 あたしは、剛のことを愛してしまったのだろうか。

 いつ頃から東京行きは決まっていたんだろう。

 東京で仕事をすることにした、なんて大事な話が、そこまで性急に決まったとは考えづらい。

 どうしてもっと早く言ってくれなかったんだろう。

 頭の中で疑問が渦を巻き、それは形をなさないまま混乱だけを生む。

 どちらにせよこの悩みは、嬉しい悩みにはなりそうもなかった。



 ふと、階下からざわめきのようなものが漏れるのを感じた。

 何だろう。誰か来たのかな?

 ママが対応しているみたい。あ、2階に上がってきた。

「沙耶ちゃん、お友達がお見舞いに来てくださったわよ」

 お友達? 朱里とかかな。

「上がってもらってくれる?」

「体は大丈夫なの?」

「うん。寝たら少し楽になったから」


 ──ママ。

 あたしが東京で男の人と暮らしたいなんて言ったら、ママはどうする?

 どんな顔をするんだろう。

 母親なのにどこか幼くて可愛らしいママ。

 きっと悲しむよね。もしかしたら泣いちゃうかも。


「沙耶ちゃん?」

 ママの言葉で、あたしはふと我に返った。

「大丈夫? やっぱり具合悪いんじゃない?」

 ママはあたしの表情を体調によるものだと勘違いしたらしい。それはあたしにとってはむしろ好都合だ。

「ううん、大丈夫。あんまり待たせるのも悪いから、上がってもらって」

 あたしがそう言うと、ママは心配気な顔をしながらも、部屋を出て下の階に降りていった。

 それからほどなくして、あたしの部屋のドアが再び開かれた。

「……なっ」

 あたしは驚きの声をあげた。

 ドアの向こう側に立っていたのは、新、千帆、朱里、麗華、刃、スゥの6人。

 多いなオイ。書き分けるの大変だからやめてってば。

 ていうか、それ以前にあたしすっぴんだし。パジャマだし。髪の毛はねまくりだし。

「ちょ、ちょっと待っててみんな!」

 挨拶もそこそこにあたしは急いで1階に駆け降りる。

 ドタバタとやかましく降りてきたあたしをママが驚きの表情で眺めているけど、気にしている余裕はない。

 寝癖を直し、パジャマから着替え、簡単に手早くメイクをする。

 その間、わずか10分。

我ながら惚れ惚れするような手際のよさだ。

 そしてなるべく優雅さを装い、あたしは部屋に戻った。

 部屋であたしを待っていたのであろうみんなは、幻の珍獣でも見るかのような驚きの表情であたしを見る。

 だからあたしは、こともなげに平然と言ってやった。

「あら皆さん。ご機嫌よう。本日はお日柄も良く。おほほほ」

 沈黙。

 ヤバイ、外した。

「まあ、元気そうでよかったけどさ」

 そう言ったのは少し呆れた表情の新。

「ええ、わたくしはいつも元気ですわよ。おほほほ」

「いつまでそのキャラ続けんの?」

 これまた呆れた表情の刃。

「引っ込みがつかないんじゃないっ? 慣れないボケなんかするからさぁ」

「っていうか、ちょっと麗華ちゃんとキャラが被ってるアル」

「失礼ね。私はそんなひどいキャラじゃないわよ」

 これは順番に朱里、スゥ、麗華。それにしてもひどい言われようだ。

「まあ、様子を見に来ただけだからさ。ごめんね、具合悪いのに大勢で」

 あたしに気遣いしてくれるのは、やっぱり千帆だけだった。こいつらみんな鬼だ。今ここは鬼の棲み家だ。

「沙耶ちゃ〜ん、茶菓子とかジュースとかないの?」

「お黙り。お見舞いに来てそんなの要求するんじゃないわよ」

 あたしの脳は朱里を敵と認識した。

「ちっ、しけてやがんなあっ」

「うっさいわよ、あんた」

 笑い合うあたし達。

 いきなり大勢での訪問に驚いたけど、きっと新があたしを元気づけようと計画してくれたんだろう。

 ちらっと新の方を見ると、無邪気に笑っていた。あたしは微笑ましい気分になる。

 せめて今だけは、剛のことを忘れよう。

 そう思えた。



 そして、いよいよ剛との約束の日がきた。



※※※※※※※※※※



◇彼女の裏事情ファイル・その26◇


●有村沙耶

・ボケたらすべる


●柴田朱里

・病人にもお菓子を要求する











 相変わらずコメディ色が薄い、と。このお話は次話かその次で完結する予定ですので、お付き合いいただければ幸いです。

 さて、ここ最近のお話は皆さんからのアドバイスを活かして執筆しているつもりですが、読みづらい、笑いが少なくてつまらない等あれば教えていただけると助かります(^-^;)


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